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VS河童

「坂本先生、お湯加減はいかがですか……?」

「嗚呼……最高だよ。心が洗われるようだ。遠くまで来た甲斐があったね」

「ウフフ……。先生、私そっちに行って、お背中流しましょうか……?」

「いいのかい? じゃあ、お願いしようかな、なんて。アハハ……」

「ウフフ……」

「アハハ……」

「壁越しにイチャイチャしてんじゃねーぞクソが!!」


 湯けむりが立ち込める露天風呂に、櫻子の刺々しい声が響き渡った。その声の大きさに驚いたかのように、近くに茂った木々から野鳥が数羽大きな羽音を立てて飛んで行った。



 坂本、櫻子、そして彼女の同級生である自称・死神の女子高生・田中美命の三人は今、とある人物の素性調査の依頼を受け、山の奥地にある温泉街を訪れていた。櫻子の(二人には知られざる天狗(てんぐ)の)力で速攻で依頼を終わらせた三人は、せっかくだからと街の片隅の宿を借り、疲れた体を休めるため温泉に入っていたのだった。


「あらやだ」


 温泉に浸かった美命が、櫻子の真っ平らな体を上から下まで眺め回し、なぜか勝ち誇ったようにほほ笑んだ。


「妬きもち……?」

「ちっげーよ!! 誰が! 誰が!! 大体、何でお前までついて来てんだよ! お前関係ねえじゃねえか!!」


 鏡の前でボサボサの金髪を泡だらけにして洗っていた櫻子が、顔を真っ赤にして美命の方を振り返った。湯けむりが濃くなる。櫻子に比べると、雪のように真っ白な素肌を晒している美命。彼女は口元に手を当て、湯船の中から豊満な胸を張った。


「見苦しいわね。私はこの間の採用試験に合格して、坂本探偵事務所の第一助手になったのよ。天狗(あまいぬ)さん、あなたこそ勝手に先生の事務所に入り浸って、そろそろ学業に専念したらどうかしら? この間も期末テストの成績、悪かったんでしょう?」

「うるせえな! あーもう、この女やりにくい!!」

「ケンカは良くないよ〜」

「黙れ!!」


 竹で作られた壁の向こうの男湯から、坂本探偵ののんびりとした声が女湯にまで届いて来た。櫻子は怒りを爆発させ大雑把に全身の泡を洗い流すと、備え付けの桶を片っ端から蹴飛ばし、美命を置いてさっさと一人で浴場から出て行ってしまった。


「あらあら……ウフフ」

「大丈夫かな? 櫻子君……アハハ」

「ウフフ……」

「アハハ……」


 後に残された二人は、何とも荒々しい脱衣所の物音に耳を澄ましながら、生温かな目で彼女の後ろ姿を見守った。


□□□


「んだよアイツら……!」


 露天風呂から上がった櫻子は、宿が用意してくれていた浴衣に身を包み、大好きなコーヒー牛乳すら飲まずに一直線に部屋へと向かった。

「!」

 よほど腹に据えかねたのだろう。廊下の角を曲がる時、向かってくる人影に気づかず、彼女は宿泊客の一人とぶつかった。木目調の床の上に尻餅をつきながら、櫻子は悪態をついた。


「ってえ……!」

「すまない。大丈夫かい?」


 向かいの角から現れた若い男は、慌てて櫻子に右手を差し伸べた。


「いいけどよ……。あーもう、イライラするわ……!」

「あれ? 君って……」

「あ?」


 機嫌の悪そうにドスの効いた声で睨みつける櫻子にも動じず、二十歳くらいの若い男は、もの珍しそうに彼女をジロジロと眺めた。


「君って、もしかして天狗(てんぐ)かい?」

「!」


 その言葉に、櫻子は目を見開いた。

 差し出された手を握り返しながら、櫻子はゆっくりと立ち上がった。

 男は櫻子と同じ柄の浴衣に身を包み、爽やかな笑顔を浮かべていた。華奢な体には似つかず、その肌は浅黒く日焼けしている。何かスポーツでもしているのだろうか。櫻子はその顔と髪に見覚えがなかった。自分の知り合いではないようだ。櫻子の正体が天狗だと知っている者は、この世にはほとんどいないはずだが……。


「…………」


 どうやって正体を掴んだのか知らないが、公になれば色々とマズいことになる。


 反射的に身を強張らせ鋭く目を光らせる櫻子に、男はにこやかな笑みを崩さず嬉しそうに声を弾ませた。


「やあ。こんなところで”お仲間”に出会えるだなんて! 僕は田中川流(かわる)。この宿の隣の湖に先祖代々住んでいる、河童(かっぱ)さ」

河童(かっぱ)……!?」


 田中と名乗った男はひらひらと櫻子に左手を振った。櫻子はまじまじとその手を眺めた。その指と指の間には、うっすらと魚のヒレのような膜が出来上がっていた。


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