握手~Sideステラ~
ブクマ&評価ありがとうございます!やはり数字が目に見えると嬉しいですね♪(喜色満面)
麗らかな日差しで満たされた気持ちの良いサロン。
放課後の開放感溢れる空気の中各々に寛ぐ生徒たち。
そんな弛緩した雰囲気の中凍りついた様に固まっているのは私だけだろう。
目の前には女神の様に慈愛に満ちた微笑みを携えた美少女。陽の光を受けてその真紅の絹髪が金色を帯びて輝き神々しいなんてものではない。
そんな美貌の人が今、私に向かって手を差し出している。一種の宗教画のような光景に、直前に私の耳朶を揺らした言葉に、思考が付いていけず現在に至る。
えっと……。一個ずつ、一個ずついこう!
(私は今日中にナターシャ様にお礼を伝えようって決心して、中々言い出せない内に放課後になっちゃって……それで、ナターシャ様が帰ろうとしてるのを見つけて慌てて呼び止めたのよ)
OKOK覚えてる。そしたら隣に公爵令嬢がいて、すっごい睨まれたのよね……。いや、焦ってナターシャしか見てなかったから、連れがいたのに気付かなかった私も悪かったけどさ。や、もしかしたら大事な話をしてたのかも知れないし、それを突然邪魔しちゃったのなら、私が失礼したってことになるんだけど。……でもあんなに凄まなくっても良いと思うのよ。いや、そうじゃない。
(突然の申し入れだったのに、ナターシャ様は快く受けてくれて、更に気遣ってカフェテリアにまで連れてきてくれた)
何だろ。昨日廊下でちょっと話しただけなのに、ここに来るまでの短い時間しか彼女の事知らないけど、あんなに怖そうな公爵令嬢とも仲良さげだし、人間力?人間力の差なの?ホントに同じ年の女の子なのだろうか……? 何て言うかもう、高嶺の花ですって感じが半端無いんですけど! 遠目に見てる時はあんまり印象に残らないのに、意識して見るとすんごい綺麗なんだもんこの子! やっぱりいい匂いするし、物腰柔らかいし、何かニコニコしてて感じ良いし、これぞ良家の子女っていうか……私が身の程知らずに思えるっていうか……。そう!だからずっとドギマギしちゃって……ていうかなんで私同級生にこんなに緊張してるの? お礼を言いたかっただけなのに!
(でもお礼は言ったもん! 緊張し過ぎてなんか変な感じになっちゃったけど……ナターシャ様、なんかめっちゃ戸惑ってたけど……)
そりゃそうよね。何の説明もなく、ほとんど初対面に近い人間にお礼を言われたらわけわかんないと思う。慌てて説明したけど自分でも支離滅裂だと思ったし。
けれどそんな私の話をきちんと掬いあげて理解しちゃうスーパーウーマンなナターシャ嬢。
しかも、やけに私の事を持ち上げて褒めてくれて。
お礼を言いたかっただけの私に。
原子レベルから住む世界が違うと納得しちゃうようなド平民な私に。
突然友達との時間を邪魔しちゃうような不躾な私に。
『ねぇステラ様……いいえステラ。私と友達になって?』
うん。不可解よね?
どう好く見積もっても、挙動不審なクラスメイトが勝手に感謝を述べただけ。え? それでどうして友達になろうに繋がるの??
刹那にそんな思考を駆け巡らせつつ私はナターシャの差し出した手の平を見つめたままで硬直している。
(え? 罠!? いえ、どうするのが正解!!? こんな素敵なお嬢様と私が友達!? いやいやいやいや釣り合わないでしょっ!!?)
混乱が混乱を呼び額から滝のような汗が流れる気分になる。どうしよう!? 素直に喜んで良いの?それともお嬢様流のジョーク?? この手を取った途端『ないわ~』って引かれたりしない!?
迷走しっぱなしの私はのろのろと中途半端な位置まで腕を持ち上げた。緩く丸まった手の平が宙ぶらりんに、私は必死で脳みそを使う。瞬間、するりと私の手の平の窪みに滑り込んだナターシャの指先が強引に私の指を抉じ開け、気が付けばしっかりと彼女と握手をしていた。
「えっ? えっ? ええっ!?」
混乱のままに正面を振り仰ぐと、すんごく神々しい女神の微笑み。め、……目が!! 目が潰れるっっ!!?
「うふふ、これからよろしくね、ステラ。私の事も気軽にナターシャと呼んで?」
「な……ターシャ……」
理解及ばずオウム返ししただけの私。そんな私にナターシャは笑みを深めて――もう片方の手も添え――両手握手してくれた。
「ふふ、仲良くしてね。遠慮せず話しかけてくれると嬉しいわ! 今日はこれで失礼するけれど、また明日ね」
予想外に硬い手の平――局部的にタコが出来ているようだ。でもそこ以外は絹のような肌触りというギャップ!――があっさり放れると、ナターシャは席から離れ、私に軽く手を振って帰って行った。
私は未だ事態に付いていけず、立ち呆けたまま、そんな彼女を見送るだけだった。
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―――パンッ!
目の前で軽い破裂音がして私は意識を取り戻した。見える景色はすっかり夕焼け色。あれ? 私は何してたんだっけ……??
「ステラ! 昨日から変やぞ? こんなとこに一人でなにしてん?」
「ハ…ルマ……?」
私の目の前で両手を合わせたハルマが訝しげにこちらを覗きこんでいる。……成程。さっきの音はハルマが拍子を打ったのか。
「いつまでも正門に来ぉへんから、クラスまで迎えに行ったんやで? そしたらカフェテリアに行くとか話してたって聞いてな。誰とおったん?」
ハルマがキョロキョロと辺りを見回す。いつの間にかまばらになった利用者に目ぼしい気配はない。
「ひょっとして因縁つけられたりとか――」
「そんなんじゃない!」
一気に真剣な顔になったハルマに慌てて否定を被せる。怪我の有無を確かめるような視線に、重ねて誤解だと弁明した。
「あのね……。ナターシャ……様と話してたの」
「何やって!!?」
クワッ! と食い付いたハルマに苦笑してしまう。そして現実感のないまま、先ほどの出来事を反芻した。
「……どういうわけか、彼女と友達になった、みたい?」
「でかしたっっ!!!!」
自信無く首を傾げた私の肩に掴みかかったハルマが目を爛々と輝かせた。隠すつもりもない下心が溢れて見える。無意識にムッとして私はジト目になった。
「な、な~! どないやった? 女神やった??」
物言わぬ姿絵の君に理想の女の子を見ていたハルマが舞い上がっていく。ビジュアルから想像した戯言を散々聞いて来たけれど、冗談の様に的を射ていたようで戦慄してしまう。思わずゴクリと喉が鳴った。
「……うん。予想以上にハルマの想像通りの人かも」
素直に事実を告げればハルマの笑顔が光り輝く。何だか面白くない気分でハルマを見分した。足の先から順々に視線を滑らせその顔を見つめる。そのまま一緒に過ごした時間を回想し終われば迷う事もなかった。
私は盛大な溜め息を落とす。次いでこみ上げる憐憫を隠し切れずに目が潤んできた。私も鏡の様にハルマの両肩に手を置いた。
「え? ……ナニ? 何で急に憐んだ目で首を振られてんのオレ?」
「大丈夫よハルマ。傷は浅いわ」
「意味わからんし、その微妙な励ましの笑顔止めい!」
「世の中にはね、分相応という素晴らしい言葉があるのよ?」
「オレが身の程知らずっちゅうんかい!!」
「……真実って残酷よね」
「遠い目すなっっ!!」
勢いよく突っ込まれてバランスを崩した私を難なく支えたハルマがブツブツ言いながら頭を掻いている。その不貞腐れた顔がおかしくて声をあげて笑ってしまった。
「何やねんもう……。ほら、暗くなる前に帰るで!」
ぶっきらぼうに踵を返したハルマは当然のように私の手首を掴んで歩く。それを当たり前に受け入れて私は「はあい」と笑いながら返事した。




