6話 シキヨクノヒトミ
「話には聞いてたけど、本当に速いわねこれ!」
翌日。彼らは修造の運転する車に乗って役所へと向かっていた。
目的は勿論、存在しないティア達の戸籍などに関する偽造書類を忍び込ませるためだ。相当に骨が折れる作業なのだが、平穏の為には避けては通れない道だ。
「俺やお前の精神衛生上出来れば4時間以内には済ませたいが・・・」
「話を聞く限りとてもじゃないけど無理そうね。諦めなさい」
「他人事だからって・・・」
なお、隼人が4時間と言ったのには当然理由がある。
ノーチェの能力は、大体10分につき1時間程度の反動が生じる。だから、4時間を過ぎると反動の時間が丸一日以上続くのだ。
おまけに、今回の能力の反動は当人であるノーチェだけではなく隼人にも大分被害が及ぶ。だから、早めに済まさないと彼の体が持たない。
「・・・まあ、スムーズに事を運ぶために改めてプランを説明するぞ?
まず、今此処にいる俺、ティア、ノーチェのの3人で役所に潜入する。全員の姿を魔法で隠しておいた上でな。
偽造書類を忍び込ませるまでは能力は使わず、電子データの方を弄る前に、パソコンのパスワードを聞き出すために能力を使用。聞き出した後、大急ぎでお前たちの偽情報を書き加える。
その後、念の為にここの職員の何人か・・・出来れば半数以上の記憶を改変して、お前らの情報が元からあったものだと思い込ませる。半数もそう思い込んでるやつがいれば、違うっていう主張もまず通らないからな。
で、そこまでやったら、追加で他の身分証明書・・・パスポートとか、保険証とかその辺も偽造してようやく終了だ。勿論、この辺もまともには作れないから担当の人を操って行う。
本当に面倒ってレベルじゃないけど、これやらないと厄介ごと間違いなしだからな。気を引き締めていくぞ」
だから彼は、今日の大仕事を出来る限り早く終わらすために念入りにプランを確認する。
行うことは多いが、全てにおいて失敗は許されない。
おまけに、それらの作業を出来る限り人目や監視カメラに映らず実行する必要がある。
異世界クライノートでも厳重な警備の場所に潜入した経験のある彼らだが、今回の潜入はそれとは難易度が桁違いだった。
なお、今ここにシュネーがいない理由だが・・・単に、車の積載量オーバーである。この車、軽自動車なので四人乗りだったのだ。
今頃は家で沙耶から色々な事を聞かれているところだろう。異世界についてとか、そこでの隼人の事とか、魔法の使い方とか。
もっとも、彼女は魔法が苦手なので教えられることは無いのだが。
「隼人。そろそろ着くぞ」
「分かった。送ってくれてありがとう」
「気にすんな。でもしくじるなよ?」
「当然だ」
そして、プランを確認し終わったところでそろそろ着くと合図が出される。それを聞いた3人は、先程までの緩い雰囲気から一転鋭い雰囲気へと変わる。
ここから先は、少しも油断は出来ない。それを重々感じさせるような雰囲気だ。
「・・・じゃあ、車から降りた後物陰で姿を消そうか。ここで消したら降りづらいし」
「その辺は任せるわ。どちらにしても、私達には使えないし」
「・・・到着だ。気をつけろよ」
「ああ、ありがとう」
そして、目的地に着いたことを確認すると、彼らは速やかに車を降りて歩きながら人目のつか無さそうな場所に向かっていく。
「・・・よし、ここなら誰もいないな。じゃあ・・・」
それから間もなく人目がない場所を見つけた彼は・・・非科学的な現象を実現させる言葉を紡ぎ出す。
「spell 《光》 type 《幻》 shape《纏》 number《参》」
その言葉とともに、彼ら3人の姿は突如としてかき消える。
(じゃあ、こっからは静かに行くぞ)
(ええ、分かったわ)
(了解。じゃあ、頑張るからね)
そして、彼らは誰にも気付かれずに歩み出す。
此処からが、日本に来てから彼らの初めての戦いとなる。
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「ねえねえ、シュネーちゃん。お兄ちゃんとはどう知り合ったの?」
一方その頃、シュネーは沙耶から尋問を受けていた。
何故そうなったかは、先日彼女が言っていた通り隼人が異世界でどんな道を辿っていたかを知るためだ。
その為には、まずあの3人達とどう知り合ったのか。それを知るのが一番いいだろうという魂胆である。勿論、純粋な興味もありはするが。
だが、
「・・・ごめんなさい。それは、まだ私達からは言えません」
シュネーの口から出たのは拒否の言葉だった。
「ちょっ、なんでよ!いいじゃん、教えてくれても!」
当然、それを聞いた沙耶はシュネーに文句をいう。
てっきり、やんわりとはぐらかされると思っていたのだ。その場合は、すんなりと諦めようとしていた。
しかし結果は、スッパリと断られるというものだった。ついそう反発してしまうのも無理はなかった。
「ハヤトさんが隠そうとしてる以上、部外者である私達がそれを崩すわけにはいかないんですよ。どうしても知りたいなら、ハヤトさん本人から聞いてください」
これは、隼人とその彼の家族との問題なのだ。
それは、余所者であるシュネー達が口を挟んでいいものではないと彼女は思っている。
ーー彼が話さないなら、私達もその意思を尊重しなければいけない。
彼女は、そんな意思を持っていた。
「絶対言ってくれなさそうだからこっちに聞いてるんだけどなぁ・・・まあ、そこまで言われるとどうしようも無いけどさ」
それを感じ取った沙耶は・・・彼女からはどうしても聞き出せないことを察する。それほどに、その意思が硬いものだというのに気付いたのだ。
だが、まだ彼女には聞きたい事が色々とあったのだが。
「・・・でも、まだまだ聞きたい事はあるんだよね」
「はい、なんでしょう」
「ノーチェちゃんが記憶をいじる事が出来る・・・とか言ってたけど、本当にそんな事出来るの?」
沙耶からしたら、ノーチェが自信満々にそう言っていてもまだ何処か不安だったのだ。
自身が知る魔法の知識とは、余りにも違いすぎた為に。
だが、心配そうな顔をしている沙耶を見て、シュネーは面白そうに微笑む。
「ええ、出来ますよ。ノーチェさんの能力は強力ですから」
「・・・そもそも、そのノーチェちゃんの能力の詳細を聞いてないんだよね。これも教えてもらえない?」
「え?まあ、それ位なら教えますよ。どうせ帰ってきた後見ることになるでしょうし」
沙耶からそんな事を言われたシュネーは少し悩んだ後に彼らが帰ってきた後に起こるであろうことを考え、その結果教えてしまう事を決める。
どうせ、家に帰ってくるまでに反動は収まりきらないんだろうなと。
「今回ノーチェさんが使う予定なのは、色欲ノ瞳という能力です」
「色欲?それって・・・」
色欲。簡単に言い換えると、性欲という意味になる。少なくとも、好印象は受けない能力だ。
「ええ。効果は、『好意を持つ者を魅了して操る』です。ですから、ノーチェさんの場合・・・普通の男性と、普通じゃない女性?を操れるらしいです」
なお、ここでいう普通じゃない女性というのは同性愛者の女性の事である。勿論男性といっても、同性愛者の方や極度の熟女好きといった変人達は操れない。
筈だった。
「成る程・・・あれ?でもそれじゃあ、普通の女性の記憶は操れないんじゃ?」
沙耶は、その能力の特徴を聞いてその能力の一番の弱点を言い当てた。
ノーチェが女性である限り、普通の女性は操れない。なら、もしも女性の記憶を操る必要が出たらどうするつもりなのか。
だが、その答えは沙耶にとっては少し複雑だったが。
「それなんですけどねぇ。光魔法幻術式を使用してノーチェさんに偽りの姿を投影、その状態で能力を発動しても効果が発動するようなんですよ。前に、ハヤトさんがノーチェさんにハヤトさん自身の姿を写したところ、ティアさんが見事に魅了に引っかかったので多分間違いは無いです」
「ごめん、前半何言ってるか分からない」
魔法の知識が甘い沙耶には、まだその説明は理解しきれなかった。
そもそも、地球とクライノートでは魔法への理解度自体が違う。だから、沙耶がシュネーの言っていることを理解出来なくても無理はない。
何せ、サラッと地球にいる誰もが知り得ない領域について言っているのだから。
「まあ要するに、魔法で別の姿を見せている状態でも能力は発動出来るって事です。勿論、男性の姿を写せば女性も操ることが出来るようになります」
「成る程・・・。あ、それと気になってたんだけど・・・帰ってきた後見ることになるって言ってたけど、それってどういう事?」
シュネーが今度は出来る限り分かりやすく言えば、今度は沙耶も納得する。
だが、その説明では「帰ってきた後・・・」と言った意味が分からなかった。
「それは能力の反動の事ですね。今日は長期戦になりそうですし、帰ってきても隠し通せるほど穏やかなものじゃ無いですから」
「・・・一体何が起こるの?」
沙耶は、能力にはデメリットがあるというのは知っていたが、その内容までは聞いてはいなかった。それ故に、その代償がどうしても気になってしまった。
だが、今回のそれはあまり重く考えなくてもいいものだったが。
「それはですね・・・」
シュネーは、その反動の内容を沙耶に説明していく。面白そうに笑いながら。
一方の沙耶は、驚いたり顔を赤らめたりしながらその内容を頭に入れていく。
「そ、それは・・・お兄ちゃん、大変そうだね」
「ええ。あちらでも相当苦労してましたから」
そして、その話の後・・・沙耶は、憐れむような目をしながら苦労する隼人の冥福を祈るのだった。
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「はぁ、はぁ、ティア!今何時間経った!?」
「3時間49分!あと11分以内に車に戻れば目標達成よ!」
「いや、無理じゃないかしらそれは。だってここ相当遠いじゃない」
現在、ノーチェが能力を発動し始めてから3時間49分が経過していた。
色々な場所を転々とし、ほぼ全ての書類を偽造し終わってはいるのだが、流石に外で能力を解くわけにもいかず。今こうして、大急ぎで最初に行った役所で待ってる修造の車に向かっていた。
「ティア!もっと速度は出せないか!?」
「まだ日が出てるから無理よ!」
高い魔力と身体能力を持つ吸血鬼といえど、日光の前には勝てない。弱体化する程度とはいえど、その度合いは大分大きかった。
夜にさえなれば最強クラスになるティアといえど、今は隼人と同程度の魔法しか扱えない。そのせいで、姿を消している状態では高速で飛ぶことが出来ていない。
姿を消しさえしなければ隼人も其方に意識をさく事が出来たのだが、隼人は今、姿を消す魔法を維持するのに専念しているため飛ぶための魔法はティア1人で維持していた。
なお、ノーチェはそもそも飛ぶための魔法が使えないので論外だ。
「ふふふ、もういいんじゃないかしら。どうせ、1秒遅れるごとに反動が6秒長引くだけだから」
「お前が言うな!っと、ボンヤリとだがようやく見えてきたぞ!」
そんなノーチェが何時もとは違う雰囲気を漂わせながらそんな事を言ったすぐ後・・・彼らの視界には、最初に潜入した役所が見え始めた。
だが、その距離は遠い。具体的には、このまま飛んでも20分ほどかかる距離だ。
・・・あくまで、このままならば、だが。
「ああ、もう、洒落臭せえ!ティア!少し無理するぞ!」
「ハヤト!?何するつもり!?」
「spell《操》 type 《空》 shape《放》!」
隼人は、ティアが飛行状態を維持していることを利用して、後方から推進力だけを追加する。それなら今の彼にも維持が出来るから。
と言っても、ティアの負担は増えるが。
「ちょっ、ちょっと!?やるならやるって言いなさいよ!」
「無理するって言っただろ!ははは、だがこれはいいぞ!これなら5分もしないで着きそうだ!」
しかし、速度は確実に上昇した。
ぼんやりとしか見えなかった目的地は、みるみるうちにはっきりとその姿が見えてくる。
その距離はどんどん縮まっていく。既に、ティアが魔法を解除しても直ぐには落ちないほどに速度が出ている。
「・・・ね、ねえ。これ、ぶつかったりしないわよ、ね?」
それから3分もすれば、ノーチェも顔を引きつらせ始める。
何せ、上空を飛んでいる軌道が徐々に下向きになり始めてきたのだから。
「しないしない。まあ、そろそろ放出は止めとくか。この角度なら、滑空でも問題ないだろ」
幸い、隼人はそこで放出を止めた。
これ以上は、加速する必要もなさそうだったからだ。
とは言っても、あくまで放出を止めただけだ。
降下はもうし始めている。
なら・・・速度は既に、下がることを知らない。
「・・・」
「・・・」
「ちょっ、早くなってない!?」
風を切って、彼らは地面へと急降下をしていく。それはまさに弾丸の如く。
このままぶつかれば、地には紅い三輪の薔薇が咲き乱れることになるだろう。
「この辺かしら。
spell《操》 type《空》 shape《放》」
だがそうなる前に、頃合いを見計らっていたティアが前方に暴風を解き放つ。
それはその速度を打ち消し、落下を緩やかなものへと変えた。
安全にゆっくりと地に足をつく3人。
なお、降り立った場所は・・・駐車場のど真ん中だ。
上空から人がいないことは確認済みだったので、彼らは躊躇なくそこへ降り立った。
「ふぃー到着っと。んじゃ、解除」
そして、隼人が言ったその気の抜けた一言によってその姿が唐突に現れる。
先程までずっと隠れていたのが嘘だったように、その姿は鮮明に人の目に映るようになった。
勿論、見てるのは1人だけだが。
「うおっ!?びっくりしたなおい!」
それは車に乗って彼らを待っていた修造だ。
勿論、途中コンビニに行ったり昼食を食べに行ったりはしていたが、基本はここで待っていたのだ。
そこで、突如現れる隼人達の姿。驚かないわけが無い。
「ああ、悪い。人がいなかったもんだから。・・・っと、それよりも早く乗せてくれ!」
それに一応は謝るものの・・・直ぐ慌てた様子で入れるように隼人は懇願する。
「お、おう、分かった。ほら、鍵開けたから入・・・うおっ!?」
それに気圧され扉を開ければ、3人はすぐさま車に乗り込んでくる。
なお、場所はティアが助手席、シュネーと隼人が後部座席だ。ちなみに行きは隼人が助手席だった。
修造は、それに若干違和感を覚えていたが・・・そんな感情は直ぐ消し飛ばされる事となる。
「・・・じゃあ、解除するわよ?」
「・・・ああ」
「・・・・〜ッ!!」
ノーチェが不安そうにそう口にした少し後。彼女はシートベルトに阻まれながらも唐突にその体を動かす。
「ハヤトッ!!」
「ちっ、やっぱ・・・んぐっ!」
隼人は、それを予想していたかのように忌々しそうに言葉を発したが、それは言い切られる前に塞がれた。
ノーチェの唇によって。
要するに、ノーチェが隼人にキスをしたという事だ。それも唇と唇同士の。
ディープキス。決して悪ふざけでやるようなものではない。だが、それをノーチェは問答無用で隼人にしていた。
「なっ!?」
「また始まったわね。これはまた長い夜になるのかしら」
修造はその光景に驚いてはいるものの、ティアは全く動じてすらいない。
まるで、その光景を何度も見ているというような表情だった。
「・・・ハヤトぉ・・・」
「っ、はぁ、はぁ・・・」
ノーチェは、相当長い間口づけをしていた。そしてそれを離した後も、ノーチェは隼人を熱を帯びた眼差しで見ていた。
吐息は荒く、顔は林檎のように紅くなっている。
一目見て、興奮していると分かる状態だ。
当然、これこそが『色欲ノ瞳』の代償の内容である。
色欲を増幅させ操る能力を使った代償は、それを使った時間に応じて己が色欲に飲まれてしまうこと。
勿論、それを自分で抑えることは不可能だ。それ故に、彼女の周りに人がいるならそれを如何しても巻き込んでしまう。
当然、それに見境は無いのだが・・・それには例外がある。
色欲が抑えきれなくなった時・・・好意を寄せているものが側にいるのならどうなるだろうか?
当然、その者に対する想いは抑えきれず・・・今みたいな事になる。
なお、過去何回か同じような事になってはいるものの、当然一線は越えてはいない。いろいろとアウトに近い事にはなった事はあるが。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・もう、我慢出来ないっ」
「ちょっ、もう少し休ませ・・・んぐぐ!」
そして、口を離してから直ぐにまたノーチェは再度隼人の口を塞ぐ。
何度も何度も、同じ事を繰り返す。
自らの欲が収まるまで、彼女は止まることを知らない。
それは、何度も被害を受けている彼が一番よく知っている。
だからこそ彼は口が開くたびに文句を言いながらも・・・そんな彼女を、正面から受け止め続けていた。
人を操れるって単なるチート能力ですよね。
まあ、その分後々辛くなるようになってるんですけど。