瞬き一つの間
頭の上で風を切る音がした。
男は瞬きをしようとする。
果たして私の命は、祝福されてこの地に落とされたのだろうか。
父は一国の王であった。貧民の生まれにも関わらず、数奇な出会い、勇ましき行動を持って悪王を打ち滅ぼし、一代で国を立て直した。父は勇敢なる革命王であった。
しかしそんな英雄も、我が子には甘かった。私は不自由という言葉を知らなかった。私の役目といえば求めること。得られないものがあるとすればそれは「否定」だった。
歳が二桁に達した頃、私は嘘をついた。
召使の女が私を打ったと父に言いつけた。本当は打たれてなどいなかったし、特にその召使が気に入らなかったわけでもない。ただ、ほんの気まぐれだった。
女は死刑になった。延々と鞭で打たれ死んだ。
その時知った。私に逆らう者は死ぬことになると。
十六になった頃、私は姉を犯した。
朱色のドレスに身を包んだ姉は私の心をざわつかせ、無我夢中でその肌を吸った。
姉は城から姿を消した。今もどうなったかは分からない。ただ思うに、きっと捨てられたか殺されたのだろう。その頃から私のもとには娘が使わされるようになった。
その時確信した。全ては私を中心に動いていると。
二十歳を過ぎ数年が経った頃、父が鬱陶しくなってきた。戦を覚えない、子供も出来ない、国益にも興味がない。置物の私に父はよく怒鳴り、唾を飛ばした。
ある日、父が死んだ。それは本当に突然のことだった。私はひどく悲しんだ。父の事を心の底から尊敬していたからだ。
私は父の様になろうと決心した。勇気ある国王になると誓った。
私は国に逆らうものを殺した。国とは国王である私そのもの。私に逆らう者は死ぬのだ。国民だろうと容赦はしなかった。
私は目に見えるものを犯した。隣国、貿易国、未開地。全てが私のものになることが正しいのだ。求めると全てが手に入った。
気が付くと私の前に立つ者は私と目を合わせる事をしなくなった。皆、笑顔で私の要求を受け入れる。英雄とは孤独なのだと知った。父もきっとこの光景に胸を痛め、死んでしまったのだ。その時ほど、父を近くに感じたことは無い。
私は父の求めた事を成そうと強く思った。
戦をより求めた。
多くの女を犯した。
税を吊りい上げた。
私の命は祝福されてこの地に落ちたのだろうか。
その答えは「否定」だ。
私はたまたまこの世に生を受けた一人。たまたま王の子として生まれた稀な存在。決して特別などではない。
何故なら私は今、私の前で死んでいった者達と同じ顔をしているからだ。
恐怖に怯え、震え上がっている。
これが「否定」されるということ。
これが私の唯一知らなかったもの。
早く知っていれば、私は父のように英雄になれたのだろうか。
与えてくれなかった父をその点だけは恨む。
だが今更後悔してももう遅い。全ては過ぎてしまったこと、諦める他ない。
ただ一つ。
ただ一つだけ、どうしても分からない事がある。
どんなに記憶を遡っても、自分の否を見つけることが出来なかった。
何故私は「否定」されてしまったのだろう。それが分からないのが悔しい。
男は一つ、瞬きをした。
落とされたギロチンの刃が、男の首を地に落とした。