プロローグ
照りつける太陽、吹き抜ける風、煩い蝉の鳴き声。
そんな、夏の時期では当たり前の光景。
それを見ても、人々は何も感じることはない。
何故なら、それは意識するまでもなく普通の日常だから。
「・・・俺は、戻って来れた・・・のか?」
だが、そんな中でその光景を奇異な目で見つめる者達が居た。
「・・・多分、そうじゃないかしら。貴方と共に世界中を旅して来たけど、こんな所は見た事が無いから」
まるで、この当たり前の景色を久しぶりに見るような目をしている者と、初めて見たかのような目をしている者達が。
「これが、貴方の住んでいた世界・・・?」
今、この場に彼ら以外の人はいない。
もしも居たならば、その人はきっと彼等をおかしなものでも見るような目で見ることだろう。
だが、今の彼らはそんな視線があったとしても、おそらく気にも留めることはないだろう。
「・・・平和、だね。あの世界が、まるで一つの悪夢に思える位に」
今の彼らには、目の前にある「平穏」しか映っていないのだから。
彼らは、それをずっと追い求めてきたのだから。
誰もが当たり前と感じ、そのありがたみにすら気づけないそれを、渇望して止まなかったのだから。
命が塵のように散るような、そんな世界にいた彼らにとって・・・その重みは何よりも重く揺るぎないものなのだから。
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彼、神風 隼人は、ついこの前まで地球にはいなかった。
では、どこに居たのか?
答えは単純である。別の世界にいた。
中学二年生になり始業式の帰り、学校から帰るその途中。彼は、空間の割れ目に落ち、別の世界に飛ばされてしまったのだ。
そこは、剣や魔法が入り乱れる幻想の世界だった。
だが、現実は空想のようには甘くなかった。
彼はそこで「平穏」の重みを知った。
そして、その世界で出会った同じく平穏を求める者達と共に、彼は地球へと戻ってきたのだ。
「・・・っ!」
彼の目からは、涙が溢れ出る。
彼は、異世界に凡そ2年半程滞在していた。そしてその間、彼はこの光景を求め続けていたのだ。涙を押さえるのは、もう限界だった。
「・・・良かったわね。本当に・・・!」
「ああ・・・!」
気がつけば、彼と共にこの世界に来た3人も涙を流していた。
金色の髪をツーサイドアップにしている女性はその碧色の瞳から、淡青色の髪をサイドテールにしている少女は瑠璃色の瞳から、銀髪を結ばずに下ろしている少女は金色の瞳から、それぞれ涙を流している。
それぞれが心に抱く想いには差異はある。だが、追い求めていた場所に辿り着いたという事実は四人にとって揺るぎない事実だ。
そして、彼らが此処に来てから凡そ1時間が経過した頃。四人は、ようやく落ち着きを取り戻し始める。
「・・・ティア、シュネー、ノーチェ。改めて、言わせてくれ。・・・此処が、俺の故郷だ」
まだ目に涙を浮かべたままの隼人は、同じく涙を浮かべている3人・・・ティア、シュネー、ノーチェにそう伝える。
「とても・・・いい場所ね」
「そう、ですね。殺意と悪意に満ちた彼処とは、比べ物にならない位に平和で・・・」
「そして、此処がこれからの私達の住む世界、か」
3人は、その眼で近代的な建物が立ち並ぶ、現代では当たり前の光景を見つめる。
彼女達はこの世界に来る前に、隼人から地球の事について教えて貰っていた。彼方からしたら、まるで絵空事のような話だったが・・・それは今、彼女達の目の前に確かに存在していた。
「・・・だけど、まだ俺たちにはやるべき事がある」
「ええ、知っているわ。戸籍?とか・・・まあ、そういう厄介なものがあるのでしょう?」
「ああ、そうだ。・・・それに、俺は家族にお前らを紹介しないといけない。落ち着けるのは、もう少しだけ先になりそうだな」
「でも、あの終わりの見えない日々と比べたら・・・その程度、些細なことですよ。そうですよね?」
「うん。それに、命が掛かってないなら恐れることはないし」
彼女達はこの世界の住人ではない。隼人も、2年半行方不明になっているから戸籍は色々と面倒な事になっている。それをどうにかしない限り、今の社会で暮らすことはままならない。
隼人の家族には、3人の事は隠す事は出来ない。何せ、彼女達には住む場所が彼の家しか無いのだから。そしてそれはつまり、隼人がいた異世界についても説明しなければいけない。
だが、それを四人はそれを面倒だとは思っていなかった。それさえ超えれば、思い描いた生活ができると思っているのだから。
「じゃあ、そろそろ行くか!」
「ええ!」「うん!」「はい!」
そして、彼らは歩み出す。
勝ち取った平穏を過ごそうと。
待ち望んだ生活を送ろうと。
だが、彼らは知らない。
彼らの望む平穏は、まだまだ遠く離れた所にあるという事を。