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 解説――武家屋敷

 武家屋敷跡は、石川県金沢市にある観光地である。加賀藩時代の上流・中流階級藩士の侍屋敷が軒を連ねている。土塀と石畳の路地が続いており、藩政時代の情緒ある雰囲気がある。


(ふざけんじゃ、()ぇ)


 石川県、雷鳥隊隊長、王生(いくるみ)レンジ。作務衣の刀使いは朦朧とする意識の中、過去を見る。走馬灯のように。


 武家屋敷は観光名所、過去のおもむきを残す町並みではある。しかし、そこは博物館でも映画のセットでも無い。

 今もそこに人が住む住宅地。普通にそこに住む住人がいる。


 レンジの母親が布団を干していたときに、通りから声が上がる。

「なんだよそれは?」

 カメラを手に持つ観光客の群れ。

「雰囲気台無しだ」

「その布団引っ込めろよ。解ってねーなー」

 旅の恥はカキ捨て、と傍若無人に振る舞う観光客。いい写真を撮ることは、そこに住む住人の生活よりも優先させる大事なことらしい。


(あいつらは、いつもそうだ)


「すいません、今、かたずけますね」

 へらへらと通りの観光客に愛想笑いを浮かべ、干した布団を引っ込めようとするレンジの母親。

「さっさとしろよ!」

 怒声とともに飲みかけの缶コーヒーが投げつけられる。母親の額に缶がぶつけられる。

「母ちゃんっ!」

 子供のレンジは喉から唸り声を上げて無礼な観光客を殴りつけようとするが、後ろから母親にしがみつかれて動きを止める。

「レンジ、堪えて……」

 缶から溢れたコーヒーが地面に落ちた布団を茶色に染める。

 観光客の落とす金に頼る観光地では、住人が観光客とトラブルを起こす訳にはいかない。


(そこまで媚びなきゃなんねぇのかよ。媚びて、へつらって、観光客の金を目当てに)


 路上にゴミを捨て、壁に落書きを残し、好き勝手に振る舞う観光客。それでも住人はそれに耐えてきた。


(それでどうなったよ。ふざけんじゃねぇ)


 景気が悪化したときに被害を受けたのは観光地だ。財布の紐を絞めるのに真っ先に削るのは旅行に観光。

 温泉街では特に顕著だ。忘年会、新年会を宿泊で行う豪気な会社が無くなれば、収入は激減する。

 頼みの綱の新幹線が通ったところで、日帰りの客が増えても泊まりの客が減った。

 観光客が減ってしまった観光地。

 貧しさからこれまで無かった犯罪が増えていった。

 少しでも金を稼ごうと未成年の娘に売春を強要する親。家計を助けるために学校のトイレで覚醒剤を売る中学生。


(もう観光客なんぞに頼らねぇ。他に稼げるモンが無けりゃ、作るまでよ)


 白山奥地に作った大麻畑は収益も順調。一箱五百円玉(ワンコイン)で買える大麻『百万石』は、増税して値の上がったタバコより安く買えると好調だ。

 トカレフをモデルに作った拳銃KANAZAWAは、イカ釣り漁船に偽装した密輸船で海外に売れるようになった。アサルトライフルNOTOも試作を終えて販売が始まった。

 そして戻りの船で覚醒剤やLSDなどドラッグを持ち帰り日本で売る。

 大手企業が地方の工場を閉鎖し、国外に自社工場を作る。失業者が増える中で、それならばと新しく売れる物を作る。潰れた工場を密造銃の部品を作るために再生させて。

 ようやく石川県はドラッグと密造銃という新しい産業を得て、金が稼げるようになってきた。


(迂闊な官権はぶっ殺してヤセの断崖から日本海に沈めてやった。これからだ。まだまだこれからだ)


 県民のほぼ全てが密造銃KANAZAWAやNOTOで武装して、警察も手を出せない県へと生まれ変わった。

 麻薬と暴力の犯罪県。新生凶悪、無法の地、石川県へと。


(全ては金と力で勝ち取る。沈む日本にも、バカな観光客にも付き合ってられるか。俺達が生き残るためには、やれることはなんだってやってやらぁ)


「ぐ……、」

 目の前には青い光。気絶から目覚めれば、差し上げたその片手から青い光を放つ新潟県人が堂々と立っている。

 胸と背中に痛みが走る。だが、右手はまだ刀を握り絞める。


(なら、まだやれるか。ち、どれだけ寝てた? け、調子に乗ってんじゃねぇぞ新潟県よ)


 震える片手で作務衣の懐に手を入れる。取り出したビニールの包みを歯で噛み千切り、中の焦げ茶色の物体を口に入れる。


(ここからやり返してやるか。デーモン・コアひとつで勝ったつもりになってんじゃねえ)


 口に入れた焦げ茶色の物体を飲み込み立ち上がる。

「かぁっ! しょっぺぇっ!」


「まだ立ち上がるのか?」

 緑の肌の新潟県人が問う。

「既に重度の被爆。あとは苦しんで死ぬだけだ。残りの余生を大事にするといい」

「あほか? てめぇも言ってたろうが。他県の奴にナメられるわけにはいかねぇんだよ」

 片手に持つ焦げ茶色のモノを口に入れ、食べながら。

「だいたい被爆だぁ? この倉庫の汚染を止められなかったのは業腹だが、いずれ新潟の(ニュー)タントともやりあうつもりの俺らが、対策してねぇとでも?」


 新潟県人は青い光を放つのを止めた銀色の球体を地面に捨てる。試作型のデーモン・コアは一定時間の作動で停止している。

 コンテナの陰から灰色スーツの石川県人達が次々と出る。全員が作務衣の男と同様に口に焦げ茶色のモノを口に入れ、クチャクチャと噛みながら。

 新潟県人は薄く笑う石川県人を訝しげに見る。

「対策だと? 簡単に放射線対策などできるものか」

「それができちまったんだから余裕ぶっこんでんだろが。石川県ナメんな。あー、これ食うと冷酒が呑みたくなるわー」

「さっきから何を食っている。その汚ならしいモノはなんだ!」

「石川県の名産を汚ならしいとか言うな。これはフグの糠漬けよぉ」


 解説――フグの糠漬け

 フグの卵巣には、肝などと同様に致死性の猛毒、テトロドトキシンが多く含まれているため食用にできない。その卵巣を2年以上にもわたって塩漬けおよび糠漬けにする事で、毒素を消失させた珍味。食品衛生法により食用が禁止されているフグの卵巣をこの調理法で食品として製造しているのは、日本全国で石川県のみである。塩気が強く味は濃厚、米飯と共に食べたり、お茶漬け、酒の肴として重される。このフグの糠漬けは世界唯一の解毒調理法と呼ばれている。


 作務衣の男はフグの糠漬けを食べながら笑う。

「そしてこの新開発したNUKAは放射線すら無害化する」

「そんなバカな!」

「だったらてめぇで試してみろよ」

 作務衣の作務衣の男が焦げ茶色のNUKAをポイと投げる。新潟県人の青年は慌ててそれを手で振り払う。NUKAに触れた手のひらから小さく白い煙が上がる。

「うあっ?」

 NUKAに触ってしまったところが熱くなる。見ればNUKAに触れたその部分だけ、肌の色が緑から薄くなっている。


「バカな……、なんだこれは? どういう現象だ?」

「さぁ? 理屈は解らん」

「そんな非科学的なっ!」

「はっ! 科学なんぞで石川県が計れるものかよ!」


 解説――フグの卵巣の糠漬け②

 猛毒であるテトロドトキシンを多量に含むフグの卵巣。なぜ長期間の塩漬け、糠漬けによりこのテトロドトキシンが分解、無毒化されるかのメカニズムについては、現代の科学では未だに解明できない謎である。


「だいたい科学ってなんだ? その科学と技術を高めたこの日本はどうなったよ? てめぇのことを社畜だとか、自分のことを奴隷以下の家畜だと、己で己を蔑み嘲笑い自嘲する、そんな貧乏人と年寄りしかいない国になっちまった。だったらフグの糠漬けのことすらわかんねぇような役に立た無い科学なんぞ要らねぇ」

 作務衣の男は手でベタリと刀にNUKAを塗りつける。


「金と力で全て取り戻す、やり直す。失敗したやり口なんぞ捨ててイチから作り直す。やれ、お前ら」

「「おう!!」」

 一斉に焦げ茶色のNUKAを手で投げつける灰色スーツの石川県人達。避けようにも数が多くかわしきれない新潟県人。

 NUKAが緑の皮膚に触れたところから白く煙が上がる。

「うお……、力が、抜ける? そんな、バカな……」

「ケリをつけるぜ! 新潟県!」


 作務衣の男がNUKAを擦りつけた刀を振るう。真っ向、切り上げ、胴切りの連続攻撃。

 新潟県人の青年はひきつった顔で回避、回避。

「く? 速いっ!」

「違うなぁ、てめぇが遅くなったのよ」

 顔を狙った一閃を仰け反ってかわす新潟県人。その意識が上に向かったところを見逃さずニッカボッカの太股に刀を突き刺す作務衣の男。


「ぐあぁっ!」

「文字通り、食らえっ!」

 痛みの悲鳴で新潟県人の口が開く。その口の中にフグのNUKA漬けを投げ込む。口から出す前に真下からの膝蹴りが、新潟県人の顎をカチ上げる。

「どうだ? 世界一の珍味の味は?」

「んぐ、ぐ、がぁっ、しょっぱいいい!」


 顎と喉を抑える新潟県人。(ニュー)タント特有の緑の肌が色が薄くなり、異常に膨らんでいた筋肉が萎む。その鋼の肉体が一回り小さくなっていく。

「トドメだッ!」

 膝をついた新潟県人に作務衣の刀が振り下ろされる。


 死を覚悟した新潟県人、しかしその時は訪れない。目を開ければ額の3センチ前に刀がピタリと静止している。

 刀を持つ作務衣の男を見れば先程までの笑みは消え、つまらなそうな顔をしている。

「くだらねぇことを思い出した」

 作務衣の男は驚きに固まる青年を見下ろす。

「新潟県は原発推進路線で福井県と繋がりがあったか」

「それが、どうした?」

「風前の灯火とはいえ、石川県、富山県、福井県の北陸三県同盟にヒビを入れるのは、今はマズイか。ここで石川県人が新潟県人を殺すわけにはいかねぇ。NUKAを使ったからどこの県がやったかモロバレだし」


 作務衣の男は新潟県人に突きつけた刀を上げて肩に乗せる。

「ち、だらくせぇ(あほらしい)。命拾いしたなぁ、新潟県よ」

 クルリと振り向いて、倉庫の外へと歩き出す。

「次に会ったときには、キッチリ決着つけようぜ、(ニュー)タント」

「……私を殺さなかったことを、後悔させてやるぞ旧人類」

「そいつは楽しみだ」


 石川県人は倉庫を出ていく。後に残されたのは抗争の跡。ひしゃげたコンテナ、ヤクザとマフィアの無惨な死体、壁に残る弾跡、ガイガーカウンターが振りきれる程の放射能汚染、あちこちに飛び散った焦げ茶色のNUKA。

 そして新人類としてのプライドを打ち砕かれ復讐を誓う(ニュー)タント。

「……殺してやる。殺してやるぞ! 石川県ッ!」


 ありとあらゆる産業が衰退し、財政破綻寸前の日本。

 沈む船から慌てて逃げ出すように国内で県が独立し始めた。

 沖縄はアメリカの庇護のもと独立国に。

 北海道もまたロシアと同盟を結び日本から離れた。

 国の抱えた巨大な借金から逃れるべく、自主独立し県自体が納税を拒否する。土地と資源を奪う闘争が始まり、県境には関所が復活。

 県と国が、県と県が、血で血を洗い知略と謀略、武力と暴力で争いあう。

 生き残るのに必要なのはただひとつ。

 隣の県を喰い殺してでも勝ち残る生存への意志。


 西暦20XX年、日本に再び群雄割拠の時代が訪れた。

 ここに県乱武闘が開幕する。






 読了感謝


 『県乱武闘』はリサイクル希望作品です。

 あなたも県の名産や文化や県民性で、隣の県と戦ったりする物語を書いてみませんか?

 

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