王子様とお茶会
※本作の登場人物名は作者による完全な『語感』で付けられています。現実世界における地域性、宗教性、歴史性、言語性とは一切関係ありません。悪しからずご承知おきください。
王子様方の登場で騒然としたまま閉幕となった私のバースデーパーティー。
その中に不穏な単語がいくつかあったのを私は覚えていた。
私の知らない所で大きなフラグが立っていたらしい。
父様の執務室に突撃して形振り構わず詰問した。急務だよ!!
「お父様!!!!私と殿下方と何の繋がりがあるのですかっ!!!?」
「ど、どうしたんだいナターシャ!?ちょっと落ち着きなさい」
「落ち着いてなどいられません!!第二王子殿下は私に婚約者候補と言ったのですよ!!」
「ラドクリフ殿下は僕達が『幼なじみになる』って言ったね。
…父上どういうことですか?僕もそこまでは聞いていませんよ?」
にっこり笑いながら兄様も参戦だ。
エルバスは子どもたちの剣幕に圧されて――物理的に私は父様の上に乗っかっている――エルバスが白旗をあげた。
「ちゃんと説明する!!するからちょっと落ち着きなさい!!」
「元々そのつもりだったのよ。頭の弱い小殿下のせいで台無しになってしまったわ」
茶器を抱えたライラが父の執務室にやってきた。ていうか母様?今の普通に不敬罪ですよ!?
母様に促されて我々は応接テーブルへと移動した。いつの間にか人払いがされていて、母様がお茶の用意をしている。
ライラがカップを配り終えるまでをエルバスは優しく見つめて、次いで家族に順番に視線を合わせた。一呼吸おいて、口を開く。
「最初に。…ナハトがラドクリフ殿下のご学友に指定された。これは以前話したね?」
「ええ、僕と殿下は同じ年ですから。13歳からの学校生活で便宜を図るように、と。」
思考が視覚化出来るなら、今私の頭上には大きなはてなマークが浮かんでいるだろう。ライラがそれに気付きフォローしてくれた。
「ナハトが他の子より稽古事が多いのはそういう理由もあるのよ。…勿論、優秀だから出来ることなのだけどね。」
王の側近たちの中で、ラドクリフ殿下と年の合う子息がナハトだけだったらしい。兄様が産まれて速攻で白羽の矢が立ったのだそうだ。
跡取りとなる子息らは、13歳~15歳まで寄宿学校で学ぶことが義務づけられている。継承権一位のラドクリフも同義と見なされ王宮から出されるのだそうだ。…というのが表向きの理由で、同世代を把握する事、将来の側近候補を見極める事が主な理由のようである。
「問題は第二王子なんだよ…。」
草臥れた様子で父様が切り出した。
「どうしてかクロード殿下の代には同年代の子息令嬢が溢れていてね。まぁ、うちもたまたまそうなってしまったのだが…。―――おほん。
それでクロード殿下には取り巻こうとする輩が多くてな…。
10歳になったら社交界デビューの前にお茶会デビューがあるだろう?その前に婚約者を作ってはどうか、なんて声が多数上がったのだよ。無視できないほどに。……しかし現状候補が多すぎる。」
「その内の一人が私なのですね?」
「シルビアちゃんもよ」
母様の補足に反応する。
「クロード殿下は兄殿下が優秀過ぎることもあって、そこまで厳しい教育はされていない。ラドクリフ殿下のことをとても尊敬しているようだが、それ以外はどうでも良い所があってね。その、かなり自由な方なのだよ…。」
「おバカさんなのよ」
折角父様が濁したのに台無しです母様…。
「それのどこが幼なじみに繋がるのですか?」
進まない話に兄様が本題を思い出させた。
「…ああ。
宮殿内の様子に内部分裂を危惧した陛下が、秘密裏に側近だけを集めたんだ。『優秀な子息令嬢を我が子らの目附役として侍らせたい』とね。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「という訳で、ナハディウムのご学友が前倒しになったのだよ。」
「以前のお茶会での不自然なセッティングはこういうことですか。」
「大人たちも必死なのだから、そう言ってやるな。」
現在、王宮のプライベートスペース。その中、ラドクリフ殿下のサロンに私達兄妹は招かれていた。先日の「お茶会に誘う」が実行されたからだ。
ここにはラドクリフ殿下と我々兄妹、殿下の侍従が一人だけ。あとは人払いされている。――クロードがいると煩いから内緒なのだそうだ。さり気に酷い。
「私にはお前が宛がわれていたけど、弟はこんなだろう?…父の心痛の種だったのだが、昨年宰相から面白い話を聞いてね。密かに探らせていたのだ。」
ラドクリフ殿下が私を見てにっこり笑った。
「…なるほど。確かにナターシャはうってつけですが……。」
「そう露骨に嫌そうな顔をするなナハディウム。そもそもお前の事があったからナターシャ嬢に決定されたとも言えるのだぞ。」
「…どういうことです、殿下?」
「お前が私の側近になる事は決められていた、周知の事実だな。そんなお前と私が学園生活以前から交流することに不思議はあるまい?当然妹君と面識も持つだろう。親しくなれば王城にも来よう。そこで同年のクロードに逢う…何も問題はないな。
先立ってはナターシャ嬢の誕生パーティーにも正式に招かれている。」
「ですが初対面ですよね?私達は」
堪らず突っ込ませていただこう。私は置物ではないのだ。
「そうだな。しかし重要なのは周囲にどう見えたかなのだよ、ナターシャ嬢」
「っあ!!!?」
「ふふ、思い出したかい?」
この人、超親し気にキスしてきましたね。…指先だけど。
「外で尚且つあの喧噪だ。私達の話など聞こえていない。視覚情報だけであの沢山の招待客たちはどう思っただろうね。」
「そのあとのクロード殿下とのやりとりはどうなんです?決して友好的とは言えませんよ?」
「生憎弟はまだ王族としての意識が低くてね。愛らしいお嬢様を前にして照れてしまったのだよ。」
(いけしゃあしゃあと…よく言うわ!!)
「で、では、シルビア様の事はなんとするのです?」
「ああ、彼女か。…想定外の事とはいえシルビア嬢は宰相の娘、それも公爵令嬢だ。身分的にも私達と交流があってもおかしくないね。それに幼子同士がじゃれあうなどよくあることだろう?あの場で私が許しているのが証拠だ。」
「うぐ、確かにそう見えますね…」
「なにより、ネルベネス夫人もダンデハイム夫人も私の母とは旧知の仲。奥方たちが社交界の華である所以だよ。」
それは初耳である。驚愕に兄様を見やると「そうだ」と頷いた。
「最近の社交界での噂を知っているかい?『ネルベネス家とダンデハイム家は家族ぐるみで王家と親しくしているらしい』『シルビア嬢とナターシャ嬢が王子の婚約者なのではないか』…だってさ。
……そこに新たな情報を投下する。」
「私たちは殿下方と幼馴染で親しくしている…ですね?」
すかさずナハトが答えた。…兄様、外だと一人称「私」なのね。初めて聞いたわ。それにしても…
「全部後付けのこじつけじゃ無いですか…」
「表向きの理由なんてそれで十分なのだよ、ナターシャ嬢。
先程も言ったけれども、大事なのは『どう見えているのか』なんだから」
「……はぁ。殿下のおっしゃった幼馴染になるとはこういうことですか…」
溜め息交じりで兄様が零した。
「シルビア嬢は巻き込まれた形だが、君も親しい人間が傍に居た方が心強いだろう?
…何せ君は愚弟の教育係なのだから。」
「何ですかそれ!?」
「王族としての教育は勿論家庭教師がついているが、日常での言動までは縛れまい?愚弟の『友』として導いてやって欲しい。勿論、目の届く範囲で構わない。」
「何故私なのですか?」
「最初に言ったろう?都合が良かったのだよ。」
腑に落ちないもやもやはあるが、クロードも私の子どもだ。暗黒BL展開阻止のためにもこの立場は都合がいいかもしれない。
「…解かりました。そのお役目、謹んでお受けいたします。」
「ナハディウムもそれで良いな?」
「御意に。」
「うむ。では私たちはこれより幼馴染としての実績を積むとしよう!!
まずは二人とも、公式な場以外での私達兄弟に対する敬語を禁ずる。我々に対する不敬な発言も許そう。親しい友なのだからな!!
そして私の事は『ラルフ』と呼ぶように。これは命令だ、良いな?」
「わかったよ、ラルフ。俺の事は『ナハト』と呼んでくれ」
「兄様、一人称に『俺』もあるのですね!?
あ、私の事はそのままナターシャと。よろしくね、ラルフ様。」
順応性の高い兄妹にラルフは満足げだ。
そしてその勢いのままに更なる爆弾発言を投下してきた。




