1話 待望の再会
「はぁ、はぁ・・・ようやく着いたか」
「物凄い、遠かったじゃない・・・!」
「もう、日が暮れてきてますしね・・・」
「大陸横断するのに比べたら、マシなんじゃ無いかな・・・!」
隼人達が家に向かい始めてからから凡そ6時間後。ようやく彼の家に辿り着いた。
彼らの使った転移方法は少しばかり不安定なもので、転移先の座標がズレてしまったのが主な原因だ。そもそも、彼方でも失われた筈であった過去の遺産を使う以外に方法は無かったので仕方ない事なのではあるが。
「途中で、夜になってくれて、良かったわね・・・!」
「夜の方が色々と動きやすいからな・・・!特にお前が・・・」
「それに、視線も誤魔化しやすいですしね。魔法で視界を歪ませるのも、限界がありますから」
「そういうシュネーは、魔法は苦手なんじゃないの・・・!」
「そ、それは言わないで下さい・・・!」
彼らは、魔法で補助をしながらではあるが此処まで走ってきたのだ。たとえ異世界で培われた人並み外れた体力があっても、6時間ぶっ通しは流石に辛かった。
「こ、これ押せば、良いんですよね・・・!」
「待ってくれ・・・もう少し・・・もう少しだけ休ませてくれ・・・!」
シュネーは神風家のインターホンを押そうとしているが、隼人はそれを止めるように懇願する。感動の再会が待っていても、疲労には勝てないのだ。
だが、隼人は油断していた。
止めるべきは、シュネーだけでは無かったのだということを。
「・・・ポチッとな。そして退散っ!」
「ちょっ、おまっ!?」
隼人が見ていない隙に、ティアはインターホンを容赦なく押す。そして、そのまま周りから見えない所へと姿を隠す。
なお、姿を隠したのには理由がある。三人は、二年半ぶりの家族との再会なのだから邪魔しないほうがいいだろうと考え、話が落ち着くまで外で待っていようと事前に決めていたのだ。
つまるところ、その場に残っていたシュネーとノーチェも即座にその身を隠してしまい、その場には隼人のみが残される。
『・・・え?』
そして、勝手にインターホンを押したティアに何かを言う前に・・・インターホンから声が聞こえる。
聞こえたのは、隼人よりも若い程度の少女の声。つまり、隼人の妹がインターホンの受話器を取ったのだ。
そうすれば、当然ディスプレイにはそこに居る人の姿が映る。二年半、行方不明になっていた隼人の姿が。
「ああ、えっと・・・俺、なんだけど・・・?」
心の準備すら出来ていない故に、まともな受け答えが出来ない。
だが、彼がそう言った直後・・・家の中から音が聞こえてくる。
何かを落とすような音に、ドアを雑に開け放つような音、そして彼のいる方に大急ぎで走ってくる大きな足音が。
バァン!
「ーーお兄ちゃん!」
「うおっ!?」
そして扉は突然開け放たれ。一人の少女が隼人目掛けて一直線に飛び込んで行った。
「このバカぁ!今まで何処に行ってたのよっ!私達が、どんなに心配したと思って・・・!」
焦げ茶色の髪をポニーテールにしている隼人の妹・・・神風 沙耶は涙を流しながら、隼人をきつく抱きしめる。そして、隼人もそんな沙耶を優しく抱きしめかえす。
「「隼人っ!!」」
そして、それに続いて父親と母親・・・神風 修造と神風 風香が飛び出し、妹ごと隼人を抱きしめる。
「ぐぬっ!?」
「お前っ!今まで何処ほっつき歩いてたんだっ!」
「この馬鹿隼人っ!どれだけ心配したと思ってるのっ!」
二人は隼人に怒鳴っていたものの、その声は嬉しさのあまり震えてしまっていた。
隼人は、心の奥である事を恐れていた。
二年半も警察が捜査して手掛かりが一切無いのだから、既に死んだと思われていたのではないか?と。
そして、二年半の間に彼の雰囲気は大きく変わっていた。それを見て、家族は本当に自分だと信じてくれるのか?と。
だが、今の彼らの姿を見れば、そんな心配は杞憂だったというのは誰の目から見ても明らかだった。
だからこそ、彼は心の底から感じることが出来た。
"ああ、帰ってきたんだな"と。
「・・・ただいま、父さん、母さん、沙耶」
彼は三人に、二年半の間伝えることのできなかった・・・それでいて、今までで一番重いその言葉を告げた。
そしてそれに帰ってきたのは・・・彼が一番待ち望んでいた、彼の旅が終わった事を意味する言葉だった。
「「「おかえり、隼人 (お兄ちゃん)」」」
なお、隼人がそんな感動の再会をしている頃。
「あーっ、鬱陶しいわね!」
「私の魔力じゃ自分の周りしか守れませんからねぇ」
「私だってこんな市街地じゃなければ周囲一帯消し飛ばしてるわよ!」
「うぅ、痒い!また何箇所か刺されてる!」
ティア、シュネー、ノーチェは・・・咄嗟に隠れた茂みの中で大量の蚊と死闘を繰り広げていた。
異世界にも蚊はいた。だが、それに関しては主に隼人が魔法で防いでいたのだ。周りの熱を操作するという方法だったのだが、今いるこの三人の中でそれが出来るのは魔法が最も不得意なシュネーだけであった。
「頑張ってください」
「自分だけ刺されないように保護しといて涼しい顔するんじゃないわよ!」
「いや、本当に涼しいですし」
「そりゃ周りに霜出来てるしね。寒くないの?」
「私の故郷に比べたら全然」
「ああ、そうだったね・・・って、ああもうっ、てめえら鬱陶し・・・」
魔法で自分の周りだけを凍らせ、蚊が寄り付かないようにしているシュネー以外は、蚊に対してもはや怒りを抱いていた。
特に、ノーチェはその口調が変わってしまうほどに。
「ちょっ、それは駄目だって!シュネー!止めて!」
「駄目ですよノーチェさん!というか虫相手に何しようとしてるんですか!」
「離せ!此奴ら全員ぶっ潰してやる!」
「寒いかも知れませんけどこうしてれば蚊には刺されませんから!だから落ち着いてください!」
「うぉー!くっあー!ざっけんなー・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・ありがと、シュネー・・・」
だが、シュネーに羽交い締めにされ・・・それから直ぐにノーチェは元の口調に戻る。頭を冷やす (物理)の効果だろう。
「そうよ!シュネーにピッタリ張り付いてれば私もおこぼれに預かれーー」
「すいませんティアさん。2人ならともかく、3人ともなると維持するのは無理なんです」
「ふざけるなぁー!!」
だが、それを見て自分も魔法の範囲内に入ろうとしたティアの目論見は外れ・・・ティアだけは、この後しばらくの間蚊と激戦を繰り広げ続けることになってしまった。
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隼人は、久しぶりに家の中へと足を踏み入れる。
家具の配置は彼がいなくなる前と変わっておらず、彼はそれを見て異世界に行く前の日を思い出していた。
「あの時と、変わってないな」
机も椅子も、エアコンも冷蔵庫もテレビも・・・日常的に見ていたものは、何一つ変わっていなかった。
「・・・やっぱり、懐かしいんだよね?」
「勿論だ」
彼は沙耶と話しながら、リビングの椅子に座り込む。そして、修造と風香の方を見つめ、話を促す。
彼らには、聞きたいことが山ほどあるだろうから。聞きたいことは聞いてくれ、そう目線で伝えていた。
「・・・なあ、隼人。警察も俺たちも、二年半の間ずっとお前を探し続けていた。だが、その手掛かり一つすら見つけることはできなかった。・・・お前は、一体何処にいたんだ?」
「・・・やっぱり、それだよな」
その質問は、彼が初めから予想していた質問であり・・・そして、最も返答しづらい質問だった。なにせ、彼らの旅は此方の世界の人たちにとっては衝撃的な内容なのだから。
「・・・信じられないとは思うけど、今は黙って聞いてほしい。俺は、この2年半この世界にはいなかったんだ。あの日の帰り道、俺は空間の破れ目から落ちて・・此処とは違う世界、"クライノート"っていう場所に行っていたんだ」
彼は、今まで何をしていたのかを語りだした。・・・だが、彼の心の中にはまだ恐怖心というものが存在してしまっていた。
クライノートでの彼は普通に人も殺してしまっていた。そして、その行為に彼は既に嫌悪感を抱けなくなっていた。
そんな事実を知って、家族はなお自分を受け入れてくれるのだろうか?
そんな不安が彼の中に生まれ・・・彼は、彼方での行動を伝えるに伝えられなくなってしまった。
「そこは、魔法が存在するファンタジーのような世界で・・・俺は、その世界で旅をしていたんだ。色々な人に出会って、そして別れて・・・。得るものは多かったけど、失ったものも多い。・・・そんな旅だった」
だから彼は・・・その旅の大きな出来事は隠しながら、伝えてもいい事実だけを伝えていった。
本当は、全てを包み隠さず伝えるべきだったのだろう。
だが、今の彼にはそれが出来るだけの度胸が無かった。
会うことを望み続けた家族に、もしも否定や拒絶をされたらと思うと・・・そんな事は、出来るはずが無いのだった。
「俺は、世界中を回った。現存する全ての国に行って、こっちに戻ってくる為の方法を探し続けた。・・・そして、最後に訪れた場所で、一か八かだけど帰る手段を見つけたんだ」
彼の話には、嘘は全く含まれてはいない。ただ重要な事象が隠されてるだけで、それは全てが本当の出来事であった。
「そして、俺はそれを迷う事なく使った。もしも失敗したら、そのまま死ぬかまた別の世界に飛ばされるか・・・そんな危険すぎる賭けだったけど、無事に成功して俺は日本に戻ってきた。・・・これが、俺の2年半だ」
彼はそう言ってからその口を閉ざす。家族の返答を待っているのだ。
簡単に信じてもらえるとは彼も思っていない。だが、証明する手段なら、今外で蚊と戦闘を繰り広げている。
「・・・信じないわけ、無いじゃない」
真っ先に声を出したのは沙耶だ。その顔には、隼人ですら予想していなかったような疑いというものを知らない表情が浮かんでおり、隼人はそれに驚かされる。
「いや待て。異世界に、魔法だぞ?自分でも、信じてもらえるとは思えないような荒唐無稽な話をしてる自覚があるんだ。それなのに、少しも疑ってないのか?」
隼人はついそう沙耶に聞いてしまう。それを聞いた沙耶は、優しく微笑みながらその問いに答えた。
「確かに、お兄ちゃんの言ってることは物語みたいな出来事だよ。普通だったら、私もそんなの信じない」
「だったら何で・・・」
「何でって?そんなの簡単だよ。・・・その旅、辛かったんだよね?涙、流れてるよ?」
「っ!?」
隼人は、沙耶にそう指摘されて急いで目に手を当てる。確かに、その目からは涙が流れており、それは止まる気配を見せない。
「そんな、ただの絵空事の作り話なら・・・涙なんて、流れないよ。だから、私はその話を信じれる」
もしも、それがただの作り話でありもしない事だったのなら。その目から流れる涙はあり得ない。事実であり、それが辛く、悲しかったからこそ今こうして涙が流れている。
「俺も母さんも、沙耶と同じ考えだ。お前、辛いことあっても殆ど泣かなかったからな。そんなお前が流した涙を、嘘だって思えるわけがないだろ?」
「そもそも、涙を流していなくても・・・私はあなたの親なのよ?親が子供の言うことを信じなくてどうするのよ」
「父さん、母さん・・・」
修造も風香も、まっすぐで優しい視線を隼人に送る。そしてそれは隼人にとってとても心地良く・・・そして、痛いものでもあった。
彼は、あちらの世界での事柄の大半を隠している。それなのに、送られる視線は追求でも否定でもなく、温かい肯定の視線だった。彼からしたら、それは心に刺さるものだったのだ。
だが、彼はその気持ちを押し殺し平静を保とうと試みる。
「・・・まあ、私が信じたのはそれ以外の理由もあるんだけどね」
「・・・ん?」
だが、その平静を保とうとする試みも。そのあと沙耶が言った一言でいとも呆気なく崩れ落ちる事になったが。
「お兄ちゃんが行方不明になってからすぐ後のことだったんだけどね・・・証明されたんだよ、魔法の存在が」
「・・・はぁぁあ!!?」