それぞれの夜②
「あっ! ダン、久し振りじゃん」
大広間に戻るとすぐにレイモンドと遭遇した。
「あ、レイ! 久し振り。デビュタント、おめでとう」
相変わらず人好きのする爽やかな笑顔。癖のある栗毛に溌剌とした茶色の瞳はムードメーカーのレイに良く似合って明るく輝いている。ベイン男爵家の養子になってから六七年は経つのに、未だに多くの時間を孤児院で過ごすレイは庶民臭さが抜けないけれど『馬子にも衣装』とは好く言ったもので、真白な盛装に身を包んだ彼は立派な貴公子に見えた。ああ、立派になって……。おばちゃん嬉しい!
「ダンデ……白じゃないな」
ともすれば眠そうにも見える切れ長の黒瞳涼やかに、前髪をかきあげたスタイルの大人びたロンが静かにやってきた。うちの子たちの中で一番長身に成長したロンは武人らしく体つきも筋肉質でがっしり頼もしくなっていた。背の長さに比例して声も更にズシリと低くなった。中々腰に来るフェロモンを感じる。
「ああ。僕は学園生じゃないからね」
暗にデビュタント済みですと匂わせると二人が顔を見合わせた。そして視線で説明を促してくる。
「実は昨年騎士学校に入ったんだよ。そこでの生活が中々に忙しくってね」
「だから、暫く顔を見なかったのか!」
納得したとレイが笑顔になる。反対に不満顔のロンが質問を重ねた。
「ダンデは同学年だったはず」
「うんそうだよ? ちょっと前にデビュタントしたんだ」
今度こそなるほどと肯いたロンに笑いかける。
そこへ軽快な足音が小走りにやって来た。それで誰だか解るほど見知った音だ。……本当なら『はしたない』って注意しなきゃいけないんだけど。思わず苦笑しながら飛び込んできた少女を抱きとめる。
「ダンデ! え~、どうしてどうして? いつの間に~!」
緩く波打つ水色の髪を靡かせたシルビアだ。その後ろには途中まで引きずられてきたのだろうく~ちゃんが息を整えながら歩いてきた。そして私を見つけて固まった。
「え……アーいや、ダンデ!?」
「や、く~ちゃん。久し振り」
うんうん、この感じ。やっぱり気の置けないこの感じが好きだな~。本当ならナターシャでそうあれたら一番いいんだけどね。立ち位置的に微妙なんだもん。
「ね、ダンデ。私と一緒に踊ってよ!」
屈託の無い笑顔でそう言ったシルビアに目尻が下がる。制服姿にも感慨深いものがあったけど、この真っ白な晴れ着も良く似合って可愛いったらない。おばちゃん、何でも言う事聞いちゃうわ!
私は即座に申し込みの姿勢を取ると、嬉しそうに破顔したシルビアが私の指先に手を重ねた。その手を軽く握り返し、お互い微笑みあいながらダンスホールの空いている場所に滑り込むと、ちょうど良く奏でられ始めた円舞曲のステップを踏んだ。
「……殿下。シルヴィーは殿下の婚約者ですよね?」
「あ~、昔っからシルヴィーってダンの前ではめちゃくちゃ可愛いよな~」
「……説明も面倒だし、心中も色々と複雑だから触れないでくれると助かる」
以上上からロン、レイ、クロードの呟き。
私たちがいちゃいちゃしている間、取り残されたヤロー共の背中を哀愁が吹き抜けていたという。
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一曲踊り終え、シルビアをエスコートしたまま皆の下へ戻ると、桃色の視線を沢山引き連れた美青年が近付いてきた。といっても、俯きがちに何かから逃げるような歩調からとりまきから離れたいのだと推測する。美形は大変だなぁと他人事に思いながら、何となくその横顔を観察してしまった。
長い睫毛がバサバサと煙り、物憂げに伏せた瞳は無表情で出来の良い人形のように綺麗。大きく垂れ気味の左目元に落とされた涙黒子が妙な色気を青年に与えている。……ん?
柔らかそうな萌黄色の長髪は一つに束ね、根元を可愛らしい白いレースのリボンで結わえている。……ん?
そんな見目よい青年はデビュタントを示す真っ白な盛装を着こんでいる。同じくデビュタントの令嬢たちは美形の殿方と踊りたいのだろう、チラチラと上気した頬で艶めいた視線を飛ばし、何とか彼の目線を勝ち取ろうと必死だ。
「あれ? ユーリじゃない。そんなに急いで何処行くの?」
丁度我々一団の真横を通り過ぎようとした瞬間、シルビアがごく自然にその青年に話しかけた。え?嘘でしょユーリ!? だってちゃんと男の子のなりだよ!!? ――伏せられていた彼の視線が持ち上がりこちらを捉える。徐々に見開かれていく瞳が順に個人を確認しながら最期に私を捉えた。そしてカッと限界までその眼が見開かれ、これでもかと刮目された後、
「やぁだぁ! ダンデじゃないっ!! 久し振り、元気だったぁ?」
満面の笑顔から放たれた不釣り合いなおネエ言葉に、周囲がズササと盛大に引いた。
「……ユーリ、お前……どうしたんだ?」
口端を引き攣らせながらレイがユーリに問いかける。
「ああ……、可愛くないでしょう? でも父上がどうしてもドレスはダメって言うものだから」
「入学式はどっちで?」
「ん~? そっちもズボンよ。 私はスカートが良いって最後まで粘ったんだけどね……。はあ、やっぱりドレスは良いわねぇ」
シルビアのドレスを見ながらユーリがほうっと恍惚に嘆息する。「ふうん、大変なのね?」と良く分かっていないシルビア、リアクションに困り微妙な表情で固まるレイ、ロンとく~ちゃんは特に興味が無さそう。……そうか、入学式の時気配は感じるのに見つけられなかったのはユーリが男装――というか元から男の子だけど――してたからだったのね。
私は改めてユーリの盛装を眺める。
フリルとレースをふんだんに使ったデザインのため、ユーリの整った顔立ちと合わせると本当に精巧なドールの様だ。ドレスじゃないにしてもちゃんと自分の好きなものを取り込んだ衣装は良く似合っていた。
「ユーリのこの胸元のフリルリボンもとっても可愛いよ。良く似合ってる」
だからその気持ちを正直にユーリに伝えた。ドレス姿ばっかり見ていたから忘れていたけど、男の子の姿だって十分にユーリらしいではないか。
「……当然よ。私は何着たって可愛いの」
つんと照れ隠しをするユーリに軽く笑ってしまった。
「……しかし、その格好にその喋り方って違和感あるな」
「仕方が無いじゃない。だって可愛い方にずっと合わせてきたんだもの。今更ボクって直す方が違和感ヨ」
ポロリと零れたレイのセリフにユーリが目を吊り上げる。
「……別にユーリはユーリだろう? 好きにすればいいのではないか?」
ナント朴念仁のロンから意外な一言が!
「……お前、そのルックスでそういうセリフ吐くとホントモテそうだよな」
レイが半眼でロンを小突いた。
「? レイの方がモテているだろう。 孤児院の子供たちにも、木漏れ日の丘のご年配にも沢山好かれているでは無いか」
「そのモテじゃねぇんだよチキショー―――!」
滂沱の涙で床に頽れるレイモンド。……うん漫才はイイから、折角の晴れ着が汚れちゃうでしょ!早く起きなさいレイ。
「あ~あ、残念。私がドレスだったらダンデと踊って貰ったのに……あ!」
ユーリが私をまじまじと見つめる。
「ナターシャ様がいるじゃない! 今日の私なら何の問題も無く踊れるわ♪」
キャッと嬉しそうに両手を合わせたユーリにレイが喰いついた。
「問題ありまくりだけど確かにチャンスだな! ユーリ、天才だろ!?」
そうしてレイとユーリ、二人顔を見合わせると頷き、「どっちが先に見つけるか競争」なんて言いながらあっという間にホールへ散っていった。……すまぬ。ナターシャここだ。
「あ~あ、どうするの?」
「どうもしないよ?」
シルビアに小突かれたが苦笑で返す。楽し気に肩をすくめたシルビアがロンを向いた。
「さてロン。アンタ、一応クロの側近なんだから、それらしいポーズもしておかないとね。……はい」
シルビアがロンに手を差し出した。ロンが首を傾げる。
「誘いなさいって言ってるの」
察しの悪いロンに若干の苛立ちを込めてシルビアが目を細める。
「今日は現在の勢力図を示す日でもある。ロン、お前はまだ正式に私の側近と公表したわけではない。だけど、私に近しいものだとアピールするためにシルヴィーと踊ってきてはくれないか?」
く~ちゃんがシルビアの言動を丁寧に説明したので、ロンは素直に肯くと恭しくシルビアの手を取ってホールへと向かった。
「……私もナターシャと踊りたかったんだがな」
「ごめん、帰る前にこっそり踊ろう? もう少ししたらまたナターシャに着替えるからさ」
「そうしてくれ。……兄上もとても会いたがっていた――」
その時、ダンスフロアの一角が異質にどよめいた。
私とく~ちゃんは騒ぎを確かめに移動してあんぐり立ち呆ける事となる。
「「ラルフ?/兄上?」」
奇しくも同時に重なった呟きはそのままダンスフロアに消える。
私の目に映るのは、そこら中に気絶したご令嬢方、ラルフに気をとられてパートナーを放りだすリーダーたち。騒然とするカオスな中、全く気づきもしない様子で優雅にステラと踊っているラルフ。
(え?コレ何フラグ?……てかステラの頭がガックンガックンしてるけど大丈夫なの!?)
「兄上……」
く~ちゃんが私の横で何もかも諦めたような溜息を吐いた。
一 体 何 が お こ っ て る の よ !?
……誰か説明下さい、マジで。
―――まだまだデビュタントの夜は続く。




