第2話 闇からの誘い…
朝、凛子が目を覚ます。
時計を見ると10時を過ぎていた…
「…もうこんな時間。久々にゆっくり寝れた………」
…こんなふかふかの布団で寝たのは何年ぶりだろ?
変な人に買われたけど…
ひどい扱いをする気はないみたい…
まだ起こしに来ないし…
もう少し寝ててもいいかな…
「…それはよかった。今まではゆっくり寝れなかったのか?」
シャムシエルが凛子の寝ているベッドに座って本を読んでいた。凛子が起き上がる。
「………夜這いですか?…おはようございます。」
「おはよう。夜這いって……朝だよ。それに襲わないから…」
呆れた顔でシャムシエルが言った。
凛子が眠った後、夜中に闇に引き込まないかとベッドに腰掛けて様子を見ていたが……
今日は大丈夫だったな。
「知り合いがいるから、おいで。」
「…?」
リビングに行くと派手なメイクの若い女の人がいた。
「あら~♪可愛いじゃない。」
「彼女はリリス。頭が悪そうだけどショップを経営してる。」
「ひどーい!頭は悪くないわよ!」
リリスが凛子の頬に触れる。
「可哀想に、こんな変人に買われて…」
「そうなんですよ。変な人に買われました。」
「……どうして変な人扱いなのかな?」
シャムシエルがため息をつく。
「さて、変人はほっておいて♪…どんなお洋服が好き?」
ハンガーにかけられた、たくさんの洋服が並んでいた。
「若い子が好きそうな洋服、適当に持ってきたんだけど…」
凛子がシャムシエルを見る。
「もやしさん、この人は愛人ですか?」
シャムシエルとリリスが驚く。
「何でそうなる!この女は知り合いだから!」
「私もこんな変人、好みじゃないわよ!」
「…そうなんですか?」
疑いの目で2人を見る凛子。
「…もやしさん?」
リリスが不思議そうな顔をする。
「名前がややこしくて覚えにくくて…」
凛子が無表情のまま説明する。
「ぷっ!あははははははは!」
リリスが大笑いする。
「…俺の名前ってそんなに覚えにくいかな?」
「覚えにくいです。」
「あはは!…おもしろーい♪ もやしって!たしかに白くて長いもんね。」
「…うるさいよ。」
シャムシエルがむすっとしながら言う。
「…とにかく、好きな洋服、選んでいいよ。俺は書斎にいるから終わったら声掛けて。」
「あの変人、お金いっぱい持ってるから気にしないでいいわよ♪…どれがいい?」
洋服…自分で選んだ事なんてないなぁ…
「…どれがいいんでしょうか?…よく分からくて…」
「じゃあ、私が選んであげる♪」
「動きやすい服がいいです。」
「そう……この服はどう?」
「スカートでフリフリはちょっと…ズボンの方が…」
「若いんだから、ミニスカートもいいわよ♪」
「…無理ですよ。」
シャムシエルが書斎でパソコンの画面を見る。
……楽しそう?にしてるかな?
着替えが終わったら出かけるか…
どこに行くかな?
「着替え終わったわよ~」
デニムにシャツの動きやすい格好をした凛子がいた。
「このミニスカートも置いていくわね~♪」
「…それは無理ですよ。」
「シャムちゃん、お金はちゃーんと引き落としておくわね~♪」
「ああ、わかった。……さて出かけるか?」
「……もやしさんが行きたいならどうぞ。」
無表情のままの凛子が言う。
「…その前に朝ごはん…というより昼ごはんかな?」
「私も食べる♪」
3人で昼食を食べる。
リリスが帰っていく。
「……何か欲しいものある?」
シャムシエルがリビングのソファーに座ってる凛子に聞く。
「お構いなく。…わたしにこれ以上お金かけない方がいいですよ。」
「趣味とか好きな物とか……」
「…特にないです。」
「そっか、、」
シャムシエルが凛子の近くのソファーに座る。
「…言いたくなければ言わなくていいけど…体の傷は誰につけられたの?」
「…………。」
「…ごめん。嫌なこと、聞いたね…」
「………母は……」
「…え?」
「………わたしを…売ったお金でハワイに行きたいと言っていました。」
「…………。」
「……わたしは………産まれてきて、……よかったんでしょうか?」
下を向いて話す凛子。
シャムシエルが凛子の頭を撫でる。
「…産まれてきていいに決まってるだろ。」
「………もやしさん。」
「ん?」
「セクハラですよ。」
「…はい?」
凛子が嫌そうな顔でシャムシエルを見る。
「……君は、本当に失礼な子だね。」
シャムシエルが呆れながらも笑う。
「じゃあ、出かけようか。」
「……その変な仮面を付けたままですか?」
「もちろん。」
嫌そうな顔をする凛子。
「………君の失礼な態度に少し慣れ始めている自分が怖いよ。」
マンションを出て歩く2人。
近所の人が通りすがりに声をかける。
「あら、シャムシエルさん。お出かけ?」
「こんにちは。ちょっとそこまでね。」
「可愛い子、連れてるじゃない。」
「こんにちは。」
凛子が挨拶する。
「ちょっといろいろあって…預かってる子なんですよ。」
「そう、いってらっしゃい。」
「いってきます。」
シャムシエルが手を振りながら言う。
凛子はお辞儀をする。
「知り合いに会いにいくよ。」
「そうですか。」
しばらく歩いていくと派手なスナックが見えてきた。
そこに入ろうとするシャムシエルの後ろで凛子が立ち止まる。
「……どうしたの?」
「ここに、……入るんですか?」
「知り合いはここのママなんだ。」
中に入ると化粧の濃いオカマ達がやって来た。
「あら~♪シャムちゃん久しぶり~♪」
「ママなら奥にいるわよ~♪呼んでくるわね♪」
「ああ、頼む。」
「なぁに?可愛い子、連れちゃって~♪」
「こんにちは。」
凛子がオカマ達に挨拶をする。
「やだぁ~♪可愛いわね、名前は?」
「立花凛子って言います。」
「凛子ちゃんね♪いくつ?」
「18歳です。」
「え?!18歳?」
シャムシエルが驚く。
「何を驚いてるんですか?」
「小さいからもっと若いのかと思ってた…」
この人…
18歳以下だと思ってたのに押し倒したの?
完全に犯罪…
人間を買ってる時点で犯罪か…
でも最初から襲う気もなかったみたいだけど…
「シャムちゃん、犯罪よ~♪ケダモノ!こんな若い子連れてちゃって~」
「そうですよね。この人、犯罪者ですよね?…変態ですよね?」
「君は本当に失礼な子だな…」
シャムシエルがため息をつく。
「可愛い子ね♪座ってちょうだい。ジュース飲む?」
凛子がオカマ達に連れていかれる。
シャムシエルがカウンターに座る。
「……また、すごいの拾ってきたわね…」
丸坊主に化粧の濃いおかまが横に座る。
この店のママだ。
「ああ、かなり重症なんだ。あの子は…」
「そうねぇ、…アレで堕ちてないのが不思議ね。」
「家にいても良くないと思って、連れてきたんだ。ここなら賑やかだろ?」
「たしかにね。でも、お代はちゃんともらうわよ。」
「分かってるよ。」
ママがニヤリと笑う。
「それにしても……半端者が一人前に人助け?…あいかわらずね~シャムちゃん。」
「…彼女との約束だからね…」
「ああ、あの子ねぇ~あれからかなりの年月たってるけど?」
「……………。」
あの娘が死んでから抜け殻みたいになったものね…
でも…
ママが凛子を見るシャムシエルを見て微笑む。
「あのお嬢ちゃんが救いになるかもね…」
小さな声でママがつぶやく。
「え?…何か言った?」
「いいえ。…いつでも連れてきていいわよ、あのお嬢ちゃん。」
「助かるよ。」
凛子がオカマ達から解放される。
「また来てね~♪」
ふらふらしながら歩く凛子。
「…大丈夫?」
「あの人たち、元気すぎる…」
凛子は疲れているが無表情のままだ。
あれだけ濃いキャラ達に囲まれてもダメか…
何度か連れていけば少しは効果あるかもなぁ…
前を歩く凛子の足下に黒い影が現れる。
「!…凛子!」
凛子の足が黒い影に引き込まれる。
シャムシエルが凛子の腕を掴んで引っ張り上げる。
黒い影が消えた。
「……大丈夫?」
「…はい。」
凛子は無表情のままだった。
「…気持ちをしっかりと持つんだ。彼らの声に惑わされないように。」
「……はい。」
凛子は影が現れた場所をじっと見る。
……この人はどうしてわたしを助けようとするの?
ほっておいてくれていいのに…
「ほら、帰るよ。」
シャムシエルが凛子の手を引いて歩く。
…こうしてたらすぐに引き戻せるな。
「……セクハラです。」
「…はいはい。」
凛子が無言になる。
…やっぱり、変な人。
家に帰るとシャムシエルが夕ご飯を作り始める。
「先にお風呂に入っておいで。」
「はい。」
お風呂から上がると夕食が出来上がっていた。
シャムシエルは料理や洗濯、何でもこなす。
「……見た目によらず器用なんですね。」
「褒められてるのかどうか分からないな…とりあえずご飯食べようか。」
シャムシエルがため息混じりに言う。
2人が席につく。
「……いただきます。」
半分ほど食べたところで凛子の手がとまる。
「……すいません、あの…」
「多かった?…いいよ、残して。」
昨日より少し少なめにしたけどまだ多かったか…
食が細いな…
まともに食べさせてもらえてなかったのかもしれないな。
「すいません。………ごちそうさまでした。」
失礼な事をよく言うけど礼儀正しいんだよな…
不思議な子だな。
夕食と片付けを終わらせたシャムシエルが凛子に言う。
「何か飲む?…ハーブティと紅茶とコーヒー、どれがいい?」
「…紅茶でお願いします。」
紅茶を入れると凛子の前に置いた。
「ありがとうございます。……いただきます。」
「今日は疲れた?」
「そうですね、賑やかな人達に会ったので。」
「たしかに、賑やかな連中だな…」
「…もやしさんのまわりには不思議な人が多いですね…」
「うーん、そうかな?…」
不思議というか…何というか…
「……ん?」
ソファーに座ったまま凛子が寝ていた。
「…………疲れたんだな。」
凛子を抱えて部屋まで運ぶ。
寝顔は普通の女の子だけど…
口を開けば失礼な事ばかり言う。
シャムシエルがため息をつきながらも笑う。
「…ゆっくり、おやすみ。」
凛子の頭を撫でる。
後で様子を見に来るか…
夜中は闇の力が強くなるからな。
リビングに戻るとシャムシエルのスマートフォンが鳴った。
「もしもし…ああ、セバスチャンか、どうした?」
「…凛子さんはいかがですか?」
「闇からのお誘いが頻繁になってきてるな…」
「そうですか。…それは大変ですね。」
「本人に生きる希望がないとどうしようもないからな…」
「気長に頑張ってくださいね。…では失礼します。」
「……ああ。」
電話を切る。
……わざわざ電話してまで気にかけるとはめずらしいな。
そういや、あいつは謎だらけだな。
名前も本名じゃないみたいだしな…
何を聞いてもはぐらかす。
とりあえず風呂に入るか…
深夜2時頃。
シャムシエルが凛子の部屋に入る。
…今のところは大丈夫みたいだな。
「……ん?」
寝ている凛子が苦しそうな顔をしていた。
…嫌な夢でも見てるのか?
ベッドのそばに行って手を握る。
「…大丈夫だよ。」
凛子の夢の中。
真っ暗な空間……
その中で無数の手が凛子を引き込もうとしていた。
……このまま闇にのまれる。
そう思った時大きな手が凛子の手を握る。
この手……
寝ている凛子がシャムシエルの手を握り返す。
「…そばにいるよ、、君が迷惑そうにしてても…」
朝、凛子が目を覚ます。
「…ん?」
凛子の手を握ったまま眠っているシャムシエルがいた。
……夢の中の手はこの人だったんだ。
「……やっぱり、変な人。…わたしなんてほっておけばいいのに…」
何言っても怒んないし……
シャムシエルが目を覚ます。
「…おはよう。よく眠れたかい?」
「おはようございます。」
シャムシエルの目下に少しくまが出来ていた。
……大丈夫かな?この人。
凛子がシャムシエルをじっと見る。
つづく