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新章でございます☆
(どうしてこうなった……!?)
私は今、自分のクラスが窺える位置の天井裏に身を潜めている。
季節は初夏。あと数日もすれば夏季休暇に入るという辺り。
学園に入ってから初めての一斉試験が終わり、漸く一息ついた所だった。
「ちょっとステラっ!! いざ尋常に勝負なさいっ!!」
「望むところよシルヴィー! 負けても文句いうんじゃないわよ!!」
教室の真ん中、険しい顔を突き合わせているのはシルビアとステラ。クラスメイト達がハラハラとその様を遠巻きに見守っている。
学園に入学してからの数か月、私たちは間違いなく親睦を深めてきた。……仲良くやってきた筈だったのに何がいけなかったんだろう。
盛大な溜息と共にガックリと肩を落とす。
当然のように傍にいる師匠が声を出さず爆笑するという器用な芸当を披露していた。
「うは! うははははっ!! 流石姫さんすっげー! ヒ~……腹痛ぇ~~……」
「師匠はちょっと黙らっしゃい!!」
私はソウガの頬っぺたを両指でつまみ、外側に引っ張ったりぐりぐりとこねぐったりして鬱憤をぶつける。
「ヒメひゃん、いひゃいいひゃい! わうあった、ほうはん!!」
師匠が涙目で訴えてきたので解放する。しかしにやけ顔のまま頬を擦る師匠の表情は反省とは程遠くて、私はジトっと半眼でソウガを睨めつけた。
眼下ではステラとシルビアがおでこを突き合わせて火花をバチバチと散らしている。
「ナターシャの親友は私よっ!!!!」
「いいえ、私の方がナターシャを想ってるわ!!!!」
あ~……何か頭痛くなってきた。
頭を抱える私。ヒーヒー腹を抱える師匠がとても癇に障る。おのれ師匠、後で覚えておきなさいよ!!
酷くなる頭痛にこめかみを揉み解しながら、どうしたものかと私は途方に暮れるのだった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
ステラを初めて昼食に誘った日から、私たちは頻繁にお昼を共にするようになった。
場所は例の東屋。日が経つにつれ、うちの子たちもチラホラと顔を見せるようになっていった。入れ替わり立ち代わり、く~ちゃんを筆頭に疲れた顔のうちの子たちが暫しの憩いを求めてやってくる。
ここは隠れるのに丁度良い場所だから、あっという間に何かと目立つうちの子たちの休憩所となったようだ。
各々が好きな時にやってくるので、常に全員が顔を合わせるわけではない。それでも頻繁に顔を合わせれば『知り合い』になるのは必然。あれやこれやという間にステラはうちの子たちと面識を得ていた。
といっても知り合ってからの日は浅い。今の所何がどうなるという気配は見えない。
けれど確実に日を追うごとに、ステラとうちの子たちの親密度は上がっていった。……何だろ? 同士という感じ? 少なくともこう恋愛チックな気配は今の所微塵もない。……知り合って数日でそんな親密になっても恐いものがあるので、まぁ第一段階突破というところだろうか?
「ねぇステラ、最近何か変わったことはなかった?」
入学して一月を超えた辺りで私はステラにそう問うた。彼女は兄様以外のうちの子たちと面識を得たので、もしかしてゲーム的兆候が現れたりして無いかと探りを入れたかったのだ。
「変わった事?」
移動教室へと向かって廊下を歩いている隣のステラが小首を傾げた。唐突な話題だったので無理もない。すると私の逆隣りにいたシルビアが私の腕に絡みつきながらステラの方へ身を乗り出した。
「なぁに? 何の話?」
『変わった事=面白い事』と脳内変換されたシルビアは、そこに新しい遊びの気配を感じて興味を示した。楽し気に煌めく瞳に思わず苦笑が漏れる。微笑ましくシルビアを眺めていると、ふいにステラの視線を感じて顔を彼女の方へ戻した。……何だろ? ジッと物言いたげに私を見つめている。
「何か思い付く事があった?」
ステラの思案に揺れる瞳に『まさか』と期待を込めて問い返せば、ゆるゆると首を振られた。
「ううん……。何でも無いの」
「そう?」
本人も言葉に出来かねているのかもしれない。ステラは一瞬だけもどかしそうに喘いで苦笑した。でも彼女の目だけが真剣に私とシルビアを見据えていて、言え知れぬ迫力に私の喉が鳴った。
以降は淡々と、授業を受け、課題を熟し、試験の準備に取り掛かりながら、合間合間にうちの子達とも交流しつつステラの様子を観察し続けた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
―――これといった収穫も無いまま日々は過ぎ、夏季休暇前の試験日がやってきた。
昨日は安息日。
学園生活初めての大きな試験だからか、今回のテストへのシルビアの意気込みが凄くて、私たちは連れ立って木漏れ日の丘へと赴き、マル爺指導の下試験対策に取り組んでいた。……といっても私はダンデとして顔を出していたし、今回の試験範囲である基礎レベルの教養は今更勉強する必要も無いレベルのものだったので、同じくやって来たロンとレイの指導役に徹していたのだけれど。
「ふむ、いつになく真面目に取り組んでおりますなぁ。いつもその調子なら儂も言う事はないんじゃがの」
聞こえてきたマル爺のセリフにシルビアの様子を窺う。
「……ちょっとね。負けられない理由が出来たの」
シルビアの返事にマル爺が片眉だけ持ち上げた。暫しシルビアを見つめてマル爺は愉し気に笑いながら自慢の髭を扱いた。
私はこの時、『またく~ちゃんと勝負でもしているのだろう』と軽く考えていた。シロクロが何かと張り合うのは毎度の事で珍しいものではなかったから。寧ろ、シルビアが進んで勉強するなら良い事よねと内心喜んでいたくらいなのだ。
だけど私はこの時ちゃんとシルビアの意気込みの発端を聞いておくべきだった。……後悔先に立たず。
そして迎えた試験当日の朝、教室へと入った私の目に飛び込んできた光景に驚愕したのである。
「――シルヴィー、あんたのそういう所が気に食わないのよ! 今日こそ白黒はっきりさせてあげるわ!!」
「ふんっ! 新参者が偉そうに。身の程を知りなさい!!」
ナント、シルビアとステラが教室の真ん中で対立していたのだ!!
状況が呑み込めず立ち呆けた私に睨み合っていた二人が気付いた。すると、同時にパッと花が咲いたような笑顔で私の下へ駆け寄ってくるではないか。
「「ナターシャ、おはよう!!」」
息ぴったりの挨拶をして、二人はお互いの顔を見やり嫌そうに顔を歪めた。え? え!? 何でニ三日の間にこんな仲悪くなってるの!?
自然と引き攣った笑みを浮かべて私は記憶を辿る。冷や汗が滝のように背中を流れるのを感じながら今までを振り返ってみるもとんと原因が分からない。
どうした、何処で間違った?
不安と焦りで心臓が締め付けられる。その苦しさに耐えかねて二人に理由を尋ねようとしたところでタイムオーバー、始業のチャイムが鳴り響いたのだった。
仕方なくモヤモヤした気持ちのまま試験を受け、スケジュールを消化。やっと解放された瞬間、物凄い剣幕のシルビアとステラが私の下へ殺到した。
バァンッッ!!
シルビアが派手な音を立てて前のめりに私の机に両手をついた。
「ナターシャ、選んでっ!!」
鬼気迫る剣幕で宣ったシルビアに困惑が隠せない。助けを求めてく~ちゃんをチラ見したけれど、真っ青な顔でブンブンと頭を振られた。
「な、何を?」
選ぶの? と引き攣りながらシルビアを見上げれば、シルビアが自身の隣に立つステラを睥睨した。
「私とステラ、どっちがいいっっ!?」
「ハぃイぃ?」
思わず裏返った声。全く持って状況が把握できない。混迷を極める私に今度はステラが詰め寄ってきた。
「ナターシャ、私よね?」
ウルウルと瞳を滲ませ顔を寄せてくるステラ。その横面をグイっとシルビアが押しやった。
瞬間始まったキャットファイト。「先走り過ぎ」だの「結果はまだ出てない」だの言い合いながら揉めだした友人に、その原因らしい私はずっと置いてけぼりのまま。
どうしたら良いか分からず、それ故二人を上手く仲裁出来ない私は途方に暮れ、そして静かにキレた。
――――――…………。
―――そうして脱兎の如くこの場を離脱して、冒頭へと戻る。




