ドワーフ・ライフ~下戸の僕がドワーフに転生しました!?~
皆さんはドワーフという種族をご存じだろうか。
指輪の物語で有名になり、ロールプレイングゲームなどでは定番なので知っている方も多いと思う。
ドワーフと聞いて、最初に頭に浮かぶのは人それぞれかもしれない。
僕の場合、やっぱり酒だ。
なぜこんな話をしているかというと、どうやら僕はドワーフに転生したらしい。
十五年前の五歳の誕生日に僕は前世を思い出した。
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僕の昔の名は“酒井豪太郎”。
“酒豪”という文字が入っているけど、昔の僕は一滴も酒が飲めなかった。それどころか、注射の時の消毒ですら、皮膚が真っ赤になるほどアルコールに弱かった。
いわゆる“下戸”という奴だ。それも“超”が付くほどの。
前の人生の僕は二十歳の時、好きな女性に告白して見事に振られ、一人で居酒屋に行ってヤケ酒を飲んで死んだらしい。
“らしい”というのは、コップ一杯のビールを飲んで、すぐに吐き気が襲われ、その後の記憶がないためだ。
恐らく貧血に近い症状になって頭を打ったか何かだろう。
その僕がなぜか異世界にいる。
それも僕が読んでいたWEB小説、「ドワーフ・ライフ」らしい世界に。
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今の僕の名は“ザック”。
この町ではよくある名前で、今では由来も知っている。
僕が住んでいるところは“アルス”という町だ。大きな山を背景にした城塞都市で、カウム王国の都でもある。
アルスはこの世界、トリア大陸で知らない人はいないというくらい有名な町だ。カウム王国という古い国の首都というだけでなく、ある理由から有名だ。
そう、ここは“ドワーフの町”として有名なのだ。
僕は“ドワーフの町”に、“ドワーフ”として生まれた。
ドワーフと言えば“酒”だけど、職業として思い浮かぶのはやっぱり“鍛冶師”だろう。
僕も鍛冶師の家に生まれ、小さい頃から修業をしているし、近所の友達も鍛冶師を目指している。
今では日本にいた時とは全く別の生活を楽しんでいるけど、記憶を取り戻した直後は大変だった。
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十五年前、五歳の誕生日に日本での記憶を突然思い出した。本当に突然で何が起きたのか分からないほどだった。
その時、僕はなぜか木製のジョッキを握っていた。
五歳の子供にジョッキは似合わないと思うのだが、なぜかこの種族だけは似合ってしまう。
そのことはどうでもいいけど、その日は僕が初めて酒を口にする日だったのだ。
これは五歳を祝う席でその家の酒を飲むというドワーフのしきたりだそうだ。日本にも“食い初め”というものがあるらしいから、似たようなものなのかもしれない。
そして、その席で少し温いビールを口にした瞬間、居酒屋のトイレで倒れた記憶が戻った。
酒の匂いでフラッシュバックでもないけれど、戻ったという感じなのかもしれない。
それからが大変だった。
口に含んだビールを思いっきり噴き出してしまい、両親だけでなく、近所の人からも思いっきり驚かれた。
「息子が酒を噴き出した! 酒神の申し子の名を取った俺の息子がぁ!」
「このビールがおかしいのか? それとも天変地異の前触れか?」
「どういうことなの? 味は普通においしいわよ……分かったわ。温度よ! 温度が高すぎるのよ!」
などという言葉が聞こえていた。僕だけではなく、みんなもパニックになっている感じだった。
今なら分かるけど、僕の名はドワーフでは知らない者がいないほど有名な人、“酒神の申し子”、ザカライアス・ロックハート卿の名をもらっている。
だから、言いたいことは分からないでもないけど、その時の僕は記憶が蘇ってパニックに陥っていた。
日本にいる時の僕は酒の匂いを感じたら、即座に吐き出していたほど酒に耐性がなかった。
パウンドケーキの洋酒で酷い頭痛になったこともあるし、間違って食べたウイスキーボンボンで死にそうになったこともあった。それほど酒が苦手だった。
五歳の鋭敏な嗅覚に酒精の匂いがダイレクトに飛び込んできたら、条件反射的に吐き出してもおかしくないと思う。
でも、それ以上に困ったのはその後、両親から本気で心配されたことだ。
その後、きちんと温度管理されたビールを出されたが、それすら受けつけず、吐き出したから。
その当時は大げさだと思っていたけど、今なら分かる。
酒を飲めないドワーフはドワーフではない。これは比喩でもなく、まぎれもない事実だ。
例えるなら、水に溺れる魚のようなものだ。存在そのものが否定される事態なのだ。
そのため、両親は有名な治癒師に治療を依頼したらしい。それも聖地ラスモア村の有名な治癒師に。
今思えば、両親が行きたかっただけという気もしなくもないけど、ドワーフの聖地に連れていけば治るかもしれないと考えたのだろう。
実際、ラスモア村に行って、僕の酒精への拒否反応は消えているから、効果はあった。
といっても聖なる力でも、治癒師の力でもない。
単に美味しい酒を口にしたから飲めるようになったと思う。
そして、その日が偶然四月の中旬であったことも理由の一つだろう。
ここまで言えば、ドワーフ・ライフの読者の方なら予想は付くはず。そう、“ドワーフ・フェスティバル”の日に僕は聖地ラスモア村に行ったのだ。
知らない人はいないと思うけど、念のため“ドワーフ・フェスティバル”とは何かについて説明しておく。
ドワーフ・フェスティバルの正式名称は“鍛冶師ギルド主催による鍛冶技能評定会及び酒類品評会”だ。
つまり、鍛冶師の腕を競い合い、更には酒とつまみの組み合わせが最も良いのは誰の物かを決める大会なのだ。
これは伝説的な鍛冶師であり、鍛冶師ギルド史上最も酒に拘った匠合長ウルリッヒ・ドレクスラー師によって始められたイベントと言われている。しかし、実際にはザカライアス卿の第四夫人シャロンによって始められたものらしい。
由来はともかく、鍛冶の腕を見た後に、各支部から選りすぐりの酒とつまみが供されるのだ。
当時の僕は酒精恐怖症とも言える状態であり、どんなイベントでも酒に手を出す気はなかった。それでも美味いつまみには少しだけ興味があり、会場でいろいろな料理を食べていた。
フライドチキン、ピザ、串カツ、焼き鳥……日本にいる時によく食べたジャンクフードに似た物が多く味も遜色がない、いや、それ以上の味で来てよかったと思っていた。
しかし、ハンバーガーを食べた時、欲張り過ぎたのか、喉に詰まらせてしまった。
心の中では“水!”と叫んでいるが、声にならない。
五歳の僕が苦しんでいるのに気づいたのか、誰かがグラスに入った透明な炭酸飲料を飲ませてくれた。
「ふぅぅ……助かった……」
炭酸飲料のおかげで息を吹き返した気分だった。
その炭酸飲料は酸味があり少し甘い感じで、柑橘で割った炭酸水かなと思っていた。そして、それが妙においしかった。
「ありがとうございます。これ美味しい飲み物ですね。今まで飲んだ飲み物の中で一番です」
僕はその人、きれいに撫で付けた金色の髪と通った鼻筋、美しい碧色の瞳ですらりと背が高いエルフの男性に、お礼を言った。
すると、その人はニコリと笑った。
「僕もこれは美味しい飲み物だと思うよ。でも、ドワーフの人たちにはあまり受けないんだけどね」
「そうなんですか?」と言ったものの、すぐに理由が想像できた。
酒精が入っていないから、受けないんだろうと。
そのことを言うと、その人は最初意味が分からなかったようで、キョトンとしていた。しかし、すぐに笑い始める。
「これにも酒精は入っているよ。それもビールより多くね」
そう言った後、僕の頭に手を置き、
「さすがはドワーフだ。こんな小さい子でも弱い酒は酒だと認めないんだ」
と言って感心していた。
「そうなんですか!」と驚くと、
「これは発泡ワインなんだ。それもザカライアス卿のレシピのままのね」
その瞬間、僕の酒精恐怖症は完治した。
「そう言えば、名前を言っていなかったね。僕はリシャール。リシャール・エルバイン。この村で酒造りを学んでいるんだ」
「僕はザックです。気が動転してご挨拶が遅れ、すみません」
そう言って頭を下げる。
「ザック君か。その若さでこの酒の美味さが分かるなんて、本当にその名にふさわしいね」
そう言ってもの凄く褒めてくれた。
話を聞くと、多くのドワーフに勧めたけど、美味しいと言ってくれるだけで、感動してくれる人がいなかった。それでガッカリしていたそうだ。
その後、いろいろな話をした。
一番驚かれたのは、僕がお酒を飲めなかったという話だ。
「ドワーフである君が……ザカライアス卿の名を持つ君が飲めなかった……本当に驚きだよ」
「どうしても受け付けなかったんです。理由はよく分かりませんけど」
「他の酒も飲んでみるかい? ここには全世界からいろんなものが来ているから、発泡ワイン以外にも飲めるものがあるかもしれないよ」
そう言っていろいろなお酒を持ってきてくれた。
赤ワインに白ワイン、りんご酒だけじゃなく、蒸留酒まで持ってきてくれた。さすがにスコッチは舌が焼けたけど、美味しく飲めた。
不思議なことにあれほど飲めなかったビールも美味しく飲めた。
恐らく、日本にいる時の記憶が邪魔をしていたのだろう。
その後、両親やアルスの知り合いと合流した。
僕が飲めるようになったと知って、物凄く喜んでくれた。
「やはり、ここは俺たちドワーフの聖地だな」
父がそう言うと、母も大きく頷いている。
「ザックの病気も治ったことだし飲み直しましょう。ザック、あなたは飲み過ぎないようにね。飲み始めの子供はつい飲み過ぎてしまうから」
そう言って笑っていた。
その後、僕はリシャールさんの勧めでティリア魔術学院に入学した。
ドワーフでは初めてらしく、物凄く驚かれたけど、僕には金属と土の二属性があるので、入学自体は問題なくできた。
実際、二十歳まで生きた僕にとってティリア魔術学院の座学はやさしすぎると思うほど簡単だった。
特に僕が力を入れて学んだのは、リオネル・ラスペード先生とザカライアス卿が整理した魔法陣に関する理論だ。
僕には夢があったから、物凄くがんばって勉強した。
最終的には首席で卒業し、ラスペード先生から助手にならないかと言われたほどだ。
ここ百年で四人目という快挙らしい。
僕は魔法陣に関してはラスペード先生に次ぐ権威と言われている。
実際、僕と同じく首席だったリシャールさんより僕の方が魔法陣に対する理解は深い。
これは日本にいた時の記憶の成果であって、僕が凄いわけじゃない。
言い忘れていたけど、リシャールさんは全属性持ちでザカライアス卿以来の天才と呼ばれている。
そして、僕は夢を叶えた。
ラスモア村にある鍛冶師ギルド研修所の熟練者コースの指導者の一人になれたのだ。
ドワーフにとってこれほどうれしいことはない。
聖地ラスモア村に住む。これはすべてのドワーフが等しく持つ夢なのだから。
なぜ僕がこの世界に来たのかは分からないけど、神様がいるなら本当に感謝したい。
何に感謝したいか。
みんなは酒を飲めるようになったことだろうというかもしれないけど、そうじゃない。
いや、それにも感謝しているけど、別のことに感謝している。
それは親友と呼べるリシャールさんに出会えたことだ。
彼に出会えなければ、自分にある魔法の才能に気づけなかっただろうし、魔術学院に行くこともなかった。
そうなったら、僕はただの鍛冶師として生きていっただろう。
鍛冶師の才能がないわけじゃないけど、誰にもできないことを成せるということはとても楽しいことだ。
そんな生きがいを見つけるきっかけがリシャールさんだ。
彼とはこの先、いろいろなことを一緒にやるだろう。蒸留器の改造、特に温度計や圧力計の開発は僕にとってライフワークになると思う。
日本にいた時には明確なライフワークなんて見つける気もなかったから、きっと見つからなかっただろう。
それを思えば、僕は恵まれている。
そして、今日も仕事を終えた後、彼と一杯やっている。
どんな酒を作りたいか、どんな道具がいるか、魔法と技術の融合はどんな感じがいいか、そんなことで盛り上がりながら、楽しく飲んでいる。
今更だけど、よく考えたら僕が初めてお酒を飲んだのは五歳。日本にいる時なら幼稚園に通っているくらいの歳だ。
全然飲めなかったからはっきりと覚えていないけど、アルコールは身体の成長を阻害するはずだ。
もしかしたら、ドワーフの身長が低いのは幼少期から酒を飲んでいるからかもしれない。
もし、僕が飲めないままだったら、どうなっていたのだろうか。
ちなみに今の僕の身長は他のドワーフと変わらない。
結局、みんなと同じように飲めるようになったから。
でも、人間やエルフ、獣人の子供は飲まない方がいいと思う。
ドワーフの肝臓がなければ、身体への影響が大きいから。
他にも僕たちの飲み分が減ってしまうからという理由もないわけじゃないけど……。
僕もこんなことを考えられるようになった。
ドワーフとして成長したと思ってほしい……。
エイプリルフールのネタとして、「ドワーフが下戸だったら」という話を書こうとしました。
しかし、彼らの抵抗が強く、こんな話になってしまいました。
お酒が飲めないドワーフはドワーフじゃない……至言(笑)。
以下、真面目な話です。
未成年の皆さんへ。
この作品は架空の世界の架空の種族の話です。
私たちの世界の人間の場合、成長している時にアルコールを摂取すると、脳の成長が阻害されます。
他にもいろいろと悪影響がありますので、お酒は二十歳を過ぎてから飲みましょう。
成人している皆さんへ。
お酒は楽しく飲みましょう! ジーク・スコッチ!