それぞれの夜③
毎話出来るだけ文字数を均して投稿しているのですが、今回二つに分けるか散々悩んだ末、一本でいこうと決めました。
なので過去最高の文字数となっております。お気を付けください(><)
周囲の動揺もなんのその。
終わりを迎えた演奏と共にステラの手を放したラルフは極上の笑顔のまま優雅に礼を取るとサッサと王族スペースに戻って行った。手を放されたステラの方は放心状態で床にへたり込んでしまう。
「……全くやりすぎだ兄上。いくらファーストダンスをナハト殿に奪われたからといってここまで不機嫌になることもないでしょう」
「え? く~ちゃん何て?」
雑踏に紛れて聞き取れなかったクロードの呟きを聞き返す。
く~ちゃんは私の方は見ずに周囲を申し訳なさそうに見渡すと、漸く私を一瞥した。……何、その何とも言えない困り顔は?困ったちゃんに吐く呆れの嘆息は!まるで私のせいみたいじゃないの!意義有り!!
「――……アーシェ、私は一度兄上の所へ行って宥めてくる。これ以上被害を出したくないから、出来るだけ早く着替えて私たちの席まで来てくれないか?」
「え?何かよく解んないけど判ったわ?」
よく解らないまま小首を傾げれば、く~ちゃんが切なげに笑んで踵を返した。その一瞬の表情がやけに大人びて見えて、私は動揺のままその後ろ姿を見送った。
数瞬の後、そういえば!とステラの事を思い出して彼女の方を見やると、いつの間にかやって来たハルマが介抱していた。やがてのろのろと立ち上がると、ハルマを支えに休憩スペースへ移動していった。暫く遠目に様子を窺っていたがあの調子ならば大丈夫なのだろう。
「……師匠、笑いすぎ」
ステラの傍に寄って行ったお姉さま方の素性を聞く為に呼び出した師匠は、現われてからずっと肩を震わせて笑っている。
「いや、……だって……ヒィ~~~~……やっぱ姫さんの近くって、……面白ぇ~~~~」
ついにはバシバシと自身の太腿を叩いて腹を捩っている。何なのよ!面白い事なんか何も無かったじゃない!!
「あ~腹痛ぇ……て、そうじゃなかった。姫さん、ちと早いが本当に着替えてくれ。エルバスが姫さん探してる」
「!? もう師匠、それを早く言ってよ!!」
私は慌ててバルコニーの方へ駆けだした。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
夢心地の醒めないまま私はダンスホールを見つめていた。
動悸は治まったけれど、まだ残るリードの感触と目も眩む――比喩じゃないのだ――王太子殿下の微笑みが、私の昂揚感を中々冷めさせてくれない。ハルマたちに心配をかけているのを冷静な部分の私が感じ取っていたが、正直自分の感情で手いっぱいでそれどころではなく、結果只管ぼんやりとホールを見つめるしかなかった。―――その時、
私の視界を真紅の尻尾が横切った。
(え!? あ、アレって―――――!!?)
私は反射的に立ち上がると即座に駆けだした。
「おい、ステラっっ!!!??」
後ろからハルマの慌てた声が聞こえた気がするが振り返る暇も惜しかった。無視する形で私は尻尾の後を追う。正面はバルコニー、行き止まりだ。ならばもう少しで追いつける、そう思ったのに、目の前の相手は露台へ躍り出ると、物陰からヒラリと柵を越えて飛び降りたのだ!勢いを殺せず柵に阻まれた私は身を乗り出して下を覗き込む。暗くてはっきりしないが、このバルコニーから地面までは結構高さがあった。目測で1階と2階の間くらいだろうか? それを飛び越えたのっっ!? 驚愕のまま、平然と着地したらしき赤毛を呼びとめた。
「ねぇ、あなたっっ!!」
頭上から降り注いだ私の声に気付いたその人が私の方を振り仰ぐ。―――華奢な少年だった。
あの頃よりずっと、背丈は伸びているけれど、見間違うはず、無い。
―――――――――――…………
―――――……
『え?オレと一緒におった赤毛の男~?』
それはノーサル邸で保護されていた私を初めてハルマが迎えに来てくれた日。馬車から最初に降りてきた真紅の髪の少年の事が気になって、馬車に乗って直ぐに私はハルマに問うたのだ。
『はい、ハルマ様の前に降りてきた従者の方です……』
『ああ、ダンデか』
『ダンデ!? それが彼の名前!!?』
『ちょ……ステラちゃん近い!』
『教えて! 彼はどういう人なのっっ!!』
『いや、ダンデハイムからの勅使として来とった奴やから、俺も詳しくは知らんで。何や細々と口うるさいいけすかん感じの奴やったけど……』
『ダンデハイム?』
『ステラちゃんをうちに送ってくれたトコ』
(ということは天使様の関係?……じゃあ彼は天使様の従者てこと?)
―――――……
―――――――――――…………
見下ろした彼と目が合った。
「……ダンデ…さま………?」
思わず零れたずっと忘れられなかった名前。すると、広間から漏れる逆光を手の庇で防ぎながらこちらを仰いでいた彼がふっと柔らかく笑んだ。
どくん
大きくひとつ跳ねた鼓動に驚いて胸を押さえる。彼はその間にするりと闇の中に消えてしまった。
「あ……えた………?」
再び膝から力が抜けてその場にへたり込んだ。
(カラフルな盛装だった。……ということは彼は年上?ここにいられるのなら貴族なのは間違いない、わよね?)
暗くてあの濃緑色の綺麗な瞳は分からなかったけれど、柔らかく細められた眼差しから溢れだすあの色香は初対面で感じたものと相違ないだろう。どくんどくん、また動悸が激しさを増してきた。
「ステラ、いきなりどないしたん……って、ホンマに今日はどないしたんやっっ!!?」
堪らず胸を押さえて蹲った所にタイミング悪くやって来たハルマが慌てて私に駆け寄ってくる。
「しっかりせぇ……ってあっつぅ!」
クロード殿下で舞い上がって、ラドクリフ王太子殿下で爆発して、ダンデ様に止めを刺された私の心臓はもう限界だった。すっかりのぼせてくらくらする。
「あ~……ハルマってホッとする顔だわ~……」
「何でやねん!! ドギマギする美形の間違いやろっっ!!!」
怪しくなってきた呂律でへらっと笑えばハルマに怒られた。あ~、落ち着く~~……
「こらアカンわ。クソ姉貴たちんとこ戻るで。今日はもう終いや、帰るで」
ハルマの声がして私は浮遊感に包まれた。あったかくって安心するその感触に無意識で摺り寄りながら、私はゆっくりと意識を手放していった。
だから後日、人の噂で知ることになる。
私はこの時、ハルマにお姫様抱っこされて運ばれていたのだと。あまつさえハルマの首にしかと腕を絡めて仲睦まじい様子だったのだと!
―――……思い返せばこれが誤解の始まりだったのだと思う。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
(あ~~~……焦ったぁ!!)
着替えに使った控え室の窓から部屋に入ると、待っていてくれたハンナさんとリンダさんがまた二人がかりで着替えを手伝ってくれる。それに身を任せながら私は内心冷や汗をかいていた。
(まさかステラが一回会ったっきりのダンデを覚えてるとは思わなかったわ……)
暗かったしはっきりと顔は見えてなかっただろう。記憶補正でダンデと仮定したのだと推測するが、目的が解らない。
(ま、これは考えても答えが出ないから保留よね)
仕上げのメイクを施されながら私はさっきの件を一旦棚の上に放る。そして尽力してくれた二人にお礼を言って、三度大広間へと踵を返した。
「く~ちゃん!」
家族からの祝福を存分に受けてから、私は『殿下に呼ばれた』と輪を抜け出した。出来るだけ周囲の人に紛れながら王族スペースにいるクロードに呼びかけた。
「アーシェ……遅かったじゃないか……」
やけにゲッソリとしたく~ちゃんがじと目を向けてきた。ど、どうしたく~ちゃん!?
びっくりして傍に駆け寄ろうとして、飛んできた殺気にその場を飛びのいた。何奴!!?
「ナターーーーーーシャーーーーーーー!!!!!」
さっきまで私のいた場所に飛び込んできたのはラルフだった。大きく広げた両腕がスカッと空を抱きしめる瞬間を目撃してしまいゾッとする。危なかった……。こんな人目のある所で――いつもの調子で――抱きつかれたりした日にゃあ積む!
改めてく~ちゃんに寄り添うと、くるっと振り向きラルフに笑みかけた。
「ラドクリフ王太子殿下、お久し振りでございます」
「聞こえない声が聴こえるなんて、私たちは以心伝心だね」
「御健勝のようでなによりですわ」
「ははは、怒った君も可憐だね」
「まぁ、お戯れを。おほほほほほ」
お互い極上の笑みを携えて水面下で非難する高等テクニック。手本は勿論兄様です。
「冗談はさておき、ナターシャ嬢。私と踊って頂けませんか?」
「よろこんで」
笑顔キープのままでこめかみに青筋が浮くのを感じながら私はラルフのリードに身を委ねた。ダンスフロアの真ん中に陣取ってホールドを組むと、心得たように楽団が曲を奏でだす。――いつの間にか踊っていた人たちが退散していた――円舞曲では無く、ムーディーなチークダンスだ!こん畜生!!
私はやけくそでラルフに密着して周囲の様子を窺う。……あれ?逆に顔が隠れて目立たないんじゃないコレ?
頬が触れるほどの至近距離でラルフと目が合えば甘やかな笑みが返ってきた。途端湧き上がる黄色い悲鳴!視界の端で数名の令嬢が卒倒していた。
(あ~、成程。さっきの地獄絵図はラルフのせいか……)
慌ただしく運ばれていく令嬢方を横目に私は確信した。うん、これ誰も私の事なんか見えてないな!ナイス、ラルフ☆
悪目立ちしてない事が解って肩の力が抜けた私はそっとラルフに話しかけた。
「ねぇ、さっき何でステラと踊ってたの?」
「嬉しいね、嫉妬かい? 安心していい、私にはナターシャが一番だよ。言いそびれていたけど、そのドレスもとても良く似合っている」
「はいはい、イイからちゃんと答えて」
「……つれないね。まあいいか。……丁度彼女が次のパートナーを探しているときにね、お馬鹿さんたちに絡まれそうだったんだよ」
「だから助け船で踊ったの?……でもそれ、愚策よ?」
「気付いて間が無かったからね、やむを得なかったんだよ。でも、父上の言葉に重ねて牽制にはなっただろう?」
「……そうかも知れないけど」
一緒にリスクも倍増だ。逆恨みだけは一人前な輩がどれだけいると思っているのか!
思わず渋面になるとラルフがクスと笑い零した。それにムッと視線を上げる。
「大丈夫君が居るから。同じクラスなんでしょう?」
言ってラルフはしたりと笑んだ。丸投げかいっ!!
私は少しでも鬱憤を晴らそうと更にグッと身を寄せラルフの耳元で低く唸った。
「覚えてなさいっ!高くつくわよ」
すると丁度良く曲が終わりを迎えたので自然と身体を離す。睨めつけたラルフは片耳を抑え、何故かうっとり恍惚を浮かべていた。それに悪寒を感じてそそくさと最後のお辞儀をする。
「ねえ、ナターシャ……もう一度――「107回です殿下」」
礼をとった私にじりと近付き始めたラルフとの間に兄様がにゅっと湧いた。ぎょっと仰け反ったラルフが口端を引き攣らせて問う。
「な、何がだ……?」
「はい。私が殿下を脳内で抹殺した回数です♡ ――これ以上妹に近づいたら現実にするぞバカ王子!!」
兄様は前半にこやかに宣言したあと、上手いこと死角になるようにラルフの胸倉を掴んで詰め寄り、笑顔のまま凄んだ。あれはガチギレだ!こ、怖いっっ!!
「ナターシャ? ここはもう良いから、先に父上たちと帰りなさい。僕はちょっと用事を済ませて帰るから♡」
「は、はいいいいぃぃぃぃ!!」
私は即座にビシッと敬礼して退却した。今の兄様に反抗してはいけない!恐怖で涙目になりながら一目散に駆けた結果、うっかりバルコニーを越え、庭園迄出てきてしまった。
背後のバルコニーから漏れ出た明かりにうっすらと正面の花園が照らされている。丁度見頃の薔薇が一輪咲いているのを見つけてなんとなしに近づき、親指の腹でしっとりとした花弁を撫でた。
「アーシェ?」
「……く~ちゃん」
ゆっくりと振り返ればクロードが歩み寄ってきた。そして私にそっと手を伸ばす。
「約束、したろう?」
逆光に隠れた表情がぎこちなく笑んだ後ろから、広間に流れる舞踏曲が聞こえてくる。
「そうね」
私は微笑んでその手を取った。
お互いにゆっくり近づいてホールドを組むと、リズムに合わせてクロードが足先を滑らせた。
静かな庭園に二人だけ。薄闇の中をくるくる回る。
「なぁアーシェ……」
「うん?」
「一緒のクラスで嬉しい。……一年間よろしく頼む」
「こちらこそ! シルビアも一緒だし、楽しくなりそう♪」
「ああ、そうだな」
くるくる、くるくる
踊りながらお互いに顔を見合わせて笑い合った。
―――私の怒涛の入学初日はこうして穏やかに幕を閉じた。
大混線w




