8話 学校に行きたい!
「は?学校?」
翌日の日が落ちた頃。ようやく部屋から出てきた隼人はティアの発言を聞き返していた。
「ええ、学校。私達行ったことないから行ってみたいのよ」
「まあ、それは分かるが・・・随分と唐突だな」
「昨日色々と話してたんですよ」
「まあ、そんな気はしてた。んで、学校ねぇ・・・」
隼人は、額に手を当てながら少しの間考え込む。
学校について、彼は考えていない訳ではなかった。
だが、彼としてはそれはもう少し落ち着いてからにする予定だったのだ。
理由は幾つかある。
まず、
「・・・はっきり言って、お前らにはまだ常識が足りない」
「「酷っ!」」
これが一番の理由である。
学校に行くのは勿論大事だ。
だが、彼女達にはこっちの世界の一般常識というものが欠けている。
「俺たちの年齢だと行くのは高校になりそうだが・・・そっちの勉強を始める前に、まずは常識をつけて貰わないと」
「「うぐっ」」
彼らは、いい意味でも悪い意味でも目立つのは出来る限り避けたいと思っている。だから、目立たない程度に常識をつけるのは急務なのだ。
それは、学業よりも優先するべき内容だと彼は思っている。
「まあ、今が7月後半で夏休みシーズンに入ったばっかで時間はあるから、そっちが終わってから話を切り出そうと思ってたんだよ」
下手に同時に覚えさせるよりは、片方を覚えさせてからもう片方へとやったほうが効果的だと思っていたので、彼はまだ学校については伝えていなかったのだ。
「まあ、順序が変わっても結果は変わらないから問題はあんまりないけどな。ところで、学校に行きたいって言い出したんだから行きたい場所の目星も付けてあるんだよな?」
「その言葉を待ってたわ。・・・ここよ。いんたーねっととやらで調べて印刷してみたから」
「初めて触れたってのにようやるな・・・。んで、これは・・・ふぁ!?」
彼は、ティアから受け取ったプリントを見て驚愕の声を上げる。
それは当然の事だった。
てっきり近場の中堅位の高校だと思っていたら、まさかの「魔法学園」なんていうモノが目に入ってきたのだから。
隼人は目を擦り、瞬きし、まるで見間違いじゃないかみたいな行動を続けている。
それほどまでにその衝撃は大きかった。
何せ、彼はそんな場所がある事すら知らなかったからだ。
「私は魔法を得意とする身だからね。新しい発見があるかもしれないし是非行ってみたいのよ」
「いや、その気持ちは分かるが・・・えぇ〜・・・こんな場所あったのか・・・」
勿論、異世界の魔法と現代の魔法の差異は知っておく必要があったのでそれも後々調べる予定ではいた。
だが、それは学校などの件も全てが落ち着いてから行う予定だったのだ。
何せ、魔法の知識に踏み込むことはそう簡単に行えるような事ではなかったから。
「確かに、此処に入れれば情報収集も学生としての活動も両方できて一石二鳥だが・・・ボロ出さずに行けるか?これ」
彼の言う通り、今の日本でここ以上に魔法を効率的に学べるところは無いだろう。
何せ、今の日本で魔法を学べる唯一の学校なのだから。
だが、そこでは"魔法を使わない事"が出来ないのが大きな問題となる可能性があるのだ。
「特にノーチェがキツイんだよな。此奴、魔法の適正無いし」
「あれっ、ノーチェちゃんって魔法使えないの?」
「いや、適正が無いだけで使えない訳じゃない。尤も、彼方の世界でも非常識って言われる手段だから目立つ所じゃまず使えないけど」
ノーチェには例の能力こそあるが隼人達のように"普通に"魔法を使用することは出来ないのだ。
魔法学園に通うというのなら、それは大きすぎる問題だろう。
彼方の世界でも非常識な方法が、こっちの世界で非常識でない確率など万に一つ程度しかありえないのだから。
「まあ、それは何とかはなると思うが・・・。少なくとも、普通の学校に通うよりは厄介ごとが身近に潜むと思う。それでも、お前らはここに行きたいか?」
そして、隼人はそれでも行きたいかと2人に問う。その視線は鋭く、誤魔化しは認めないというような雰囲気を醸し出していた。
「ねえ、ハヤト」
「なんだ?」
「確かに、私達は平穏を求めてるしその為にこっちの世界に来たわ。・・・だけど。何もなく、ただつまらないだけの平穏に価値はない。そう思わない?」
ティアは、そんな思わせぶりな言葉を紡いでいく。それを彼は聞き続ける。
「ハヤトは、私がどれだけ長い刻を歩んだを知っている。だから、この言葉が紛れも無い本心なのはよく分かってるはずよ」
「・・・まあ、年齢詐欺だからな」
「その発言は気になるけどまあいいわ。とにかく、退屈で単調な時間はもう嫌なのよ。それに、ハヤトは昔私がなんて言ったか覚えてるかしら?」
「・・・『死ぬ危険が無いなら、それは無茶とは言わない』だったか?」
「よく覚えててくれたわね」
「初めは聞き流してたけどな。彼方で暮らしてる内にその身に刻まれたから覚えていられたよ」
『死ぬ危険が無いなら、それは無茶とは言わない』。側から聞けば、それは異常な考えと言えるだろう。
だが、
「彼方の世界で生きるには、その位の覚悟は必要ですからね。何せ、無茶しなくても死ねるような場所ですし」
隼人とティアだけでなく、シュネーもその意見に同意していた。
なお、ノーチェが何も言わないのはその意見に反対だからではない。
ただ、昨日からの疲れのせいで寝ているだけだ。隼人の膝の上で。
そしてもしもノーチェが起きていたら、ノーチェもこの意見には賛同するだろう。
4人とも、その言葉の重さはその身に刻まれているのだから。
「だから。此処はあの地じゃ無いのだから、少しくらい羽目を外しても良いと私は思うわ。これが私の想いよ」
「私は・・・ハヤトさん達と出会うまで楽しいと心から思える事も、自分を主張する事も出来なかったので・・・もしも許されるのなら、私は行きたいです」
そしてそれを踏まえて、彼女達はその本心を彼に伝える。
平穏を望みこそすれど、けれど自分のしたい事をする。
とても自分勝手で、そして理にかなっていない言葉。
けれど。
「それが、お前達の考えか。・・・奇遇にも、俺と同じ意見だな」
「「!」」
彼女達だけでなく、隼人もそれと同じ考えを持っていた。
「確かに、彼処に入ることで多少の騒動には巻き込まれるかもしれない。だが、そんなのは今更だ。命に関わるような騒動じゃなければ、俺たちにとってはそれは喜劇だ。違うか?」
「・・・違わない、ですね」
「まあ、それが正しいとは思わないけど・・・私達にとっては、それが事実ね」
ティアだけはその言葉に若干暗い表情を浮かべたが、3人の考えは一致していた。
生半可な悲劇は、喜劇へと成り代わる。
それは、普通ではまずあり得ないこと。
だが、"彼ら"にはそれが出来た。
勿論、彼らにも変えられない悲劇は存在した。
だがそれは、あくまでも彼方の世界での話だ。
魔法が存在するにしても知識は浅く、その奥底を垣間見れるような"人外"も。
一で千や百を打ち倒せるような、一騎当千の"英雄"も。
人も人外も、揃って畏怖するような、抗うことも出来ぬ"災厄"も。
彼方で彼らが恐れるようなモノは、此方には存在しない筈なのだから。
「まあ、ノーチェが起きたら此奴にも聞いては見るが、多分そこに行くので決定だろうな。此奴も、俺たちと考え方似てるし」
隼人は、すぅすぅ寝息を立てているノーチェの頭を撫でながらそう呟いた。
だがこの時、まだ彼らは知らなかった。
この世界にも、日の目を見ることのない"闇"がある事を。
彼らのその決断が、それに迫る事になるという事を。
それによって、様々なものが変わっていくという事を。
この時はまだ、そんな事を予想もしてはいなかった。
取り敢えず、第1章はここまでですね。
彼らが抱える秘密などは第2章から触れる予定です。
では、ここまで読んでくださった方。
ありがとうございます!
そして
これからもよろしくお願いします!