5話 久しき団欒
「・・・母さん」
「何かしら?」
「色々聞きたいけど・・・なんでもう7人分も飯が出来てるんだ?」
「嬉しすぎて、久々に張り切っちゃって。それに、ティアちゃんもノーチェちゃんも手伝ってくれたから」
隼人が風呂から出てリビングに戻ってくると・・・そこには、ズラリと並んだ7人分の食事が。
とてもではないが、張り切っただけでどうにかなる量ではない気もするのだが・・・その辺は気にしたら負けなのだろう。きっと。
なお、名前が挙げられなかったシュネーは本当に手伝っていない。理由はあるのだが、それでも気まずいようでシュンとした様子でうつむいている。
「・・・やっぱり家事は出来ないままだよな」
「うう・・・それは言わないでください・・・」
そう、シュネーは家事が出来ない。いや、正確には出来ないわけでは無いのだが、家事をすると何かしらの被害を出すのだ。
皿を持てば転んで落とす。掃除をすればぶつけて壊す。他にもいろいろあるが、家事をすると何故かこんなにもミスを繰り返してしまうのだ。
それ故に、ティアとノーチェが全力で止めに掛かったのだ。下手にやらせると初夜から大惨事になる為に。
それはさておき、並んでいる夕食はハンバーグである。材料は、買い置きして冷凍してたのがあって助かったとのこと。
異世界にそんなものはなかったし、隼人も作ろうとしなかった。よって、彼にとっては2年半ぶりの、ティア達にとっては初めて見る食事だった。
「隼人の好物だったからな。もっとも、沙耶がまだ風呂みたいだから食べるのは少し待つことになるが」
「頼むから、知ってたなら止めてくれよ・・・」
とは言っても、全員揃ってから食べるので沙耶が風呂から出てこない限りまだ食べられないが。
それなら隼人も納得しているが、沙耶が入ったのを黙認した件は彼にとっては納得は仕切れない。
もっとも、そんな疲れた顔をしている隼人を見ている修造は笑っているだけだが。彼の心労は増える。
「ごめんごめん、お待たせ」
と、そんな話をしていると沙耶が風呂から出てくる。
先程までの暗い様子はパッと見読み取れないが、良く良く見れば暗い感情がチラついている。
隼人からあんな話を聞いた後なのだ。感情が暗くならない訳がない。
寧ろ、これには隼人も内心驚いていたが。あれから然程時間が経っていないのに、まさかここまで平静を保っていたのは彼でも予想外の事だった。
「遅いわよ。私達の作ったご飯が冷めちゃうじゃないの」
「あれ?ティアちゃん達も手伝ったの?」
「そうよ。ほら、だから早く座りなさい」
沙耶は、ティア達も夕飯作りに参加していたことは知らなかったようで若干驚いているようだ。
だが、自分が遅れてきたのは分かっているので直ぐに沙耶は直ぐにテーブルに着く。なお、3人分の椅子は隼人や沙耶の部屋などにあった椅子を適当に持ってきたものだ。
「皆揃ったよな。・・・食べていいか?」
「ええ、勿論。その為に作ったんだから」
「そう、だよな。・・・じゃあ、頂きます!」
「「「「「「頂きます!」」」」」」
そして、隼人は風香に食べていいかを聞いてその返答を待ってから、即座に眼前の飯を喰らい始める。
・・・だが、その食い方は大分粗かったが。
「ちょっ、お兄ちゃん!?せめてナイフ位は使おうよ!」
「もぐもぐもぐもぐ・・・ごっくん。・・・ああ、そうか。野宿長くてそんなの使ってなかったから存在忘れてたわ」
「人族にとっては2年でも長い時間だから仕方がないわよ。私は吸血鬼だから生きてる年数が違うからさすがに忘れてはいないけどね」
「食べ方なんてどうでもいい気がしますけどね。食べられさえすれば」
「人族2人が一番人として外れてるってどうなんだろう。・・・ああ、美味しい。すごく美味しい」
ティアとノーチェはフォークもナイフも使って普通に食事を摂っていた。特にティアは、テーブルマナーを一つも破らずに優雅な食べ方をしている。
一方、隼人とシュネーはフォークを使ってハンバーグを一突きにした後そのまま齧り付くという行儀とかそういったものをかなぐり捨てた食べ方をしていた。
沙耶はそれにいち早く突っ込むことが出来たが、修造と風香は唖然としていた。
「野宿が長かった」。隼人は、確かにそう言った。それは、旅をしていたと言うのなら当然の話だろう。
だが、それだけでここまで常識を忘れ去ってしまうものなのか?
2人の頭の中には、そんな疑問が生じている。
「ガツガツガツガツ・・・おかわり!」
「自分でやれ!というか早いよ!」
だが、そんな事を考えて止まっていたその僅かな時間で隼人の茶碗からはご飯が消える。
漫画のような、ご飯を掻っ込むという食べ方。味わってるのか?と聞きたくなるような食べ方だが、やっている本人はしっかりと味わっている様子だ。
「失敬な。これでも大分ゆっくりめな方だぞ」
「え!?そうなの!?」
「残念だけど事実なのよね、それ。一番酷い時だと、この程度の量なら3分位で完食してたんじゃないかしら」
「それはお前もだろうが。肉程度じゃ燃費が悪いとか言って暴飲暴食してた癖に」
「それはしょうがないわよ。隼人に影響が出ない程度しか血を吸えないとなると燃料不足だし。人1人分、干からびるまで吸えば一ヶ月は持つのだけれどね」
なお、隼人以外の食べる早さは今は普通だが、異世界滞在中は3人とも食べる速度はこんな感じだったりする。まあ、野宿中にまともな食事にありつけるかと言われたら否なのだが。
そして、隼人は自分で米を茶碗に補充してから暴食を始めている。もはや、目の前の飯以外には目が向いてすらいない様子だ。
沙耶も、その様子を見てこれ以上の追求を諦めたのかため息を吐いた後自分のハンバーグを食べる方に専念しだす。
それから、おおよそ30分後。
「「「「「「「ご馳走様でした」」」」」」」
7人全員がご飯を食べ終わり一斉に言葉を発する。
日本人からしたら、毎食時後に極々当たり前のように言うその言葉。
だが、今隼人達が言った言葉には、今までにない程に食べ物への感謝の気持ちが込められていた。
毎日まともな食事を食べられることがこんなにも嬉しいことだったのか。彼の心に浮かんでいた想いはそういったものだ。
干し肉などの保存食は彼方にもあるが、持ち運べる量には当然限界がある。それが尽きて、さらに食料補給が出来なければ・・・待っているのは餓死だった。
そういうのを彼方で体感していた彼は、その重みを再度実感させられていた。
「ふぃ〜食った食った」
「結局あれからもう2杯おかわりしてたもんね。どうやったらそんなに入るのさ」
「食べれる時に食べるのはサバイバルの基本だぞ?」
「そういうのは、口で言っても実践するのは無理だと思うんだけどね・・・」
だが、彼はそういった重い話は出来る限りしたくないのでその気持ちを表面には出さないようにする。
下手に追求されれば、隠していることもバレてしまうかもしれない。だから、彼はそれを恐れていた。
「・・・ところで隼人。お前、これからどうするつもりだ?」
「・・・これからって、何についてだ?」
「ティアちゃん達3人の戸籍とかよ。異世界から来たのなら、そんなもの無いんでしょう?」
その甲斐あってか、風香にも修造にもその心情は悟られてはいない。
そして、追求されたのは戸籍についてだ。異世界から来たティア達3人には戸籍は無いし、それに隼人自身も行方不明になっていたのだ。
それをどうにかしないと、騒動に巻き込まれるのは確実だ。それを好まない彼らにとっては、それは避けなければいけない事だ。
だが、それについては流石に隼人も考えていた事だが。
「ああ、それか。それなら明日、役所に忍び込んでどうにかしてくるよ」
「「「・・・んん?」」」
堂々と出された不法侵入宣言に、風香と修造と沙耶は耳を疑う。
此奴は何を言っているんだ?と。
「ま、待ってお兄ちゃん。確かに魔法が見つかったって言ってたけど、人の記憶を弄ったりは出来ないんだよ?」
さらに彼らが耳を疑ったのにはその理由も有った。
地球で見つかった魔法には、人の記憶を弄れるものはない。魔法とは言うが、出来ることはそこまで多くないのが実情なのだ。
「うん知ってる。寧ろ、そんなのが有ったら苦労はしない」
そして、それは異世界クライノートでも変わらない。彼らもまた、人の記憶に作用する"魔法"は知らないのだ。
「だったらどうするのさ!」
「説明すると長くなるんだが、此奴の持つ"能力"を使う。制限はあるけど、ある程度なら人を操れるからな」
そして、それを聞いた沙耶の言葉に対して隼人はさも簡単のように答える。ノーチェの頭をポンポンと叩きながら。
「まあ、勿論サポートは必要だけどね。条件さえ合えば記憶も少しは弄れるよ」
魔法では記憶は変えられない。そう認めているにも関わらず、ノーチェはそれを覆せると言っていた。
「いや、でも、魔法じゃ変えられないって・・・」
「魔法じゃあな。でも、今回のは魔法とは若干違うし」
「えっと、魔族が生まれつき持ってることがある固有能力だね。まあ、私以外には使えないから何か言っても仕方がないけど」
「ええー!?それはズルい!」
その理由は、ノーチェが生まれつき持っている不可思議な能力だとのこと。それを聞いた沙耶はズルいと言うが、それを聞いたノーチェの顔は暗いものだった。
「・・・ズルい、か。こんな力さえなければ、あんな事には・・・」
その口から出たのは、重々しい怒りの篭った声だ。そして、その理由を知っている隼人達3人は何か言いたくても言い出せない様子だ。
もっとも、それには風香や沙耶は気づいていないが。
「ノーチェちゃん何か言った?」
「えっ、あっ、うん。何でもないよ」
幸い、沙耶達にはその声は聞こえていなかったようでノーチェは慌てながらもなんとか取り繕う。
「・・・?まあ、それならいいけど。でも、いいなぁ、そういう力」
「・・・どうせ有るなら、もっと使いやすい方が良かったんだけどね。私のは、強力な分デメリットが大きすぎるし」
そして、沙耶は再度羨ましそうな目でノーチェを見るがその顔はまたも暗い様子だ。もっとも、今度のそれは理由が違うのだが。
彼女の持つ力には、結構大きいデメリットが存在する。別に命が削られるとかいった巨大すぎるものでは無いのだが、下手すれば命に関わったりもするので地味にシャレになって無かったりする。
ティアと隼人を止めたそれもノーチェの能力の一つなのだが、その時も勿論デメリットは生じていた。
内容は、「しばらくの間急速な行動を取れなくなる」というもの。大したものでは無いように見えるが、これはかなり大きいものではある。
歩くことはなんとか出来るが、走ることも、避けることも、攻撃することさえ出来なくなる。もしも解除した後敵に襲われたらなす術が無くなってしまうのだ。
役所に忍び込む時に使うのはそれとは違う能力だが、勿論別の種類の代償が生じる。
例え強力だとしてもホイホイ使うことは出来ない。だから今、ノーチェは暗い顔をしていた。
「・・・え、あ、なんか、ごめん」
「まあ、いいけどね。・・・ところで、私達って今日何処で寝ればいいのかな?」
それについて沙耶はつい謝ってしまう。もっとも、こっちについては先のそれに比べたら然程気にしていなかったのだが。
だから、今の彼女にとってはそっちの問題の方が気になっていた。
突然押しかけてしまったが、眠る場所はあるのか?と。彼ら四人は屋根と壁さえあれば床でもいいとは思ってはいるが、そんな事は流石に堂々とは言えなかった。
「3人となると・・・少し足りないわね。確か、余ってる布団が2つしか無いから」
「部屋は・・・沙耶が使ってる部屋にもう1人と、今物置になってる部屋を整理すればどうにかなりそうだが、今からやるには時間がかかり過ぎるな。さて、どうしたもんか・・・」
風香と修造は、そう言われて腕を組みながら悩み始める。2人までなら何とかなるが、もう1人の寝床が無いと。
「無いなら仕方がないわね。布団はシュネーとノーチェが使うといいわ」
そして、それを聞いたティアは堂々とした様子でそう言い放つ。
当然、それにはこの場の全員が驚いていた。もっとも、異世界組と地球組ではその内容は異なっていたが。
「お前・・・何を企んでる?」
「いや、企んでるってどういう事よ」
「いや、ティアさんが人にそういうのを譲る性格とは思えな・・・あっ」
「付き合い長いわけでもないけど、ティアがそんな事言っても怪しさしか感じないよ」
「ちょっ、みんな酷くない!?」
地球組は、ソファーにでも寝るつもりか?などと思っていたが、異世界組はその言動に何か裏があるのでは無いかと踏んでいた。
シュネーが言った通り、ティアは人に物を損得無しで譲るような性格はしていないと思われている。だから、この場にいる3人は今こうしてティアを疑っているのだ。
どう見ても、言い掛かりにしか見えない状態。ティアがそういう風に声をあげたのも仕方がないのかもしれない。
次の一言さえなければ。
「私はただ、前みたいにハヤトのベッドに入ろうと思っただけよ!」
「「「!?」」」
これまた堂々と言い放たれた爆弾発言。
「寝る場所が無いからハヤトと同じベッドで寝る」という、彼の家族からしたらそう簡単には聞き逃せない台詞だ。
おまけに、"前みたいに"なんてワードも聞こえたら尚更である。
「おい隼人。それは一体どういう事だ?」
「そうね。まさか、もう既成事実作っちゃったなんて言ったりしないよね?」
「する訳ねえだろ!シュネーが仲間になった頃辺りに、金欠だったから宿屋で2人部屋借りてたんだよ!で、クジ引きの結果俺とティアが添い寝する羽目になったんだ!俺は悪くねえ!」
隼人は、風香がサラッと言ったことを全力で否定する。
あちらの世界の宿屋の部屋は基本的に3人部屋か2人部屋であり、値段は当然3人部屋の方が高い。
そして、その時の彼らはまだあまり金というものを所持してはいなかった。だから、そうせざるを得なかったのだ。
「あれ?野宿が長かったって言ってたけど、宿屋なんかに泊まってたんだ」
「そりゃ街にいる時位は泊まりたくもなるだろ。・・・まあ、あの時は泊まらないと命に関わる状態だったんだが」
沙耶がそれについて軽く追求すれば、予想外に暗い顔をする隼人が1人。しかも、その口からはサラッと命の危機だったという言葉が告げられる。
「泊まらないと死ぬって、一体何がどうしたらそうなるんだ?」
「・・・次の日の朝見えたダイアモンドダストは絶景だったな」
「ダイアモンドダスト・・・ああ、なるほど。そりゃ屋外なんかに居たら死ぬな」
隼人は、遠い目をしながらそう語る。
なお、知らない人の為の補足だが、ダイアモンドダストが発生するのは、気温が凡そ氷点下10℃以下の時である。勿論例外もあるが、それでも0℃を下回っていないと発生はしない。
つまり、彼がティアと添い寝していた日というのは外が洒落にならないほどの極寒だった時という事だ。
そんな所で野宿なんかしたらどうなるかなんて目に見えている。生半可な対策しかしていないのなら、その対策ごと凍り付いてしまうだろう。
「まあ、そんな感じで同じベッドに寝た事は一応ある。あの時は兎に角寒かったからコレを意識する余裕すら無かったが」
彼からの弁明はこんなものだった。別にいかがわしい事もしてないし、しようとも考えていなかったと。
現16歳の男子が、女子と同じベッドで夜を共にしておいて意識すらしていないという事実に風香も修造も多少ながら顔を引き攣らせる。異世界の旅はそこまで余裕が無かったのか?と。
「・・・えっと、その、あれよ。そんな事もした事があったんだから、もう一度やっても同じかなって思ったのよ」
だが、その疑問について2人が口を開く前に、ティアが話の流れを元に戻す。勿論、2人の顔を見て故意に言わせないようにしたのだが。
「同じじゃないとは思うが・・・まあ、どうせ言っても聞かねえんだろ?なら認めざるを得ねえよ」
「流石ハヤト、話が分かる」
「その分こっちは苦労させられてるけどな」
隼人は疲れたようにそのティアの考えを認める。快く認めたとは言っていないが。
(寝心地悪くなったらここのソファーにでも寝ればいいしな)
だから、隼人がこんな事を心の中で考えててもそれは仕方のない事だろう。
「えっと、とりあえず眠る場所は決まったんですよね?」
「あ、うん。まあそうだね」
「じゃあ、そろそろお風呂入らせてもらっても構わないですか?」
「ああ、そうか。まだ入ってないんだったね。入ってきちゃいなよ」
「ありがとうございます」
そんな感じで話が纏まった所で、シュネーがお風呂に入りたいと沙耶に言い出す。
まだ、ティアもシュネーもノーチェも風呂には入っていないのだ。昼間に大分走って汗をかいていたのでその欲求は当然のものだ。
そして、シュネーがリビングを出て行った後。
「・・・まだこうして話してたいけど、大分疲れが溜まってるみたいでな。先に眠らせて貰ってもいいか?」
隼人は、一回大きな欠伸をした後風香と修造に聞く。
彼らはまだまだ色々と話したい事があったようなのだが、彼は相当に疲れていた。
「ええ、勿論」
「まあ、異世界帰りなら疲れてるのも当然だよな。ゆっくり休め」
「・・・ありがとう。じゃあ、おやすみ」
それを察した2人は、優しくその意見を肯定する。
彼らには、話したい事が山ほどあった。
だが、別に今全てを言う必要は無いのだ。
だって、彼は帰ってきたのだから。
話したいことを話す時間は、これから山ほどあるのだ。
しかし、修造達が隼人に話す事は出来ても・・・隼人が修造達に真実を話すことが出来るようにのは、もうしばらく先の話だ。