はじまりはここから
初投稿です。
思い付くままに始まったありきたりなお話ですが、暫しお付き合い頂けると嬉しいです。
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……意識が戻るとどこかぼんやりしていた。
(――…どうしたんだっけ・・?)
重たく霞がかった思考。脳みその鈍痛を堪えながらゆっくりゆっくり記憶を呼び起こす。
(――――……確か仕事をしていたのよね。)
どくん、どくんと脈打つ頭痛。その鼓動が徐々に薄れていくに従って、段々と思い出してきた。
自分に確認を取るように、一番記憶に新しい『今日』を手繰り寄せていく。
――私はとあるゲーム会社の新作ソフト開発チームで働いている、36歳のキャリアウーマンだ。
職場で来期販売予定の担当ゲームが漸く形になって、その日開発チームは暫くぶりにゆっくり帰宅出来ると歓喜の解散となった。かくいう私もその恩恵を賜り、徹夜続きの重たい身体を引きずって退社、帰路に着いた。
その道中のこと。
30後半の身体に連日徹夜は相当堪えていた。
フラフラと最寄り駅を降りて家までもう少しという所で気が抜けたのだろう。一瞬の眩暈に重心を支え切れずよろけて踏鞴を踏み、その勢いで歩道の縁石を踏み外しあっという間に車道に躍り出て…
そこからはスローモーション。
私が車道に倒れ伏すより早く大きなトラックがすぐ傍に迫っていて、驚愕の表情した運転手のオジサンと地面へとダイブ中の私の目と目があった。
(嗚呼、オジサンごめんなさい。私の所為で迷惑掛けちゃう)
眩しいライトを浴びながらそんな場違いで暢気な感想を抱いた瞬間、
ドンッッ!!!!!!!!!
―――激しい衝撃と共に私は意識を手放した。
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(…そうか、私、車に轢かれたんだ。…どこかの病院に運び込まれたのかな?)
今意識があるなら一命はとりとめたのだろう。
(………生きてて良かった。)
身体が思うように動かせないのはそれだけ重篤だったという証だろう。記憶が確かなら大型トラックに跳ねられたのだ。今現状私の意思で唯一動かせる視線を駆使して現状把握に努めるが、視界はぼんやり霞み滲んでいる。一体どのくらい寝ていたのだろうか。
(ああいくら一段落ついたからって、ゲーム発売までまだまだやる事いっぱいあるのに!
こんな所で寝ている場合じゃないってのよ私の馬鹿ぁ。)
ショルダーバッグは無事だったろうか。その中の携帯電話の無事を確認したい。動けないなら看護師さんに頼んで職場に連絡して貰うんだ。自分の容態の確認とその状況によって抱えていた仕事の引継ぎと、チームのみんなにも謝罪してそれから…。
くるくる思考が回り出せば考える事は溢れだしてくる。比例して自己を取り戻し冷静になって漸く、未だに視界がぼやけていることに気付いた。
目を酷使する仕事について十数年。一向に下がらぬ視力が密かな自慢だったのに事故の後遺症だろうか。老眼より早く眼鏡生活になるなんて今更勘弁願いたい。
(それにしても。動けないは良いとして、痛みも感じないのはどういうことかしら。…術後そんなに経ってなくて、まだ麻酔が残ってるとか?)
それならこの不自由さにも納得できる。何となく手先の感覚は戻ってきた気がするし、視界が不安定なのも直に元に戻るだろう、うん。…信じて良いよね。大丈夫だよね!?
そうだ昔からよく言うじゃないか病は氣からと。早期復活の為にも明るく前向きになるのだ。大丈夫、生きていれば幾らでも挽回のチャンスはあるはず。私なら出来る!などと取り留めなく脳内会議を続けていると――うまく口も動かないのだ――何だか嫌な感じが背筋を過った。
マズい。
非常~にマズい。
この感覚は人が生きていく上でどうしようもない生理現象の訪れだ。
(待ってっ!!せめて尿瓶は何処って動けないじゃん!!!!看護師さん看護師さんっ!!!!!!
ハッ!?
な、ナースコールって動けないんだってばぁ!!!!!!!!!!!)
迫り来る生理現象に為す術もなく、乙女として――30後半だって気持ちはいつでも乙女だい――それはもう大変大変遺憾ながら堤防は決壊しましたよ。自棄ですよ。文句ある!?
じんわり不快感が広がると、閉ざされていた私の口が漸く開いた。文句の一つも叫びたいじゃん。当然だよね。
しかし私の鼓膜を揺らしたのは明確な言葉でも悲痛な叫びでも無く、
「ふ、ふぇぇぇ!ふぇぇぇぇぇ!!」
という赤子の泣き声だった。
(な、なになになになにどういうこと~~~~!?)
混乱する私は誰かにひょいと抱き上げられた。至近距離で見つめられる。随分と綺麗な女の人だ。あれ?ちゃんと見える!?
「あらあら、気持ち悪いでしゅね~。直ぐにきれいきれいしましょうねぇ。」
何と心地よく心落ち着く声音だろうか。
綺麗な指が私の頭を撫でている。
美女の腕で私は泣き続けていた。鼓膜に届く音は「ふぇぇ」だの「ほぁぁ」だのか弱い赤子そのもの。
残念なことに発生源は私で間違いない。何故か泣き止めないのだ。
「はい、すっきりしましたねぇ。もう大丈夫でしゅよ~」
にっこりと美女が慈愛溢れる笑みを向けて、楽しそうに私の右腕を掴むと、私の目の前でフリフリ動かした。視界にふにゃりと可愛い紅葉がみえる。…これが36歳の私の手だというのか。それとも誤って謎の組織の薬でも飲んでしまったというのか。どう見ても赤子の手である。しかも先程から私は美女の腕に優しく抱かれてあやされているようなのだ。
…う~ん。…流石にここまでくると察しますよね。つまりあれですか?流行りのやつですか?何ならせ~のでいきましょうか。
せ~のっ!
(私、生まれ変わっちゃったの~~~~~~~~~??????)
その叫びは「ダー」とも「あぅー」ともつかない情けない音となって微笑む美女の腕の中か細く消えていった。
赤子の視力の限界。
ありきたりじゃない。
王道なのです(´・ω・`)