真実と絶望
又しても遅れてしまい本当に申し訳ありません!
それではどうぞお楽しみ下さい
「ん? んん? よく見たらお主メルトじゃないかのう? 」
サクヤは眠たげな目のまま辺りを見回したかと思うと、不意にメルトの所で視線を止めた。
そして数回瞬きした後、サクヤは首を傾げた。
巨大な体に似合わない可愛らしい仕草のせいで、ダンジョンの中にも関わらず、警戒心を解いてしまいそうになり、慌てて気を引き締め直す。
「久しぶりじゃの、サクヤ殿。 」
「ふぁ~、そうじゃのー本当に久しぶりじゃ。 してお主何故ここにおるのじゃ? 前のように私に戦いを挑みにきたのかの? 」
「いや、ちょいと違うな。 お主と戦うのは確かに魅力的ではあるが……今日戦うのは儂では無い。 こいつ等じゃよ。 」
「こいつ等じゃと? 」
サクヤと話していたメルトが僕達の方を指差すのにつられて、サクヤの青色の瞳が僕達を見つめた。
いきなり正面から見られて、体が膠着してしまうのと同時にサクヤの透き通るような青色の瞳に吸い込まれそうになってしまう。
数秒程サクヤと見つめ合っていたら、何故かいきなりフェルに肘打ちをくらい、アレスには脇腹を抓られた。両方共地味に痛かった。
もう一度向き直った時に見たサクヤの顔を何処か落胆している様に感じられた。
とゆうかあからさまに溜め息ついてるし、僕の横にいるフェルが怒りを耐えるかの様にプルプルしていた。
どうやら今までの事を反省して、必死に我慢しているみたいだ。ご褒美に撫でてあげると、さっきまでの怒りが嘘みたいに尻尾を振り始めた。
ちょっとした悪戯で耳を摘んで、捻るとビクッ!と震えた後地面に座り込んでしまった。そして赤い顔のまま、殺気がかった目で僕をジロリと睨んできた。
恐らく敏感な所だったんだろう。怖いから触らないように気を付けよ。
「―――――おい、メルトよ。 ホントに此奴らが戦うのか? 緊張感の欠片も無いのじゃが、大丈夫か? 」
「ま、まあ少なくともそこにおる男の実力は保証しよう。 なんせ殆ど一人で儂を倒したのだからの。 他の二人は……自分の目で確かめてくれ。 」
「ふむ……お主の折り紙付きか。 それは……期待できそうじゃのう。 」
メルトの自信ありげな顔を見たサクヤは突如先程迄ののんびりしていた雰囲気を霧散させ、好戦的な目で僕の事を睨んできた。
ヤバイ。やっぱこの人もメルトと同類だ。完全にさっき迄と雰囲気が違う。
思わず圧倒されそうになるが、どうにか踏みとどまり睨み返すと、それさえも嬉しいのかにやりと笑った。
「成程、成程。 私が見誤っておったようじゃの。 中々どうして良い目をしておる。 気概も十分そうじゃの。 」
「出来ればお手柔らかにして欲しいんだけど……無理っぽいね。 」
「当たり前じゃ!! ククク、久々に興奮してきたわ。 さて、小僧。 お主が望むのは己の力を試す試練か? それとも……命を掛けた決闘か? 」
サクヤはまるで試すかの様に僕に質問を投げ掛けてきた。出来れば試練の方が良いけど、あの顔を見る限り選ばせる気は微塵も無さそうだ。
ちらりとサクヤの顔を見ると、今か今かと目をキラキラさせながら僕の回答を待っていた。そのまま流し目でメルトの方を見ると、此方に気付いたのか親指を立ててウインクしてきた。
無性にイラっときたので後で殴っておこう。そんなどうでもいい事を心に誓うと、僕は静かに息を吐き出した。
不思議なことに何時も襲ってくる緊張は無く、寧ろリラックス出来ていた。
僕は覚悟を決めると、サクヤの方へ一歩、又一歩と近付いていく。
サクヤの方は待ちきれないのか、体をウズウズさせていた。
そして僕は数歩進んでいき、サクヤと真正面から対峙した。
「さあ、小僧。 試練と決闘。 お主はどちらを選ぶ? 答えを聞かせてもらおうか。 」
分かりきっている事の筈なのに、サクヤは確認するように尋ねてきた。
それが可笑しくて何時しか僕も笑っていた。気合は十分。加えて体の何処にも異常が無いことを再度確認した後、僕は答えを告げるために口を開いた。
「答えなんて決まってるよ。 僕が望むのは決と―――」
しかし、答えようとした僕の言葉は―――――
「ちょっと、待ったーっ!!! 」
フェルの絶叫によって最後まで言うことは叶わなかった。
「おい、貴様。 一体どうゆう了見で私達の邪魔をした。 答えによっては……貴様、殺すぞ? 」
良い所で水を差されたせいか、サクヤはさっき迄の上機嫌が嘘に思えるような殺気混じりのドスの聞いた声を出しながらフェルを睨みつけた。
サクヤ程では無いが、離れた所にいるメルトも何処か不機嫌なように感じた。かくゆう僕も二人よりは低いが邪魔をされて、気が立っていた。
唯一アレスだけが何も感じていないのか、特に機嫌が悪そうでは無かった。
そして事の発端であるフェルはというと、此方もサクヤ同様殺気を迸らせながら、サクヤを睨みつけながら自分の武器である鎖を握りしめていた。
よく見ると鎖の先端にジャマダハルが取り付けられているようだが、それについて聞くことは明らかに無理だ。とゆうかどう声を掛ければいいのかが分からない。
「何で止めたかって? それはこっちのセリフだよ。 何二人だけで始めようとしてるんだよ。 」
「は! 笑わせてくれるのう。 お主もしや自分も一緒に戦うなどと吐かす訳ではあるまいな? 」
「だったら、何だよ。 」
「冗談にしては笑えぬぞ? お主如きの力で私と対等に渡り合えるとでも思っておるのか? のう、犬っころ? 」
サクヤは嘲るように、馬鹿にするようにわざとフェルを挑発するような言葉を次々と投げかけていく。
サクヤが一言発する度にフェルの殺気が膨らんでいき、今にも飛びかかっていきそうだ。
「黙れよ。 」
「黙れじゃと? それこそ私のセリフじゃ、お主が黙れ。 私は早うそこにおる小僧と戦いたいのじゃよ。 貴様のような犬っころに構っておる時間など無いからのう。 」
「黙れって言ってんだろうが!! 」
「ちょっとフェル待っ―――― 」
サクヤの再三の挑発に耐え切れなくなったフェルは叫び声を上げながらサクヤに飛び掛かった。
それを見ていた勇気が咄嗟に止めようとしたが、一瞬だけ迷ってしまいフェルを止めることは叶わなかった。
「犬っころの分際で私に立ち向かうか! その心意気だけは買ってやろうぞ、この犬っころ!! 」
「黙れ!!! 」
再度叫び声を上げたフェルはサクヤに向かって手に持っている鎖を投げた。
先端にジャマダハルを取り付けられた鎖は一直線にサクヤに向かって飛んでいくが、あっさりとサクヤが持ち上げただけの腕によって止められてしまった。
サクヤの体を覆っている鱗に当たったジャマダハルは砕け散り、それを見たサクヤがあざ笑うような笑みを浮かべ、フェルは悔しそうに歯を食いしばった。
「だから、言ったじゃろう。 お主では相手にならんとな。 分かったなら、さっさと退け。 」
フェルを見下ろしながら、サクヤが止めるように言うが、フェルは聞く耳を持たずに、再度攻撃をし始めた。
次々と放たれる攻撃を物ともせず、サクヤはその全てを腕一本で防いでいく。
次第に鬱陶しくなったのか、サクヤが腕を振り払い、その時に起こった風圧だけでフェルは吹き飛んでしまっていた。
勇気以外の二人は必死に食らいついていくフェルに何かを感じたのか、止めに入ることもせず、ただじっとその戦いを見守っていた。
「アレス! メルト! 二人共何で黙って見てるの!? 早くフェルを止めないと! 」
「すみません、勇気様。 私は止めない方が良いと思います。 」
「ちょっと、アレス!? 何言ってるの!? 」
今まで口を閉ざしていたアレスから聞いた予想外の言葉に勇気は驚きを隠せず、思わずアレスの肩に掴みかかってしまっていた。
直ぐに我に返った勇気はアレスの肩から手を離したが、納得しているようではなく、説明をして欲しいとアレスを見た。
しかしそこで返答したのはアレスではなく、意外なことにメルトであった。
「勇気よ、フェルの邪魔をしてやるな。 事情はよく分からんが、どうやらあやつにとって譲れぬ何かがあるようじゃしの。 そこに関わるのは野暮というものじゃろ? 」
「で、でも……万が一フェルが殺されるなんてことになったら……。 」
「まあ、その点は大丈夫じゃろ。 サクヤ殿は見た通り好戦的じゃが、誰彼問わず殺すような奴では無いからの。 フェルの奴は挑戦か決闘かの問答に答えてもおらぬしの。 」
「……ホントに大丈夫なの。 」
「ああ。 まあ、駄目じゃったらお主が止めるだけじゃ。 」
メルトの返答に勇気は釈然としないながらも一応納得はしたのか、フェルとサクヤがいる方へと向き直った。
無論先程メルトが言ったように何時でも助けに出れるように、警戒しているようではあった。
それを見たメルトは一度満足そうに頷いた後、自身もフェルとサクヤとの戦いを見逃すまいと視線を元に戻した。
そこでは先程と変わらずフェルが攻撃を仕掛け、向かってきた攻撃をサクヤが弾き返すという光景が繰り広げられていた。
「ええい! いい加減鬱陶しいぞお主!! 一体何なのじゃ、さっきから!! 効かぬというのがわからんのか!! 」
「五月蝿い! お前は僕が倒すんだ! それで僕が弱くないことを証明して、お前からここのボスの座を奪い返してやるんだ!! 」
「?? お主一体何を―――― 」
言っとる?と続けようとしたサクヤの言葉はフェルの攻撃によって遮られてしまう。
此方の言葉に全く耳を傾けようとしないフェルとフェル自身が言い放った言葉をサクヤが怪訝に思い、眉を顰めるがそれを気にする間もなく次々とフェルの攻撃が叩き込まれていく。
しかし鎖を巻きつけても呆気なく破壊され、サクヤに向けて投げたジャマダハルは刺さることも無く地面に落ち、次々と砕かれてしまっていった。
フェルが全力で放った巨大な氷柱さえサクヤの鱗に傷一つ付けること無く、粉々にされてしまい、傍から見てもフェルの劣勢は明らかであった。
それでも諦めようとしないフェルに何を思ったのか突如サクヤは攻撃の手を休め、フェルの攻撃を受けながらじっとフェルを見つめた。
攻撃をし続けたフェルもサクヤが行った突然の行動に驚き、攻撃の手を緩めると、口を開いた。
「ねえ、何で反撃してこないの? それとも僕の攻撃なんか反撃の価値も無いってこと? 」
悔しさを隠そうとせずにフェルが告げた言葉にサクヤは首を横に振った。
「いいや、違う。 そうではない。 」
「だったらなんでさ? 」
「何一つ質問がしたくてな。 」
「質問? ……まあ、いいや。 で? 何質問って? 」
「いや何先程お主が言ったボスの座を奪い返すって言葉が気になっての。 あれは一体どうゆう意味じゃ? 」
「どうゆう意味かって? そのままの意味だよ。 僕がお前に奪い取られたこのダンジョンのボスの座を返してもらうってゆうな!! 」
サクヤがした質問にフェルは声を荒げながら言い返した。
だがフェルが言い放った言葉にサクヤは今まで以上に首を傾げてしまっていた。
不思議なことにそれを聞いていたメルトもフェルの言葉に疑問を抱いているようだった。
「お主は何を言っとるんじゃ? 奪うも何もここのボスの座は何百年も昔から私のものじゃぞ? 」
「はあ? 何を言って―――― 」
「のう、メルト。 そうじゃよな? 」
サクヤの反論に言い返そうとしたフェルの言葉はサクヤがメルトに向けて言った言葉によって遮られてしまった。
自然とこの場にいる全員の視線を浴びながらも、メルトは特に気にせずにサクヤに頷き返した。
「ああ、サクヤ殿の言う通りじゃ。 ここのダンジョンのボスはずっとサクヤ殿の筈じゃぞ? そもそも変わることなぞ出来んしな。 」
メルトの口から放たれた言葉に勇気とフェルは固まってしまい、予想外の事を言われたせいか混乱していた。
(どうゆうことだ? メルトとサクヤは嘘を言ってるようには見えないし……フェルが僕達を騙してた? いやでも――――― )
「嘘だ! 」
色々と考えていた勇気の思考はフェルの叫び声によって中断されてしまい、勇気ははっ!と我に返った。
我に返った勇気が目にしたのはメルトに殴りかかろうとしているフェルの姿だった。
「フェル!? 何してるの!! 」
「放してよ! こいつらは揃って嘘を言ってるんだ!! そうに決まってる!! 」
「一旦落ち着こうよフェル! 二人にそんな事しても何も得することが無いの分かってるでしょ!? 」
慌てて勇気が近づき、フェルを捕まえるが、フェルは必死に拘束から逃れようとジタバタと暴れた。
次第に無駄だと分かったのかフェルが暴れるのを止めたのを見計らって、勇気はフェルの拘束を解いた。
そこに少し遠くにいたサクヤがのしのしと近付いてきた。
又飛びかかろうとしたフェルを間一髪の所で勇気が押さえ込み、サクヤが安堵の息を漏らした。
「すまんな、小僧。 私だと押さえつけようにも寝起きのせいか上手く加減が出来なくての。 危うく潰してしまいそうになってしまうからの。 」
「ははは。 」
サクヤから飛び出した冗談では無さそうな言葉に勇気の口から乾いた笑い声が漏れた。
サクヤ本人は勇気の態度に特に反応すること無く、未だ勇気によって押さえつけられているフェルに視線を向けた。
「さて、何はともあれ問題はお主のことじゃな。 おい、犬っころ。 」
「何だよ。 」
「お主種族は何じゃ。 」
サクヤの質問の意味が分からずフェルは首を傾げるが、隠すことでも無いと判断したのか言い返すこともなく普通に自分の種族を教えた。
「僕の種族は今はフェンリルで、前はグレイシアウルフだったけど。 何なの一体? 」
意味が分からないという顔で言ったフェルの言葉に何故かサクヤは眉を顰めて黙り込んでしまった。
「グレイシア……ウルフじゃと? そんな種族このダンジョンにはおらんは―――――― 」
「ん? どうしたサクヤ殿? 」
突然言葉を打ち切ってしまったサクヤにメルトが心配そうに声を掛けるが、反応は無く、あたりに静寂が訪れる。
勇気によって押さえつけられているフェルさえ怪訝そうな顔をする中、もう一度メルトが語りかけようとした時、突如サクヤの体がドクンっと鼓動した。
徐々にその音は大きくなっていき、同時にサクヤの体から黒い瘴気のような物が漏れ始める。
「が、がああああああああああ~~~~っ!!!! 」
「メルト! これ一体どうゆうことなの!? 」
「分からん!! おい、サクヤ殿!! 返事をせんか!! 」
「ぐぅ! お主ら……に……げ……ろ…… 」
「くそっ!! とにかく一旦離れるぞ!! 」
突然の出来事にパニックになりながらもメルトの言葉に従って僕達はサクヤから全力で離れていった。
その間にもサクヤは叫び声を上げ続け、ある程度距離を取った後振り返った時に見えたのは、少しずつ変わっていくサクヤの姿だった。
美しかった金色の鬣や鱗は黒く染まっていき、綺麗な青色の瞳は血のような赤色に変化していっている。
固唾を飲んで、見守っていると、遂にサクヤの体は完全に別の姿に変わり果ててしまっていた。
そこにはさっき迄感じられていた眠たげな雰囲気や神々しさなど一切感じられない、ただ禍々しい存在になってしまったサクヤがいて、じっと僕たちを見据えていた。
「ちょっと! サクヤ一体どうしちゃったの!? あの姿何!? 」
「儂が分かるわけなかろう!! 」
「!? 勇気様! メルト! 避けてください! 」
アレスの声に後ろを振り返るとサクヤが腕を振り下ろそうとしてきたのが見えて、慌ててそこから飛び退く。
着地した僕達の目に入ってきたのは、口をにんまりとして、不気味な笑みを浮かべているサクヤの顔だった。
もうそこにいる存在には先程迄会話していたサクヤの面影など一切感じられず、完全に別の存在になってしまっているようだった。
「おい! お主一体誰なんじゃ!! サクヤ殿に何をした!! 」
メルトが怒りを露わにしながらそいつに怒鳴るが、そいつはただ不気味な笑みを浮かべているだ。
痺れを切らしたメルトが手に持っている薙刀を振るおうとしたら、いきなりそいつは口を開いた。
「ヒャハハハハハ!! まあまあ、そう怒るなよ、爺さん? 怒るとただでさえ短くなってる寿命がさらに短くなるぜ? ヒャハハハハハ!! 」
突然喋りだしたそいつはサクヤとは別の声で馬鹿みたいに笑いながら、此方をおちょくったように喋り始めた。
その声を聞いて僕は目の前にいる存在が完全にサクヤでは無くなってしまった事を認めざるをえなかった。
僕の横にいるメルトは何かに耐えているのか、薙刀を握りしめているようで手から血が滴り落ちていた。
「その耳障りな笑い方を止めんか! もう一度聞くぞ? お主は一体何者じゃ!? サクヤ殿に何をした!? 」
「いいぜ、いいぜ、答えてやるよ。 よく聞けよ? 俺様の名は七つの大罪が一人! 強欲のマモン様だぜ、糞ジジイ? ヒャハハハハハ!! 」
「では、マモンよ、次の質問じゃ。 サクヤ殿に何をした! 」
「あ〜ん? 見りゃ分かんだろ、糞ジジイ。 此奴の体は俺様が乗っ取らせてもらったのよ。 ああ、安心しな? 一応生きてはいるぜ? 無事に元に戻れるかは別だがな? ヒャハハハハハ!! 」
マモンと名乗ったそいつはずっと馬鹿みたいに笑って、此方を挑発するように話しかけていた。
メルトも相手が態と感にさわる言い方をしてるのが分かっているのか、迂闊に飛び出せないようだった。
同様にフェルとアレスも武器を構えたまま、マモンの動きを見張っていた。
「何だよ、ノリ悪いな。 てっきり飛びかかってくるかと思ったのによ。 じゃあ、どうするかな……て、そうだよ! お前がいるじゃん! グレイシアウルフ!! 」
馬鹿みたいな笑い方を止めて、いきなり真面目にブツブツ言っていたと思ったら、マモンは突然フェルを指差した。
差された本人であるフェルは突然呼ばれたからかビクッと一瞬震えたが、直ぐにマモンを睨みつけた。
「突然何? 」
「いや、いや、俺様お前にお礼を言いたくてよ~。 お前のお陰で色々助かったぜ? 」
マモンの親しい友人にするみたいな接し方にフェルは目に見えて動揺していた。
「お前何を言ってるの? 僕はお前を助けた覚えも無いし、お礼を言われる筋合いも無いんだけど? 」
「ヒャハハハハハ! まあ、そうだわな。 その通りだよお前が正しい。 お前は俺に一度もあったこともねーし、況してや会話したのも今のが初めてだ。 」
「だったら――――― 」
「ただし!! 」
フェルがマモンの言葉を否定しようとしたのを、マモンはいきなり叫び声を上げて邪魔をした。
その顔は種明かしをするのを楽しんでいるような、自分の思い通りに事が進んだことが面白くて堪らないというような表情だった。
それとは逆にフェルの顔は不思議な事にマモンが口を開くごとに青ざめていき、追い詰められていっているみたいだった。
見た感じマモンが口から出任せを言ってるようには不思議と見えない。かと言ってフェルが嘘をついているようにも僕には見えなかった。
アレスとメルトの二人も同じ思いなのか、マモンが次に言い出す言葉を黙って待っていた。
「ただしな、グレイシアウルフ……ああ。 そう言えば今はフェルって名前だったか? まあ、どっちでもいいんだが……。 ただしなフェル。 お前が知らなくても俺様はお前の事をよく知ってるんだよね~? 」
「? それは一体――――― 」
どうゆう意味?とフェルが聞き返すよりも早くマモンは驚く事を口にした。
「簡単なことだ。 お前を生み出したのは俺様で、お前に偽の記憶を与えたのも俺様。 ついでに言うと、そこにいる餓鬼と出会えるように仕向けたのも……俺様だぜ? 」
マモンの告白にフェルを含めたメルトを除いた三人に衝撃が走った。
マモンの言った事をそのまま信用すると全て奴の手の平で踊らされていたことになる。
マモンの言った事は信用したくないが、そう考えると辻褄が合ってしまうことが幾つもあった。
それが事実ならメルトやサクヤがフェルの事を知らなかったことも、サクヤの言ってる事と、フェルの言っていた事が食い違っていたことに説明がついてしまう。
僕と同じ結論に行き着いたらしいアレスが普段では見ない青ざめた顔をしていた。
アレスは首を何度も横に振って、否定していたが、ハッと我に返ったかのように自分の後ろに振り返った。
そこには酷く狼狽しながら頭を抱えて蹲ってしまっているフェルの姿があった。
フェルには普段の明るさなど一切感じられず、マモンが言った事を認めないように必死に抗っているようだった。
それを見たマモンは悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みを浮かべながら、嬉しそうに此方を見ていた。
「ヒャハハハハハ! なあ、今どんな気分なんだ? 今まで信じていた事が全くの嘘だと、全て自分以外の誰かに仕組まれて、その上を歩かされてただけだったてのはどんな気分なんだ? なあ、どんな感じなんだよ? 教えてくれね~か? ヒャハハハハハ!! 」
「貴様っ!! 」
「あ~ん? 何だよ爺さん。 やんのか? かかってこいよ? まあそんなことしてこの体の持ち主がちゃんと元に戻れるかは知らねーがな? ヒャハハハハハ! 」
手を出したくても出せない状況に、メルトは悔しそうな顔をした。無闇に攻撃した場合サクヤにどんな影響が出るか分からない状態では此方から攻撃するのはあまり得策ではない。
マモンは此方が攻撃できないのを分かっているのかさっきから好き放題言ってきている。
フェルは先程からアレスが必死に語りかけているが反応が返ってくることなく、うわごとのように何かをブツブツと唱えていた。
僕自身もどうしたら良いのか途方に暮れていると、ふらりとフェルが立ち上がった。
「フェ、フェル? 」
アレスが心配そうに声を掛けるが、何も反応せず、虚ろな目のまま、マモンのほうをジッと見ていた。
そこには一切の生気が感じられず、人形になってしまったと言われても信じてしまいそうな程冷たい空気を纏っていた。
僕達が黙ってフェルの挙動を見ていると、フェルは一歩、一歩さながら幽霊のようにフラフラとした足取りでマモンに向かっていく。
「あん? 何だよ。 何か言いたいことでもあるのか? 」
「―――だ。 」
フェルがぼそりとマモンに呟いたようだが、その声はマモンはおろか僕達の耳にすら入ってこないような小さな声だった。
「あ? 何か言ったか? よく聞こえねーなー? 」
「――――そだ。 」
マモンが聞き返すが、もう一度呟いた言葉もか細く僕達の耳に入ってこなかった。
次第に苛々しだしたのか声を荒げながら、マモンがもう一度聞き返した。
「だーかーら! もっと! 大きな声で! 言えって言ってんだろうが! 何も聞こえねーんだよ!! 」
「嘘だ!!!!! 」
マモンが苛立たしげに叫び声を上げた時、ピタッとフェルが歩みを止めたかと思ったら、突然カッと目を見開いたあと、今まで聞いたことが無いような大声を上げて、マモンにつこんでいった。
突然加速したフェルの動きに僕もアレスもメルトも反応出来ずに固まっていると、はぁとマモンが溜め息を吐きながらフェルをめんどくさそうな目で見た。
「ガアアアアアァァァァッ!!! 」
「あのさー、もう少し現実を受け入れようぜ? どんだけ喚いたって事実は事実何だしよー。 」
「黙れ! お前が言ってることは全部嘘だ! 僕は僕の意思でここにいるんだ! お前なんて関係ない! 」
「まあ、お前の言いたいことは分かるし、現実に抗うのもいいと思うけどよ。 そんなに現実甘くないぜ? 」
「五月蝿い! お前はとっとと死ねぇぇぇぇ!! 」
フェルが怒号をあげながら、一直線にマモンに向かって走っていく。そして手に持った鎖をマモンに投擲しながら、マモンの体を囲むように次々と鎖をあらゆる場所から取り出していく。
鎖はジャラジャラと音をたてながらマモンに絡みついていき、体の自由を奪っていった。
しかしマモンはそれを全く気にすること無く、徐ろに人差し指をフェルに向けた。
それを見た瞬間嫌な予感が僕の胸を過ぎり、僕は全力で駆け出した。それにつられるように、アレスとメルトも僕の後に続いて駆け出していく。
「駄目だ、フェル! 逃げろ! 」
「残念。 もう遅いよ。 もうさフェル、お前みたいに現実見れずに、受け入れようとしない奴はさ―――――― 」
マモンがフェルを差している指の先端に徐々に電気が集まっていき、バチバチと帯電を始めた。
マモンの指から雷が放たれて、フェルに向かっていく光景がゆっくりと、流れていく。
僕はフェルを助けるために必死になって、手を伸ばす、が。
「フェル! 」
ズカァン!という音が響き渡り、辺りに眩い閃光が襲いかかる。
「フェルゥゥゥゥゥゥ! 」
無意識の内に僕は叫び声を上げていた。僕は何が起こったのか理解できずに、頭が真っ白になってしまっていた。
まだ一緒に行動して、少ししか経っていないが、色々な記憶が僕の頭にフラッシュバックしていく。
僕の作った物を美味しそうに食べたり、アレスに怒られて泣いていたり、メルトに自分の力が通じなくて悔しそうにしていたり、メルトといがみ合いながらも楽しそうにしていた僕達と変わらない何処にでもいる普通の女の子。何時の間にか僕にとっているのが当たり前のように感じていた僕にとっての掛け替えのない大切な仲間。
走馬灯のようにフェルとの何気ない一瞬、一瞬が僕に頭の中にフラッシュバックしていった。
お願いだから……
お願いだから、無事でいてくれ!
僕達があまりの光量に咄嗟に目を庇い、僕が無事を祈りながら、数秒後腕を外すと、土煙が辺りを覆い隠し、ときおりパラパラと瓦礫が地面に落下してきていた。
少しして土煙が晴れると、そこには大きな穴が空いており、フェルが持っていた筈の鎖の先端だけが残っており、それも時間とともに消え去っていった。
「嘘だ、フェル……。 」
「嘘……ですよね? 何処かにいるんでしょ! 出てきてください、フェル! 」
「貴様! よくもフェルを!! 許さんぞ!!! 」
フェルがいなくなってしまったことを受け入れきれず、僕は膝から地面に崩れ落ち、アレスが涙を流し、メルトが涙を流しながらマモンに薙刀を向けて叫び声を上げる。
そんな僕達を見た呆れたものを見るような目で僕達を見ると、まるで落胆するように息を吐いた。
「あのさー、たかが一人死んだくらいで、何そんな取り乱してんの? しかもあんな欠陥品が消えてなくなっただけだろ? 」
「フェルが……欠陥品? 」
「だって、そうだろ? たかが自分が他人に操られてたこと知っただけで我を忘れて突っ込んでいてさ。 そもそもあんな奴の攻撃が俺様に通じるわけ無いんだけどね? 」
ヒャハハハハハ!とマモンは人を馬鹿にする笑い方をしながら、ひどく楽しそうに何度も何度も笑い声を上げる。
その、人を馬鹿にし、貶しめ、嘲り、蔑み、侮辱する笑いが聞こえて来る度に言いようの無い怒りが僕の中を満たしていく。
「おいおい、何だよその目はよ!? 俺様別に悪くねーぜ? 全部現実を受け止められなかったり、あいつを守ることが出来なかったお前らの弱さが原因だろうがよ! 違うか? 俺様みたいに強けりゃ何の問題も無かった。 そうじゃねーのかよ!? どうした、何か言ってみろよ! この弱者どもが!!」
不思議とマモンが言っていることを否定することが出来なかった。
ああ、そうか、僕が弱かったからか……。僕が弱いから大切な物を守ることも、救うことも出来ないのか……。
先程迄感じていたマモンに対しての怒りが薄まっていき、何故か自分自身の情けなさに腹が立っていった。
何で……何で僕はこんなにも弱いんだ? 何で大切な仲間の一人も守ることが、救うことが出来ないんだ?
徐々に視界が真っ暗になっていき、自分自身の弱さに嫌気がさしてきた。
―――――――アア、ソウダ。ヨワイコトトハツミダ。ヨワケレバナニモナスコトナドデキナイ。
僕の体の中から、そんな声が聞こえてきたような気がした。
僕はその声に耳を傾けていく。
―――――――オマエガノゾムスベテヲ、テニイレラレルチカラガホシイカ?
ドクンと心臓の鼓動が大きくなっていく。
ああ、欲しい。全てを俺の望んだ通りに出来る力が欲しい!
俺から大切な物を奪っていく奴らを蹂躙する圧倒的な力が欲しい!
[特別条件をクリアしました。 封印を解除。 スキルを覚醒します。 ]
俺がそう思うと頭の中に何時ものようにアナウンスが流れ、スキル枠に新しいスキルが追加される。
徐ろにステータスプレートを取り出すと、多くのスキルがある中で、一つだけ鈍く点灯しているのを発見した。
[剣鎧魔装]
封印されし剣と鎧を呼び出す力。
専用能力:剣;防御無効、兎角斬
:鎧;条件無効化、消滅魔法、
ジャクシャガマトイシムテキノ力
――――――――サア、イマコソ、ソノフウインサレシスキルノナヲトナエヨ!
「スキル:剣鎧魔装……発動。 」
俺がスキル名を言うと、禍々しい力の発露とともに、全身を覆う闇が現れ、徐々に漆黒の鎧の形に変化していく。
鎧には中心部分には不気味な輝きを放つ紫色の宝石が嵌め込まれていた。
そして宝石から発せられた漆黒の粒子が手の中に集まっていき、やがて膨大な魔力を宿した漆黒の剣へと変化して、俺の手の中に収まる。
その剣を手に取り、鎧を身に纏った時、俺の中に今まで感じたことの無いような膨大な力が溢れ出してきた。
視界が黒く染まり、目の前にいるマモン以外何も入ってこないようになる。
「おいおいおい! 何だよ、それ!? 」
俺の突然の変化に戸惑っているマモンに向かって、剣の切っ先を向けながら、今まで出したことの無いような冷え切った声で俺はマモンに語りかける。
「これか? これはな―――――弱者が強者を殺す為の武器だ!!!! 」
期日を守って投稿することが出来ず誠に申し訳ありません。
少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです
文章でおかしな部分、誤字、脱字又は感想、ご意見などありましたら、どうぞおっしゃってください
次回は水曜日になると思います
次こそは…次こそは遅れないように頑張ります!
では又次回お会いしましょう!




