物思い、独り語り
沢山のブクマありがとうございます!マイペース不定期更新の本作ですが、引き続きよろしくお願い致します(^▽^)/
学園生活とは窮屈なものだ。
クロード第二王子殿下の側近――公には近侍見習いとされている――となってから、俺は何かとクロの傍に侍るようなった。……あの日、殿下に忠誠を誓った一昨年のあの夜から、掛け値無い恭敬をもって接しているが、先んじて『友』の地位を賜っていた俺は殿下を愛称で呼ぶ事が許されている。
俺たちは今年16歳になる。即ち貴族学園と呼ばれる『クロスネバー学園』への入学が義務付けられていた。クロも例外ではなく、当然俺も子爵家子息としてその義務を果たさなければいけない。しかし、所謂『社交』に全く興味がない俺にとって、この学園での初年度はとても退屈なものになりそう――一年生は主に社交の基礎を学ぶため――だった。
昨年まで仲間たちと割と自由奔放に過ごしていたこともあって、入学初日から友人全員とクラスが重ならなかった事を知り、早くも俺のテンションはだだ下がりで。
新たに交友関係を広げる必要も感じず、俺は休み時間の度にクロの下へ参じようと決めた。幸い、件のクロを英雄と謳った芝居や小説のお陰で俺の存在も割と知られているらしく、寧ろクロに近く侍る事を求められている節もあったので、俺は何食わぬ顔で職務を全うできた。
学園での初授業の日。
昼休憩を告げる鐘と競うようにして俺はクロの下へ馳せ参じた。クロの教室へ到着すると、すぐに俺を見つけたクロが勢いよく飛び出してきた。
「ロン、良く来てくれた! さ、例の件の打ち合わせをしようじゃないか!」
例の件? 普段より大きな声でそう呼びかけられて、俺は内心首を傾げる。心当たりがない。疑問を返す前にクロにグイグイと背中を押されたので一先ず主の意思を優先した。
「あ~、助かった。学友を笠に着て群がってくる輩が多くてな」
「毎回シルヴィーに泣きつくわけにもいかないしな」と苦笑しながらクロが説明してくれた。俺たちは歩を弛めぬまま目的地無く歩き続けている。……足を止めると捕まるのだ。改めて殿下の人望の厚さに敬服する。自分がしっかりお護りせねばと気合いを入れ直した。
暫くあてどなく練り歩いて――人気の少ない場所を探しているようだ――、中庭の奥地にて友の姿を見つけた俺たちは漸く人心地ついた思いで近付いた。
そこにいたのは三人のご令嬢。
シルヴィーとここにはいない友を彷彿とさせる緋色の髪のご令嬢――どっかで見かけたことがある気がするが思い出せない――、全く見ず知らずのご令嬢。全員クロと同じクラスらしい。……羨ましい。
シルヴィーに招かれて茶会めいた様相の東屋に立ち入る。どうしたらいいか分からず、とりあえず殿下の隣に立った。
ナターシャと名乗ったご令嬢――何か聞きおぼえがある気がする――に振舞われたランチは美味だった。クロに窘められるも手が止まらないでいると、嬉しそうにナターシャ嬢が微笑む。すると微かに胸に突っかかりを感じて首を捻った。
それにしても、ナターシャ嬢とクロはとても気心が知れているようだ。シルヴィーからの信頼も感じられる。それなのに何故俺はこのご令嬢の事が思い出せないのだろう。もやもやした気持ちでいると、もう一人――ステラという名の特待生だそうだ――のご令嬢がシルヴィーに問うた。
「シルヴィーは殿下の婚約者なのよね?」
恐らくそれ以上に親しそうなこの令嬢はなんなのだと聞きたいのだろう。……俺も知りたい。こんなことなら強制参加させられた茶会にもっと身を入れておくのだった。ダンデに知れたら小言間違いなしの案件。
「私たち、幼馴染なのよ」
事も無げに笑んだナターシャ嬢の言に驚く。「……知らなかった」そのままポロリと音に漏れた。
すると何故か俺以上に驚いた風のクロとシルヴィーに凝視された。……どうしてそんなに解せない顔なんだ?
「私とロン様はお茶会などで数度お顔を合わせたくらいで、きちんとお話しした事は無いですもの、仕方ありませんわ」
やはり俺と彼女は面識があったらしい。もやもやの原因が解って安堵すると同時に、彼女を覚えてなかった申し訳なさが込み上げる。そして、大事な友であるクロやシルヴィーの幼馴染という重要な位置にある人物を知らなかった己の無恥さを恥じた。
『良いかい? 人脈を得ること、知ることは武器であり戦略だ。剣で戦うばかりが力ではないんだよ』
(……今なら身に沁みて解る)
以前、勉学に身の入らない俺を窘めたダンデの姿が浮かんだ。……社交か。口下手な俺に出来るだろうか。盛大に嘆息したいのをぐっと堪える。瞬間、ふわりと花の香りが寄り添った。
「ロン様、そんなに気落ちなさらないで」
母上のような優しい眼差しが自分に向いている。ダンデくらいしか読み解けぬ俺の無表情を、この令嬢は言い当てたというのか? まさか!? 実の母上ですら匙を投げたというのに。
「私の兄様はご存じでしょう? その関係で幼い頃から王城にあがる機会が多かったの。……私は基本、用のある場所にしか出歩かないから」
そうか『ダンデハイム』
彼の跡取りは王太子殿下の腹心の臣下だ。成程そういう繋がりかと内心で肯く。同時に俺の抱いた疑問に的確に答えた彼女に驚いた。いや、社交場とはある種女性の戦場とも聞く。深窓のご令嬢であればこの位出来て当然なのかもしれない。
……しかし深窓のご令嬢か。
この場で王子殿下に次ぐ高身分の友人に目がいった。騎士を志す俺にとって女性は常に護るべき対象である。その想いに貴賎など関係ないが、どうにも規格外なこの公爵令嬢殿は自ら剣を取り、庇護されるだけを甘受しない。だからこそ肩を並べる友人だと言えるし、殿下の婚約者と言われても心から祝福できるのだが。
(それでも本来令嬢とは家内で過ごし、か弱い存在だろうに……)
「……この子は例外です」
またしても俺の独白に答えたナターシャ嬢に目を瞠った。
どうして彼女は俺の考えていることが解るのだろう? 髪の色だけでなく、そういう所もダンデに似ていると感じ素直に好感を持った。
(そういえばダンデは騎士学校に通っていると言っていたな)
昨夜の舞踏会で偶然居合わせた友に思いを馳せる。背丈こそ随分と前に追い越したものの、依然手強い好敵手である少年。組み手では惨敗続きだが、剣術はいい勝負になってきていたのに、ここでまた実戦的実力に差をつけられてしまうのだろうか。
(次に会ったら絶対手合わせしてもらおう)
一人決意して頷けば「え~……」と嫌そうなダンデのうめき声が聴こえた気がした。
え~、本当は今回もステラのターンで書いていたのですが、そこに至る前置き部分が長くなってしまったので急遽独立させました(汗)
遂にロンもナターシャの犠牲になるのか!?
果たしてフラグの行方は、―――待て次話以降!




