プロローグに至るまで
説明回です。冒頭部分は飛ばしても問題無し!最初の【★☆】以降が本編となります。
『王国立クロスネバー学園』
それは私の開発チームが作り上げた乙女ゲームソフト『星巡り回廊の眠り姫』のメイン舞台となる貴族学園。
今生の世界でもゲーム設定と変わらず、16歳~18歳の貴族子息子女が主に社交を学ぶ――所謂貴族子弟の職業訓練所のようなものだ。
貴族社会は男系長子相続。跡取り息子は早くから義務教育が施される。それが兄様も通っていた寄宿学校であり、それ故彼らは成人前から家業に携わる事が許されていた。
貴族学園とはそれ以外の子供たちが、成人とされる18歳までの三年間を使って将来の進路を考える事の出来る、実践的要素を含んだモラトリアム機関なのだ。
寄宿学校と違う所は義務教育ではない点。聖職者を目指す者や、早くに政略的婚姻を結んだご令嬢は学園に通う必要などないし、王国立といえどそれなりに学費はかかるため、必要最低限の教養を家庭教師で済ませる家もある。ただ、籠の鳥では得られない人脈や幅広い知識の宝庫であるために、寄宿学校を卒業した跡取りを始め、ほとんどの貴族子息令嬢はこの学園に入れられるのだ。それ故必然的に国の中枢に関わる者は学園卒業生ばかりという具合だった。
簡単にこの学園のシステムを説明しよう。
まず、一年生は全員が共通クラスとなる。教養関係――例えば一般教養(座学)・ダンス・マナー講座など――が主な授業。
この学園に入学した者は全員入学式後開かれる王主催の舞踏会で社交界デビューを果たす。所謂強制参加のお披露目パーティーだ。これにより学生たちは夜会への参加が正式に認められるようになり、貴族社会の権謀術数を実学していく。
そうして一年かけて自己を磨き己を知った上で、二年生からは専門クラスに分けられる。
これは本人の希望制で、一年時の成績と担当官との二者面談により決定されるのだ。クラス編成は以下の通り。
・社交クラス
・騎士クラス
・学者クラス
・執事クラス
まず『社交クラス』。半分ほどの子息子女はこのクラスを選ぶ。何故なら一番自由のあるクラスだから。このクラス、ぶっちゃけ何をしてもよい。大学の様に、開講されている授業ならどれを履修しても良いのだ。極端な話、最低限の単位さえ確保してしまえば学園に通わずとも良かったりする。これは成人の近くなった跡取り息子たちへの措置だ。当主名代となる彼らが学園生活と家業を兼業できるようになっている。そして嫡男以外はその恩恵だけを享受するのだ。
それ以外のクラスは名前の通り。家督を継げない者たちが手に職を持つために選ぶクラスで、専門的なカリキュラムが組まれている。
『騎士クラス』は所謂エリート製造所。この学園のクラスを卒業した者は全員が『騎士爵』を得られるのだ。それ故ほとんどが王宮近衛や師団長以上の地位に就くこととなる。――此処とは別に騎士学校も存在しているが、こちらは貴賤問わず入学でき、より実践的な衛士を育てる事に重きを置いている。
『学者クラス』は研究職希望者の登竜門。ほとんどの者が大学院のような機関である王国立研究院への就職を望んでいる。このクラスは例年変人の巣窟であるのと引き換えに偉人を輩出しやすいという特徴がある。因みに医学もこのクラスに含まれている。
『執事クラス』はちょっと特殊で、その名の通り王宮近侍や侍女を育成する傍ら、中央文官の育成も手掛ける。国に貢献するための技術を徹底的に身に付けさせるクラスだ。よってこのクラスを卒業した者は引く手数多で就職できる。しかも高給取り、好条件で。前世風に表現するなら『秘書科』というところだろうか?
そして三年生で再び成績と二者面談によりクラス再編成。
社交クラスは内容変わらず、その他専門クラス生はより細分化された専門講義プラス、『研修生』としてインターンシップ派遣される。そのまま就職先を得られる生徒も少なくない為、中流以下の家格の者たちは必死だ。
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(……あとは、乙女ゲームらしく折々にイベントや祭典あるのよね~……って、結構つらつら設定思い返しても終わらない学園長の話って一体……。どこの世界も偉い人の話って長話と相場が決まってるのねぇ)
入学の寿ぎから始まり、最早内容に一貫性を感じられない謎の人生論のようなものを聞き流しながら私は遠い目になった。
大講堂へ集められた新入生の入学式は式次第を見る限り、最後に新入生代表の答辞を残すのみだ。
私は欠伸を噛み殺しながら周囲を観察する。先頭の方にシルビア、後方に隠れてレイモンドとロンがいる。ユーリは割と近くで気配を感じるけれど見当たらない。……あ、檀上近くにステラとハルマがいるなぁ。
式開始ギリギリまでステラを観察していたお陰で皆にはまだ会えていない。下校迄には挨拶しておきたいなぁ。
因みにストーキングの成果といえば、ステラが校門を潜ってくる時こそゲームそっくりだったけど、その後起こるはずのく~ちゃんとの出会いイベントは未発生のままだった。でもしょうがないよね。ステラ、一人じゃないし。何くれハルマが甲斐甲斐しく面倒見てるみたいだから、校内で迷うとか無理ゲーだよ。
(う~ん……。ステラはこの先どうやって攻略対象たちに出会うのかしら?)
滔々と思考の中に没頭していたら、なにやら講堂内が俄かに色めきだった。漸く学園長の話が終わり、新入生代表が入れ替わりに登壇した模様。その代表とは勿論、今代の注目株『クロード・クロムアーデル』第二王子殿下である。
堂々と伸びた背筋、剣術の訓練ですっかり逞しくなった立派な体躯。凛々しい歩調に遅れてサラサラと靡く短めの金髪が陽の光を反射して輝いている。澄み渡った蒼穹の瞳はまっすぐに正面を見据える。少年さを残した声音が軽やかに心地よく空間を支配していく。講堂内の誰もの視線を独占していった。
(嗚呼、く~ちゃん……立派になって!)
この会場を支配している陶然とした空気と全く違う感動に私は打ち震えていた。手塩にかけた息子の晴れ姿を拝む母親の心境だ。世のお母さんたちの感動が今なら解るよ!「うちの子、素敵でしょう?」と大声で叫びたい気分。
学園長と違い、簡潔にまとまった答辞を終えたクロードが会釈をすると盛大な拍手が鳴り響いた。
これにて入学式は閉会。指定されたクラスでオリエンテーションの後解散だ。
私は退場していく人の流れに身を委ねた。
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「ナターシャっ!!」
私が指定された教室に入ると、弾む声音で抱きつかれた。
「シルビア!」
緩く波打つ薄水色の長い髪は艶やかさを証明する天使の輪が輝き、吊り上がった眦がキリリとスレンダーな肢体に良く似合っている。冬の早朝のような清廉な空気を纏った美少女へと成長したシルビアが、無表情だとキツく見えてしまう目尻を柔和に綻ばせて喜びのオーラを満面に湛えている。何このお人形さん、持って帰りたい!
「私たち、同じクラスよ! 良かった~!!」
「他は?」
「クロがいるわ」
シルビアの視線を追ったけれど、そこには人垣が見えるだけだ。……く~ちゃんは既に人気者らしい。男女問わず黄色い空気が人垣を覆っている。アイドルか。いや、モノホンの王子様だった!
そして私は見つけてしまった。
人 垣 の 中 に ス テ ラ が い る ん で す け ど !?
うわ~、同じクラスかぁ。これは可及的速やかに便利モブの地位を確立しなければ。その為には変に目立つことを避ける! 今こそこれまでの修行の成果を発揮するのよ!『幻の令嬢』の二つ名は健在です。
そうこうしている内に担当教諭が入室してきてオリエンテーションが始まった。一人一人簡単な自己紹介をしていく。クロードに歓声が沸き、シルビアの美貌に皆が酔いしれ、私もあっさりとした挨拶を述べた。やけにクロシロの熱い眼差しを感じたけれど、彼らの印象が強いから私はすぐに皆の意識から薄れるはずだ。……それにしては何故かステラに凝視されてる気がする。……え、何で?
―――やがてステラの番が来て、彼女が立ち上がった。
遂に真打登場!物語が動き出す……のか?




