ステラ meets ロン
誤字報告、ありがとうございます。
そしてブクマが900に近づいてきました♪嬉しい(≧▽≦)
ナターシャとシルヴィーが一緒にお昼を過ごしてくれるようになってから、クロード殿下とお話する機会もぐっと増えた。必然的に彼に会う機会も増える。
殿下の隣にはいつも彼――『ロン・オーウェン』がいる。彼は他クラスにも関わらず、休み時間毎、健気に殿下の下へやって来る。
その度クラスの女生徒が色めきだって――美形なのは間違いないからね――いるのだが、当人はどこ吹く風。鉄壁の能面皮が揺らぐことは無い。……何が楽しくて生きてるんだろう?
温度の無い相貌。とっても無口。長身プラス鍛え抜かれたと判る体躯から放たれる圧は相当なもので、ロンがいると皆クロード殿下に近づけなくなる。冷たい視線に射られると、まるで野生の狼に喰われる気持になるのだと専らの噂になっていた。……斯くいう私も、ニコリともしない彼はちょっと苦手。始めの内は頑張って話しかけてみたけど、会話は続かないし、変なとこで黙るから気まずい空気がしょっちゅう発生するしで気疲れだけが増すから。
……私の中の異性の基準はすっかりハルマになっているようで、お調子者で明るい彼に慣れ親しんでしまった私は、寡黙な彼とどう接していいか分からないでいた。
ある日の放課後。
いつもの様にハルマと待ち合わせしている正門前に向かう私を邪魔する者が現れた。
「ちょっと貴女。いい加減目ざわりなのよ!!」
いつか見たツインテールのご令嬢――……ホリデー、だっけ?――が取り巻きを引き連れて私の前に立ちはだかった。
「漸く一人になりましたわね。殿下や高位貴族に囲まれて良い御身分ですこと! ですが、それがどれだけ身の程知らずな行為なのか、自覚なさった方がよろしいのではなくて?」
ぎこちない手捌きで扇子を広げ口元を隠しながら、その瞳だけはギラギラと私への侮蔑を射かけてくるホリデー嬢。彼女のセリフから、前にナターシャに言われた事が効果を発揮しているのだと判った。だからこそ私が一人になる機会を待っていたのだろう。私は一つ溜息を落とした。
「ホリデー様……と仰ったかしら? 残念ですが、元の身分はどうあれこの学園に入学した以上、学生という位に差異はありません。勿論クロード第二王子殿下は現学内で至高の存在ですが、我々に差が付くとすれば今度行なわれる学年初の一斉試験の結果次第でしょう。上位者の名は貼り出されると聞きましたし、衆人環視の中、能力値が公開される訳ですから、試験結果掲示以降序列が付く事は納得できますけれど」
私は学園生活において『逃げも隠れもせず、正々堂々と過ごす』事をイースン家の人々と約束をしていた。それが延いては自身の為になるのだと口酸っぱく言い含められていたから。……こちとら何年もかけて準備してきたんだ。多少のやっかみやいじめは想定内ってもんです! だから私は毅然と顔を上げてご令嬢と対峙する。正直イースン女性陣との仮想対策実践の方が比較にならないくらい恐ろしかった。ホリデー嬢なんて可愛いもんだ。
「私は友人と過ごしているだけであって、友達が親しいのは当然の事。特待生となれた自分の積み重ねてきた努力には自信を持っておりますが、公平に実力が計れてもいないのに実力を誇大妄想して自惚れたりしません。お話がそれだけなら私はこれで失礼します。人を待たせておりますので」
ここは学内で夜会などの社交場ではない。だから必要以上に自分を卑下したり卑屈な態度をとったりしない。センカお姉さまに幾度となく叩きこまれた通り、私はしっかりと相手の目を見て用件を伝えサッサとこの場を擦り抜ける。強者の庇護の無い状態の私がこんな強気な態度をとると思いもしなかったご令嬢たちは案の定狼狽して道を譲ってくれた。
「……莫迦にして」
ただ一人、この集団のボスであるホリデー嬢だけは逸早く己を取り戻して歯軋りした。そして鬼の形相で開いた私との距離を大股で詰めると、強く私の手首を引いた。ガクンと態勢を崩しながら振り向くと、丁度彼女が扇子を持った手を振り上げた所だった。逆光を浴びながら既視感に眩暈がする。このご令嬢は手が早過ぎるだろう! そう思いながら自由なもう片方の腕を顔面に翳し防御の姿勢を取った瞬間―――
「キャッ!!」
私でない少女の短い悲鳴に固く瞑った目を開いた。そこで見つけた光景に私は極限まで目を見開く。
「何をしている?」
低く呻いたのはロン。
突然この場に現れた彼が、回廊の壁にホリデー嬢――の背中――を押し付け、扇子を握った手首を頭上に――ロンの片手で――縫い留めている。ホリデーは恐怖で硬直し、顔面蒼白になっていた。
「殺気を感じて来てみれば。獲物を振りかざすとは穏やかではないな」
怜悧な眼差しが不快に歪む。それだけで身の竦む圧迫感が辺りを包んだ。声にならない悲鳴をあげながら取り巻きのご令嬢たちが涙目でへたり込んでいく。粗相してもおかしくないくらいの怯えっぷりだ。
そんな威圧を逃げる事も出来ず正面から受け止めさせられたホリデー嬢はガチガチと歯の根も合わないくらいに震えて「あ……」「う……」とか細い音を漏らしていた。余りの恐怖に弁明も出来ないのだろう。
奇しくも助けられた形の私ですら彼の獰猛な威嚇に恐怖して動けないでいた。……どうしよう、本気で怖い。ホリデー嬢、殺されちゃうんじゃない!?
「コラ! そんなに乱暴しないのっ!!」
言葉に対して少しの緊張感もない緩やかな女声がこの場の緊迫感を切り裂いた。その隙間を道標にまっすぐロンの後ろまでツカツカ近寄った誰かが迷わずロンの頭を平手で叩く。「ペチン」という凡そ攻撃力を感じない間抜けな音が響いた。それに反応してゆらりと獰猛な獣が瞳に凶暴さを宿したまま振り向い―――
―――ぐにり。
「へ……?」
この場に居たものを全て凍結させた恐怖の相貌が愉快に崩れた。途端、この場を支配していた恐慌が霧散する。それを成し遂げた勇者は艶やかな緋色の髪のお姫様だった。
「ナターシャ?」
すっかり見知ったご令嬢が、振り向いたロンの頬っぺたを左右に遠慮なく引っ張っている。長身のロンに合わせて背伸びした足元がプルプルしてるのを見て急激に和んだ。
「騎士を目指そうって人間がご令嬢に何て事してるのかしら?」
目の笑っていない笑顔でナターシャがロンの頬っぺたをぐにぐに捏ねる。
「ひはひ、はれはへはひははも……」
「言い訳しない!!」
ぴしゃりとロンに言い放つと、ナターシャは後ろのホリデーを救出した。
「もう大丈夫ですわ。怖がらせてごめんなさい」
そう言ってホリデーを抱き寄せるナターシャ。慈母の表情で慰めながらホリデーの後頭部を優しく撫でつけている。……けど、あの、ナターシャ様? ホリデー嬢の顔が豊満な胸に埋もれてロックされてます……。私も何度か――奥様で――経験あるけど結構苦しいのよソレ……。あ、ホラ! ホリデー嬢苦しそうっ!! ナターシャ! 放してあげて!!
私がハラハラしているとホリデーがナターシャを突き飛ばした。上下に身体を揺らしながらぜぇぜぇ呼吸を整えるホリデーと、驚きにきょとんとするナターシャ。
そして何とか呼吸も整ってきたあたりでホリデー嬢がキッとナターシャを涙目で睨めつけた。
「お、覚えてなさいっ!」
必死で一言吠えると取り巻きを集めて逃げ去っていった。その哀愁漂う背中に思わず同情しそう。私の目尻にも薄っすら涙が滲む。絡まれた事などすっかり忘れてしまった。
「ロン様? 色々と言いたい事はございますが後日にしましょう。……今はステラを送ってあげてください」
ナターシャからの唐突な提案にぎょっとした。
「へ!? いいよいいよ!! 正門前まで帰るだけだよ!!?」
「その帰るだけが困難だったのでしょう?」
振り仰いだナターシャは満面の笑顔だった。……けど、私知ってる。コレ、逆らっちゃいけない類のやつだ。可憐な彼女が何故かイースンの奥様と重なって見えて身震い。そうこうしているうちに「行くぞ」と短い声がかかった。私の身体が僅かに竦む。その瞬間を見逃さなかったナターシャが再びロンを叩いた。
「……ロ~ン~様~? キチンとエスコート、出来るでしょう?」
コクコクと肯いたロンが慌てて、恭しく私の手を取った。そして肩くらいの高さまで持ち上げると無言で歩き出した。
「え? え?」
「大丈夫よ。ではステラ、また明日。ロン様くれぐれも頼みましたよ?」
戸惑う私。神妙に肯くロン。
結果、私は紳士的なエスコートを受けてハルマの下に辿り着くのだが、道中向けられた沢山の羨望の眼差しにも気付かずに只管、
(こんな強面の男子も従えちゃうナターシャ凄い!!)
と興奮しきりだった。
平日より週末の方が何かと手一杯で更新滞り気味になってしまいました。
今後も主に平日更新が続くと思われますが、気長に更新を待って頂けると嬉しいです。




