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第1話

 

 「……だっ、だっだだっ、だっ誰だお前は!」


 一言目から盛大にどもってしまった。

 そういや前回声を出したのはいつだったかな?

 うーん……確か三日くらい前、某掲示板のレスに対してツッコミを入れたきり、声を出していない気がする。

 それ以前となると……うーん、思い出せん。

 違う違う! 今はそれどころではない。

 そんな事は今はどうでもいい。

 目の前のこいつだ! 鏡の中で僕が映っているであろう場所に、ポカンと口を開けたまま突っ立っているこいつの事だよ。

 僕の部屋に鏡なんかあるわけがないので、今いる場所は一階のリビングだ。

 陽はまだ高いのだが、この時間は僕以外の家族は出掛けているので、カーテンは閉めっ放しである。

 電気も点けていないので、カーテンを通して入って来る陽の光だけが十二畳のリビングを照らしている、薄暗い状態だ。


 ちなみに一階に降りてきたのは、三日前お風呂に入った時以来。

 ずっと部屋で引き籠ってる僕には、お風呂なんて三日に一回で十分。

 それでも贅沢なくらいだ。

 トイレは二階の僕の部屋を出てすぐの場所にもあるから、一階には三日に一回くらいしか降りてくる理由がない。

 ご飯はお母さんが優しいから、部屋のドアの前まで持って来て置いていてくれる。

 ――って駄目だ駄目だ! また話が変な方向に曲がって来た。

 完全にパニックだな、こりゃ。

 しかし鏡の向こうでポカンと口を開け、こっちをガン見してる奴、……めっちゃイケメンなんですけれど?

 どこでどうやって生まれ育ったら、そんな王子様みたいになれんの?

 少女漫画から飛び出して来たみたいな顔しやがって! ……顔小っさ!

 しかしこのイケメン、何処かで見た事があるような……。

 うん、確かに……イケメンはイケメンなんだけれど、服装が酷い。

 元は白かったと思われる薄黄色っぽいヨレヨレのTシャツに、下半身丸出しの要モザイクという、とんでもないファッションセンスの持ち主だ。

 背もかなり高いし、肌蹴たTシャツの襟首の隙間から見える胸板には、結構筋肉も付いているように見えるので、彼自身は非の打ち所がないイケメンだ。恰好は最低だが。


 ……よく見ると片方の足首のとこに、布が丸まって引っ掛かってる。

 恐らくパンツだな、アレは。

 今現在、家には僕一人しかいない筈なので、このイケメンが下半身丸出しでこちらを向いていると事は、僕の貞操が危険って事か?


 イヤイヤないない。どれだけ特殊な変態でもそれだけはない。

 こっちは身長百五十センチで、体重は……体重計のメモリがグルンと勢い良く一周して以来量っていない。しかもそれ、一年近く前の話。


 更には最近、心なしか頭皮が寂しい。

 髪の毛も自分でハサミで切って散髪しているんだけれど、近頃手で掴める毛の量が凄く減ってきたと実感している。

 禿げた! とはまだ言ってないぞ。

 まだ諦めたわけじゃないけど、僕まだ十五歳っすよ……? 人生エクストラハードモード過ぎじゃね?

 イケメンもこんな僕を襲うとかチャレンジャー過ぎるでしょ!

 というか、これだけのイケメンに襲われるなら――いや、襲って貰えるのであれば、もう人生何もかも諦めるって、マジで。


 しかしイケメンは、先程からキラキラと輝く二重瞼の瞳で僕の事を見つめたまま一歩も動かない。

 うーん、そちらが動かないのであれば、ここはひとまず逃げさせて貰おう。

 そうと決まれば僕もイケメンを凝視したまま一歩ずつ後ろに下がって――ってアレ? 何故かイケメンも長い脚を一歩後ろに引いたよ? どうした? 何があった?

 アレか、流石に僕がキモ過ぎて、こいつは無理だと思ったのか?

 うん、分かる。痛い程分かるぞー! その気持ち!

 僕もその気持ちが分かるから、もう長い間鏡なんぞ見てないっての!


 ……ん? はて? そう言えば何で鏡を見る事態になったんだっけ?

 何か色々な事があった気がするんだけれど……。

 

 ……

 

 うん、とにかく状況がおかし過ぎて、頭が完全に追いついて来ない。 

 ちょっと状況整理も兼ねて、何があったのか一つ一つゆっくりと思い出していく事にしよう。




 

 僕の名前は山田健やまだたける十五歳。

 来月に高校の入学式を控えている。

 中学で思い出したくない程の壮絶なイジメを受け、一年生の終わり頃から無事に? 不登校になった。

 国の児童保護プログラムというヤツのお陰で、家から少し離れた、僕の事を知っている人がいないと思われる高校の受験に何とか合格したのだけれど、実際登校出来るかどうかは怪しい。

 また中学と同じようにイジメられるかも、と考えると……怖ぇよ。

 何とかして自分を変えていかないといけないな、と考えてはいるものの、毎日部屋に籠りアニメにゲーム、ネット三昧のどうしようもない生活を送っている、生粋のエリート自宅警備員ってヤツだ。


 家族はお父さん、お母さん、妹のくるみの三人……のはず。知らない間に増えていなければ。

 お父さんは海外に単身赴任中で、年に一回くらいしか帰って来ない。

 たまに向こうから、夜中に僕の携帯に電話してきて世間話をしたり、お母さんと出会った頃の惚気話を聞かされたりと、ほどほどに父子仲はいい感じ。

 今のところ新しい家族が出来たかも? という話はして来ないのでひと安心。

 僕の事をかなり心配してくれていて、それでいて直接は不登校の話題を振って来ない所を考えれば、かなり気を遣わせているのであろう。


 お母さんは病院勤めで、日勤やら夜勤やらを忙しく繰り返している。

 僕が中学でイジメられた時には、学校には行かなくていいと言ってくれたり、後の進路の事もかなり相談に乗ってくれた。

 かなり息子ラブなお母さんで、十五歳になった今でも、僕の事を「タッ君」と呼ぶ。

 正直止めて欲しい。

 今では引き籠りの僕に、ご飯を毎日作ってドアの前に置いてくれている。

 毎日ご飯と一緒に手紙が添えられていて、お母さんも凄く気を遣ってくれているのが伝わって来るので、僕も毎回ご飯を食べ終わった食器と一緒に、手紙を書いて添えるようにしている。

 手紙の内容は日々の感謝と将来の事とか。後はご飯ご馳走様って事。

 会話すればいいじゃん! と思うかもしれないけれど、この状態が長く続いてしまうと、いざ会話するとなるとなかなか難しいものがあるんだよなぁ。


 妹のくるみは一つ下の十四歳。

 来月から中三で受験生のはず。

 昔はお兄ちゃんお兄ちゃんと妹厨どもが喜びそうなくらい、僕にベッタリとくっついて来ていたのに――


 「臭い、キモイ!」


 と、少し前に言われてからは会話どころか存在しているのかすら怪しいくらいに出会わない。

 いや、実際には自分の部屋のドアをバタン! と強く閉めたり、隣同士の部屋なので、僕がアニメを見て笑ったりすると、壁ドンしてきたりしているので存在はしていると思うけれど……。

 心に負担が掛かるのであまり深く考えないようにしてる。

 まぁ出会わないというのも、僕が部屋から出ないので当たり前なのだが。



 以前、ご飯に添えられているお母さんからの手紙で――


 <どうやって新しい高校生活を過ごしていこうか?>


 と心配してくれている内容のものがあった。

 僕はどうしていいのか結論が出せずにいて、それでもお母さんに心配をかけない為にと冗談半分で――


 <今度発売されるVRMMOの世界で世間慣れでもして、会話も普通に出来るようになれば、新しい学校ではやっていけるんじゃないかなー>


 という軽い気持ちで書いた手紙を、食べ終わったエビフライとサラダの食器と一緒に添えた。

 でもVRMMOが手に入ったら、学校とか行く時間なくなるよね?

 間違いなく部屋に籠る時間増えるよね?


 

 そしてこの毎日の引き籠り生活の状況が、大きく変わる事になったのが今朝の出来事。

 日勤のお母さんと、妹のくるみが玄関から出ていく音を、自分の部屋から地獄耳を立てて確認した後、ドアの前のご飯といつものお母さんからの手紙を部屋に持って入る毎朝の日課。

 鼻歌交じりで部屋にご飯を運び入れ、頂きます! と朝食の揚げパンに手を伸ばし、かじりつきながら手紙を読んでいくと文章の最後に――


 <今日の朝、宅配便が届くと思うので受け取っておいてね! はぁと>


 と、書かれている所を読んでいる時に、玄関のチャイムが鳴った。

 普段なら玄関のチャイムが鳴ろうとも、僕が部屋を出る事はない。

 どうせ出ても、宗教の勧誘、新聞の集金、回覧板、○HKと碌な事がないのが分かっているからだ。

 しかし今日はお母さんからの宅配便予告が『はぁと』と一緒に送られて来ている。

 お母さんの愛と揚げパン同時は流石に重たいな、とか考えながら仕方なしに玄関に向かう。

 ハイハイ今出ますよー! とおばちゃんっぽく心の中でつぶやきながら玄関の扉を開けると、そこには見慣れないスーツ姿のお兄さんが大きめの段ボール箱を抱えて立っていた。


 しまった! 扉の覗き穴から、誰が来たのかを確認してから扉を開けるのを忘れていた。


 長い間玄関など開けていなかったので、覗き穴から誰が来たのかを確認するという、通常なら絶対に忘れる事のない、単純な必須作業をすっ飛ばしてしまっていた。

 明らかに黒○コさんや、佐○さんのような宅配便の恰好ではないスーツ姿の若いお兄さんを見て、緊急警報アラームが鳴り響く僕の心の中で、素早く訪問販売員認定を済ませた。


 「ィイィ、イラナイッス、サ、サーセン!」


 ドモリ全開で慌てて玄関の扉を閉めようとしたところで、スーツ姿の若いお兄さんに止められてしまった。


 「も、申し訳御座いません! 私、エンテンドウ・サニー社から参りました!」


 マ、マズい。喋りかけられた、喋らせてしまった! 不覚、これは長くなりそうなパターンの予感が……。

 あれ? エンテンドウ・サニー社って……何処かで聞いた事があるような無いような……ってあぁあぁーVRMMOの会社だ!

 この事に気付いた僕は、今までスーツ姿のお兄さんと、玄関のドアを引っ張り合っていた状態から一気に勢いよくドアを押してしまった為、スーツ姿の若いお兄さんに盛大にドアをぶつけてしまう事になってしまった。


 その後『すいません!』と『大丈夫です!』をお互いに応酬し合いながら少し気まずい空気のまま話は進んでいった。


 何やらスーツ姿の若いお兄さんの話では、VRMMO『OPEN OF LIFE』は初期設定の段階で、個人認証と登録を会社の社員でしなければいけないとの事で、今回みたいに購入してもらった家庭へと一軒一軒訪問して設定、登録しているのだそうだ。

 人類史上初めてのVRMMOだ。エンテンドウ・サニー社としては、万全の態勢で臨み、犯罪事故防止の為、セキュリティーとサポートを徹底しているみたいだ。

 今回の初回販売分で確か国内一万台だったかな。

 

 ……スーツ姿の若いお兄さん、ご苦労様です。


 

 「この度はお買い上げ誠にありがとうございました!」


 淡々と事務作業を終えた後、スーツ姿の若いお兄さんは営業スマイルと共に深々と頭を下げた後、忙しそうに次の現場へと車を走らせて行った。


 スーツ姿の若いお兄さんを玄関で見送る時、いや、正確には随分と最初の段階、スーツ姿の若いお兄さんが持っていた段ボール箱に書いてあった『OPEN OF LIFE』の文字を見てから、僕は完全に舞い上がっていた。

 お兄さんが何を言っていたのか、正直あまり覚えていない。

 だってVRMMOっすよ? まさかまさかのお母さんからのサプライズっすよ? 今日お母さんが帰って来た時にキチンとお礼を言おう! 手紙で。

 しかしお母さん、よく手に入れる事が出来たよな。

 かなりの競争率と金額だったはずでは?

 まぁそんな事は今はどうでもいいや。

 全力で部屋に戻るぜ! ヒャッハー!


 鼻歌交じりで二階へと続く階段を重い体で駆け上がり、今度は段ボール箱を部屋に運び入れ、テープをビリビリに破き、衝撃吸収材をわさわさと箱から取り出す。


 「来たー! キタコレーー!」


 過去に出した記憶がない程の大きな声で叫び、箱の中に入っていたヘッドギアタイプの本体を取り出し、脳内で適当に効果音を入れつつ両手で頭上高くに掲げた。

 他にも箱の中には色々と入っていたけど、今は無視無視。

 どうせ取説とかバッテリーの充電コードでしょ? 僕今までゲームする時に、取説とか読んだ事ないよ。

 しかしこのヘッドギア、まじまじと見てみると何やらスイッチっぽい物がたくさん付いている。

 電源やら、なんやらかんやらといっぱいあるのだけれど、まぁその辺のなんやらかんやらは、分からなくなった時にでも確認すればいい。

 最初に取説確認するのとかは、正直負けのような気がする。

 何に対して負けなのかはよく分からないけれど、なんか気持ち的に。

 しかしこのヘッドギアの色、……めっちゃピンク。ショッキングピンクってヤツだ。


 お母さん、この外見の息子に対してなぜショッキングピンクを選んだの?

 他にも何色かバリエーションがあったと思うのだが。

 ……まぁもしかしたらこのカラーしか入手出来なかったのかもしれないし、そこは別にいいか。

 贅沢言える立場でもないし、素直にお母さんに感謝だけしておこう。

 そこはいい。うん、全然いい。

 実は一つだけ、その他の所でどうしても気になる、不安な事がある。

 箱を開けた時に気付いた。

 そして両手で頭上に掲げた時に、不安から確信へと変わった。


 ……うん。

 うんうん、これサイズ小っさくね? 全っ然頭に入りそうになくね?

 僕の頭のサイズは今や元々の大きさに加えて、貯めに貯め込んだ脂肪のおかげで、顔の大きさもパンパンに膨れ上がり、恐ろしいまでのデカさに成長している。


 ちなみに箱のサイズが表示されている場所に書かれている文字はL。

 S、M、L、LL、EXLの五段階ある内のL。


 お母様……そこはせめてLLでお願いします!


 確かに長い間、お母さんとはお互いに顔を合わせる事が無かったのだけれど、それでも引き籠る前の時点で、既に僕の頭はLLサイズだったと思うのですが……。

 お母さんの中で僕のイメージは、随分と昔のままで止まってしまっているのだろうか?

 まだ僕が可愛らしかったあの頃……いや、そんな頃は僕にはなかったな、うん。


 ……


 淡い希望を抱きながら、ゆっくりと、ゆっくりとヘッドギアを頭の上にのせてみる。


 うん、無理無理。絶対無理。

 完全に頭の上にのっかってる状態。

 鏡餅? 雪ダルマ? そんな感じ。


 しかし慌てるのはまだ早い! 先程スイッチ類のなんやらかんやらを見ている時に、ヘッドギアの右側と左側の二か所に、幅を調整出来そうなアジャスターっぽいのが付いていたのを確認済である。

 ふふっ 僕の観察力をなめるなよ。


 「ここで一気にアジャスター全開!」


 片方のアジャスターを全力でスライドさせてみた。


 ……五ミリ程広がりました。

 つまり左右合わせて一センチってところか。


 もうここで絶望。

 一センチ広がったくらいじゃ全然足りないっす。

 こりゃ返品かな? とも考えたがスーツ姿のお兄さんの話を、完全に浮かれながら個人認証とかをハイハイと適当に聞き流して登録してしまったので、返品出来るのかどうかも怪しい。

 仮に返品出来たとしても人気商品だし、次にいつ手元に届くのか分からない。

 何よりもお母さんがせっかくサプライズで買ってくれたVRMMOだ。

 きちんとした高校生活を送れるようにと、きっと無理をして買ってくれたのだから返品なんて絶対したくない!


 「……よし! やってやる!」


 両腕の中でほんの気持ちだけサイズの広がった、夢と希望の詰まったショッキングピンクのヘッドギアを抱いて、僕は大きな覚悟を決めた。



 無理矢理押し込む、という余りにも無謀とも思える挑戦をする前に、先ずは頭に捻じ込む為の方法と道具を、散らかった自分の部屋の中に色々と準備してみた。


 お湯、石鹸、スプレータイプの潤滑油、上から叩く為の分厚い雑誌代表のジ○ンプ、怪我した時の為の消毒液、包帯。

 ロー○ョンは色々な所を探してみたけれど見付けられなかった。

 先ずはお湯で石鹸を泡立ててみた。

 頭に泡を乗せようとしたところで考えてみる。

 そもそも機械にお湯とか駄目だよね? ……感電とか怖いので止めておこう。

 冒険に旅立つ前から雷系魔法とか浴びたくないし! なんて上手い事言い過ぎか。


 そして今回の大本命である、スプレータイプの潤滑油。

 しかしこれって人体に使用しても影響ないのかなぁ?

 そもそもの使用用途が全く違うのだけれど。

 なんだか髪の毛がまたお寒くなりそうだけれど大丈夫か?

 試しにゴミ箱の上で、一度噴射してみる。

 ……うん、これもまた感電しそう。

 ん? 油は通電しないのだったか? 成分もよく分からないし……、ちょっと怖いからやめておくか。

 後はもう力技のみか。我ながら発想力が乏しいな。

 先ずは叩く前に一度ヘッドギアを頭に捻じ込んでみるか。

 ビンの蓋を閉める要領で上から抑えながら一定方向にグルグルと回す感じかな?

 いや、それともしばらく一定方向に回転させた後、今度は逆回転で少しずつ押し込む方が、顔の向きと合わせ易いか? 

 ……うん、こっちの方がいい気がする。


 でも、これってどこまで押し込めばいいんだ? ……うーん、ここは素直に取説を読むか。

 段ボール箱の中に放置したままの、分厚い冊子を取り出す。

 仕方がないなぁ……どれどれ――


 <ヘッドギア本体の電源を入れたまま、ヘッドギアが脳波と接続出来る状態になると、ヘッドギア本体からキュインと音が鳴ります、その後に接続ボタンを押して下さい>

 

 ……成程。つまりこれはゴールが見えない戦いになる可能性がある訳だな。

 少し押し込んだだけでキュインと鳴るかもしれないけれど、逆にサイズが全く合っていない為に、一番奥まで押し込んでも音が鳴らないかもしれない、と。


 ……怖過ぎる! 痛い思いだけして、結局は接続出来ませんでした! とか最悪。絶対に嫌。

 しかし嫌だ何だと言っていても先には進めないので、僕は覚悟を決めて戦う事にした。

 

 「でりゃぁあぁあぁあぁあぁあーーーー!」


 ヘッドギア本体の電源を入れてから、迷わず一気に押し込んでみた。

 すぐに止まるが、容赦なく押し込む。

 痛ってー! 超痛ってー! 切れる! キレる! 頭がキレちゃう!

 頭の回転が早いっていう意味じゃなくて、物理的に切り離されてしまぁあうぁあぁぁーーー!

 ぐりぐりと回転させながら押し込んでいるので、頭皮が擦り切れている感じがする。

 

 「フ、フヒィー! へ、変な声がぁ出へぇーぅあ!」

 

 もう、頭蓋骨の形から変えていくしかないのだけど、勿論そんな特殊技能持ち合わせていない。

 色々な場所からミシミシと変な音が鳴っているのだが、だ、大丈夫……かな?

 まだほんのチョットしかヘッドギアは入っていない。

 当然キュインとも、うんともすんとも音は鳴っていない。

 よし……! ここはジ○ンプ様の登場だ!

 上からページ数の重みを加えた衝撃で、勢いよくガシガシと叩いていく。

 更なる衝撃で頭の内側から、表面からと人間からは鳴ってはいけない音がプチプチと聞こえて来た。

 過去に味わった事がない痛みに、涙と変な汗が滝のように流れ出る。

 あぁ……これはヤバイ。アカンやつだわ。

 もうダメかもしれない……こんな死に方だけは恥ずかし過ぎる!

 恐らく『VRMMOでの人類史上最初の死亡者』として名を残す事になると思うのだけれど、このダサい死に方で夕方のニュースや、ネットの某掲示板をお祭り状態にするのだけは絶対に避けたい!

 

 更にガンガンと上から叩いていると、徐々に痛みが和らいで来た。

 何故かは分からないが、そんな事を考える余裕は一切ない。


 いよいよ痛覚も麻痺して来たみたいだ……。

 お母さん、馬鹿な息子でごめんなさい。

 親孝行出来なくてごめんなさい。

 恥ずかしい死に方で本当にごめんなさい、いやホントに。

 ガンガン叩きながら、懺悔のような事を呟き出し、いよいよもって意識を保っていられる限界を超えた所で、遂に待ちに待ったその瞬間ときが、ヘッドギアから告げられた。


 「……キ、キュイン?」


 い、今何か鳴った? 聞き間違い? なんか疑問形みたいな途切れそうな音が鳴ったような気がする……。

 も、もう一回鳴ってくれない、かな?


 「キュ、……キュイン?」

 「鳴るならもっとハッキリと鳴ってくれよー! 何で疑問形ー?」


 極度の痛みから思わず大声で叫んでしまった!

 物凄く音の鳴り方が不安なんだけれど、これで大丈夫なんだよな?

 とにかくこっちは既に限界突破しているんだから、とっとと接続ボタン押してやる!

 手探りで側頭部にある接続ボタンに手を掛けたんだけれど、ボタンのすぐ近くに、先程スイッチ類を確認した時には無かった亀裂のような隙間があるような、ないような……。

 まぁ、手で触った感じでそう思うだけでしょう。

 大丈夫、大丈夫! 気にしない、気にしない!


 「い、いざ! OPEN OF LIFEの世界へ! し、しゅっぱーつ!」


 ゲームを始める前から生死を彷徨うような格闘を繰り広げたんだけれど、このただヘッドギアを装着するだけの簡単な作業が、この後に大変な事件を引き起こしてしまったんだよなぁ……。



 

 ついにゲームに接続する所まで辿り着いた。

 長かったよなぁー、無駄に。

 自分の部屋にある、日々長時間過ごしている椅子に座ったまま、リラックスした状態で接続ボタンを押してみた。


 キュイーン! 接続スタート!


 頭の中に直接電子音が流れて来た。

 ヤベー! 超痛かったけれど、超テンション上がって来たー!

 そしていよいよゲームが始まる――というところで、自分の意識がヘッドギアの中に、スーっと吸い込まれていくような感覚に陥った。

 おぉー! これが所謂ゲームの中にダイブする! っていう感覚だな。

 アニメやラノベで、予備知識はバッチリだぜ。決して頭の痛みで意識を失ったわけじゃないよ?

 むしろ今は頭の痛みを全く感じない。

 ヘッドギアの締め付け具合から解放されて、凄くスッキリした気分だ。



 意識を取り戻し閉じていた瞼をゆっくりと開けると、狭くて真っ青な部屋に立っていた。

 なんか大昔にあった、初期型ファミ○ンのバグった時のブルースクリーンみたいな色で、天井、床、壁をベッタリと塗りつぶした感じの四畳半くらいの狭い部屋。

 気持ちがいいと言える部屋ではないけど、ゲームの中だと感じるには丁度いい、のか?

 そんな狭い真っ青な部屋の中で、何故か女の人と二人きりだった。

 民族衣装っぽい服装を纏っていて、スカート姿のその女の人も頭にはヘッドギアを装着している。

 顔の殆どはヘッドギアで隠れていて、口元以外はよく分からない。

 スカート姿なのと、何となくの体格で女の人だと判断した。

 しかしじっくりとその女の人を観察してみると、体の至る所でノイズが入ったように見える時がある。


 ……どれだけリアルに再現されていても、やっぱりこういうのは仕方がないのかな?


 僕、さっきからこの女の人をジロジロと見ているんだけど、この人もゲームのプレイヤーなのかな?

 そ、それだったら超失礼な事をしているのではないか?


 「ヨウコソOPEN OF LIFEノ世界ヘ! マズハぷれいやーあばたーヲ設定シテ下サイ!」


 いきなりしゃべり出した。

 物凄くロボットっぽく、尚且つノイズ交じりの声だ。

 取りあえず彼女の見た目と声から、ノイズのノイ子さんと勝手に名付けておく。

 ノイ子さんは恐らく初期設定や、ゲームシステムの解説をしてくれるキャラクターなのだろう。

 そのノイ子さんが部屋の隅へ移動し、右手の掌を広げて頭上高くに上げると、狭い部屋の中にもう一人のアバターが突然姿を現した。


 「コチラガアナタノあばたートナリマス。今カラ自由ニかすたまいずシテ下サイ!」 


 ノイ子さんはカクカクとした動きで部屋の隅まで移動し、そのまま固まって棒立ちになった。


 ……いきなり目の前に人が出てきたらビックリするでしょうが! 先に何か言ってから登場させてよ!


 部屋に突如現れたアバターをじっくりと観察してみる。

 ……しっかし、酷いアバターだなこれ。

 男だとは思うのだが、ホントに人間か? というくらい酷い顔してる。

 身長は僕と同じくらいで、すんごいデブ。

 顔もすんげー脂ぎってるし。

 何を食べたらこんな事になるんだ?

 しかもかなり禿散らかしている状態。

 たまにある、ギャグで面白おかしく作ってみました! 的な感じか? 全然笑えねー。

 でもどこかで見たことあるぞ、このアバター。

 ああそうか、これ現実リアルでの僕だわ。


 えぇー! これが僕? こんなに酷かったのか? ウソでしょ? 凹むわ……。


 とにかく少しでも早く目の前の醜いアバターを消去する為、アバターぶたと一緒に現れた僕のすぐ隣の空中に浮かんでいるタッチパネル式の画面を操作する。

 うりゃー、こんな僕の偽物はさっさと消去消去! 消去ボタン連打!


 やってやる、やってやるぞー!


 そしてじっくりと時間を掛け、自分のアバターをフルカスタマイズしていく。


 身長百八十五センチで体重六十五キロの、細身で筋肉質な体へ。

 肌の色は透き通るような色白で、瞳の色はエメラルドグリーンで綺麗な二重瞼だ!

 顔立ちは中性的な美形の超小顔で、女の子でも通じる可愛らしい感じにした。

 髪型は少女漫画に出て来て――


 「君のこと、絶対に離さないから!」


 とか恥ずかしいセリフが堂々と言えるような、サラッサラでふわっふわな感じの、品のある金髪に設定。


 まぁ、見事に現実リアルの自分のコンプレックスの部分を真逆にしたアバターに仕上げた。

 たまに妄想する時にイメージする理想のイケメン像を、細かく何度も何度もリテイクしながら見事に細部まで表現してやったよ!

 芸能人やアイドルでさえも、男なら隣に立つ事を全力拒否したくなる、超絶イケメンを作ってやったぞ!

 それでいて整形したみたいな造られた感じにはならずに、ごく自然な雰囲気を表現する事が出来た。

 最早この出来栄えは匠の域に達していると言えるだろう。


 しかしこのアバター設定、かなり細部まで表現出来るのでビックリした。

 僕はヒューマンタイプのイケメンにしたけれど、他にも様々な種族を選択出来たみたいだ。

 でも名前を設定する画面が出てこなかったけれど、また後で決められるのか?

 それともゲームの設定上で最初から決まっているのか? うーん、分からないから取りあえず次に進もう。

 

 「ノイ子さん、設定終わりましたよー! 次のステップに進んでー!」


 目の前の画面にある、次に進むコマンドを選択した。

 するとノイ子さんは、漸く棒立ちの状態から解放された。

 長い間待たせてしまってごめんなさい。


 「ソレデハ現在、ゴ自身デ設定サレタあばたーヲ登録サセテ頂キマス。一度決定シタあばたーハ、再度変更スル事ガ出来マセンガ、本当ニヨロシイデスカ?」


 「OKでーす!」


 返事をしながら『YES』のコマンドを指で軽快にはじく。

 ……コマンド選択するの面倒だから、声で認識してくれないかな?

 なんて要望を脳内で出していると、ノイ子さんは何やら作業している感じに動き始めた。


 そろそろゲームの説明でもしてくれないかな。

 このOPEN OF LIFE、エンテンドウ・サニー社がかなり秘密裏に企画、開発していて、詳しいゲーム内容を全然公表していない。

 まぁ剣や魔法が使えて冒険が出来る、っていう事が分かっているので、それだけでも十分かな。


 しかしノイ子さん遅せーな、いつまでやってるの?

 ……アレ? さっきまで忙しく作業している様子で動いていたのに、なんだか動き止まってね?

 もしかしてフリーズか? 体を覆ってるノイズが酷くなってるよね?


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