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暗い夜の港。遠く防波堤で勢いを無くした海の波の名残が、アスファルトで固められた海岸を叩きチャプと小さな音を立てる
暗い港の倉庫の並ぶ中で、ひとつだけ明かりをつける倉庫がある。
その倉庫の中では黒のスーツを着た厳つい男たちが商談を続けている。
「少し、質が落ちたんじゃ無いのか?」
「こちらもいつも万全という訳にはいかないネ」
日本のヤクザ、川口組と中華系マフィア闇蛇の取り引き。扱うのは密輸されたドラッグ。
違法であっても既に日本には、海外から流入するドラッグを止める力は無い。
景気が悪くなれば流行るのはドラッグと売春。そして訪れるのは新たな混迷の時代。
「質については、まぁいい。これからもいい取り引きをしていこうじゃないか」
「残念ながら、川口組サンとの取り引きはこれで終わりネ。今後のためにも、今日で最後にさせてもらうヨ」
「あぁ? どういうことだ?」
剣呑な雰囲気を出す川口組のヤクザ。
「こういうことだよ」
割り込む声が川口組ヤクザの後ろから聞こえる。倉庫の入り口からのその声を合図に、倉庫の中、コンテナの上やキャットウォークの上に灰色のスーツを着た男達が次々に現れる。
その手には拳銃が握られ、川口組ヤクザを狙っている。
「外の見張りは潰させてもらった」
川口組ヤクザは武装した灰色スーツの男達に包囲されたことに歯ぎしりする。
「闇蛇! 俺らを売ったか!」
「とんでもない。ただ、取り引き相手を変えるだけネ。できれば争い無しで平和的に話をつけたいヨ」
「相手を変えるだぁ? このシマで川口組以外のどこを相手に取り引きするってんだ!」
「俺たちだよ。他にいねぇだろが」
倉庫の入り口から入ってきた三白眼の男が応える。黒の作務衣に肩には黒鞘に納まった日本刀を担いで、人を小馬鹿にするような薄笑いを浮かべている。
川口組ヤクザが睨みつける中、前へと進む。
無礼た態度でヤクザに声をかける。
「このシマはこれから石川県が仕切らせてもらうぜ」
「石川県だと……」
青ざめる川口組ヤクザ。中華系マフィア闇蛇は巻き込まれないようにこそこそと下がっていく。
「最近、ウチのシマでヤクを売ってたのは石川県だったか……」
「そのとおり。法律で締め付けられて弱ったヤクザが石川県相手に勝てるつもりなら、これから戦争でもするか?」
「クソが……」
解説――石川県
ドラッグの売買と密造拳銃KANAZAWAの生産で利益を上げる石川県は巨大犯罪県として、現在急成長している。警察はろくに機能せず、とあるマンガの犯罪都市をもじり、今ではカガナプラなどと呼ばれている。
「チンケなヤクザなんぞここで潰してもいいんだが、生き延びたいってんなら石川県の傘下に入れ。さ、どうする?」
ニヤニヤと笑いながら黒鞘に納まった日本刀で自分の肩をポンポンと叩く作務衣の石川県人。
「勝ち誇るのはまだ早いのでは無いですか?」
「あぁ?」
突如、倉庫に響く涼しげな声。
コンテナの上にいつの間にかひとりの青年が立っている。
「ぐぁ、あ……」
片手で灰色スーツの石川県人のひとりの首を掴み、喉を締めながら持ち上げている。
一見細身の姿のどこにその力があるのか、大の男ひとり片手で吊り上げる。
白いシャツにブカブカのニッカボッカ。空いた左手で眼鏡の位置を直しながらヤクザと石川県人の対立を見下ろしている。
日本刀を担いだ作務衣の石川県人が問う。
「てめぇは、何モンだ?」
「川口組の護衛に雇われた者ですよ」
「はっ、この状況でまだ川口組に義理を通すか? カッコつけるじゃねぇか兄さん。嫌いじゃねえぜ、そういうの」
「義理というか契約ですが。それよりも」
コンテナの上の青年は片手で持ち上げた男の手を離す。宙に浮いた男の鳩尾に拳を打ち込めば、
「げぶぁっ!」
撃たれた灰色スーツの石川県人は冗談のように高く飛び、倉庫の天井にぶち当たる。
「石川県人にこれ以上、好き勝手させるのは気分が悪い」
青年は眼鏡を外してニッカボッカのポケットにしまう。コンテナから飛び上がり、天井から落ちてくる石川県人を空中で蹴り飛ばす。
灰色スーツの石川県人は今度は窓を突き破り倉庫の外へと飛んでいく。
「ちっ! 射て!」
作務衣の石川県人はその場を飛び退き、指示を受けた灰色スーツの石川県人達は密造拳銃KANAZAWAの引き金を引く。
ニッカボッカの青年の着地を狙って放たれるいくつもの弾丸。流れ弾に巻き込まれた川口組ヤクザが悲鳴をあげる。
着地したニッカボッカの青年は両手を顔の前に交差し頭を守る防御姿勢。その全身に密造拳銃KANAZAWAの弾丸が突き刺さる。
しかし、
「くく、7.62mmトカレフ弾では私を倒すことはできない」
「てめぇはッ! まさかッ!」
「科学の光をその身に浴びてッ! 無敵の正義の超人にッ!!」
叫ぶニッカボッカの青年の全身の筋肉が盛り上がる。肌の色が緑に変化し、風船のように膨らんだ肉体が内側からシャツを破く。
上半身裸になり異常に肥大した緑の筋肉に、ブカブカのニッカボッカが短パンのように見える。腕は長くなり姿勢の良いゴリラのようなシルエット。
肌の色は緑に変わりながらも眼鏡を外した顔は知性的な大学生のようなアンバランス。
作務衣の石川県人は日本刀の黒鞘を抜き捨て舌打ちする。
「てめぇ、新潟県の新タントかッ!」
解説――新タント。
11機の原子力発電所を抱える新潟県。その原発から漏れた放射線を浴びて変化した新潟県人の突然変異の総称。
放射線に高い耐性を持ち、筋力は常人の数倍から十数倍。緑色の肌と緑色の血液が特徴。
中には放射線を浴びることでパワーアップする個体もいる。
「新タントは原発の近くじゃ無いと生きられないって聞いてんだがなぁ」
「進化した私達にもはやそんな弱点はありません」
「だが、どうやら本調子じゃ無さそうだ」
「原発から離れてたとえ全力が出せなくとも、石川県人など50%の力で十分ですよ」
乱射された密造拳銃KANAZAWAの弾丸を、緑の筋肉で受け止めて無傷に立つ新潟県人。
「ヒィッ! バ、バケモノネ!」
身を伏せて震えていた中華系マフィアが悲鳴を上げて倉庫の扉へと走る。
「バケモノ、だと?」
冷たく呟いた新潟県人の姿が消える。一瞬でマフィアに接近し丸太のような脚で飛び回し蹴りを放つ。続けて残る3人に裏拳、前蹴り、正拳突き。
裏拳で飛ばされた男は壁に激突。頭蓋骨陥没。前蹴りを受けた男はぶつかったコンテナを凹ませる。内臓破裂。
3人目、正拳突きを腹に受けた男は己の身体を貫通する緑の腕を驚愕の顔で見て絶命する。
マフィアの男ひとりをその腕で貫いた新潟県人。その背後では最初に蹴られた男が思い出したようにゆっくりと地に倒れていく。
その身体の首から上は破裂したように消えていた。
「科学の力で進化した新潟県人をバケモノなどと、これだから野卑な旧人類は」
「やるじゃねえか新潟県!」
吠えながら突進し刀を振り上げる作務衣の石川県人。
「銃が効かねえならこいつはどうよ!」
「今どき刀とは、時代錯誤のサムライ気取りか?」
右手を振り胴体を貫いたマフィアを捨てて左腕で刀を弾こうと筋肉を盛り上げ固める新潟県人。
「何ぃ!?」
しかし、腕の表面が刀で切られ、緑色の血が飛沫を上げる。
予想外の負傷に腕を抑えて背後に飛びすさる新潟県人。驚く顔に作務衣の石川県人がニヤリと笑う。
「け、硬ぇなおい。骨が斬れねぇじゃねえか」
「……なんだ? その刀は?」
「これはただの数打ちモンよ。刀じゃ無くて俺の技を褒めろよ」
「本物のサムライだとでもいうのか?」
「そんな堅苦しい者じゃ無え。ただの剣術マニアの人斬りよぉ」
作務衣の石川県人は腰を落とし、刀を返した裏の下段に構えをなおす。
「石川県、雷鳥隊隊長、一刀正伝無刀流、王生レンジ」
対する新潟県の新タントは左の拳を握り筋肉を絞めて出血を止める。
両拳を顔の前に構えるボクシングスタイル。
「新潟県、グランドスノウ、ルレクチェチルドレンGA06、明間ミチロ」
名乗りを上げて視線に火花を散らす二人。
「無様に潰れて弾けろ、旧人類」
「あんころにしてやるぜ、新タント」
解説――あんころ
石川県松任名物あんころ餅。笹に包まれたあんこの固まりの中に餅が入っている。一見するとあんこしか見えず、掘り出さないと餅が見えない。この様から相手の肌の色が見えなくなるまで血塗れにすることを、石川県では『あんころにする』と表現する。
「死ね! 石川県!!」
「てめえが死んどけ! 新潟県!!」
石川県と新潟県が、今、激突する。




