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その日から

作者: ぐめら

はじめまして。

暇つぶしのお供にどうぞ。

 彼女と出会ってから、毎日が変わった……ような気がする。

 それまで僕は、自分が平凡で、周囲も平穏で、何事も可もなく不可もない、そんな人生がずっと続いていくのだと、特に意識せずに信じていたようだ。

 彼女と出会って、少し疑問を持つようになった。

 自分は平凡……多分、まあ、平均的な人間だと思う。

 周囲は平穏……何を指して平穏というかによるけれど、そんなことをのんきに考察する余裕があるくらいには、そうなのだろう。

 可もなく不可もない人生……そんなの死の間際に判断すべきだ。でも、死の間際に不可は出したくないな。




 「御上殿?」


 進級して、クラスが変わって一週間。

 さすがに新しい教室にも慣れてきて、新しい顔ぶれにもそこそこ慣れてきたころ。

 隣の席の女子生徒に声をかけられた。


 「御屋形様?」


 なぜか自分の口からこぼれる返事。


 いやいや、一体何言ってるんだ、僕。そもそも「オウエドノ」って一体なんだ。……え、奥方のこと?何でそんなこと知ってるの自分。つーか、「オヤカタサマ」って、大工の棟梁とかじゃなくって、アレだよね、大河ドラマなんかで……。


 「あ、やっぱり。先週から気になっていたんですけれど、人違いだと間抜けなので、ずっと様子を見ていたんです」


 小柄で、小さな顔に大きな目、今時珍しい「お人形のような」かわいい女の子だ。……我が「オヤカタサマ」。

 僕はぼー然と見返すだけ。


 「あれ?えーっと、坂上(サカガミ)君?やっぱり人違いでしたか?」


 あんまり見つめるものだから、恥ずかしくなってきたのか、小首を傾げてちょっと頬を染めている様は、お持ち帰りしたくなるような愛らしさがある。……っと、いやいや、それじゃ変質者だから。


 「あ……いえ、多分、合ってます……記憶ないけど」


 「ああ、そうですよね。私のことを御屋形様と呼んでくださいましたし。私も最初は記憶もおぼろげでしたが、断片的に思い出すようになりました。坂上君も何か思い出すかもしれませんね。……だからどうと言う訳でもありませんが、少し気になっていたので。驚かせてごめんなさい」 


 彼女はどことなく嬉しそうに微笑ってから、視線を前に向けた。本当に気になっていたことを少し確認したかっただけらしい。何となく中途半端に放り出された気分だ。

 しばし続きはないかと待ったものの、友人が登校してきたので、そのままそちらへ気が移った。

 今朝初めて言葉を交わした彼女の名前を知らない(覚えていない)事に気付いたのは、授業が始まってからだ。

 相手はちゃんと覚えていたのに。

 さらに言えば、隣席の彼女があんな美少女だということも、今頃気付いた。全然チェックしてなかった……というか、目に入っていなかった。何でだ?と思ってチラチラ見ていたら、理由は簡単、髪型のせいだったようだ。

 セミロングの髪を、横髪が目にかからないようにピンで留めただけで、小柄な彼女が前を向いていると、僕の席からは鼻の頭くらいしか見えない。

 休憩時間も、彼女は本を読んでいることが多いし、僕は後ろの席の友人としゃべっていることが多い。昼休みは彼女は他の女子生徒(多分友達なのだろう)と一緒に教室を出て行く。

 顔が見えなかった半日を振り返って一人納得していると、友人に首を傾げられた。


 「どしたのガミ。今日はえらくサトーさんに熱視線を送ってたけど。ラブか?落ちたのか?」


 すぐ後ろの席だけに、坂下にはバレバレだった。いやちょっと待て。


 「シタ、お前彼女の名前知ってんの?」


 この際、ラブ発言は無視。

 ちなみに、こいつとは一年のときも出席順前後で、二人まとめて「坂上下(サカジョウゲ)」と呼ばれた仲だ。


 「自己紹介はちゃんとチェックしてるよん。カワイイ子は特に、なんてな。彼女はサトーマサミちゃんだ。自己紹介が面白かったんで、バッチリ覚えてるぞ。真実と書いてマサミで、弟は真理と書いてマサミチだとさ。普通逆にするよなー。それか、マミちゃんにするか」


 「逆って?真理……マリちゃんと?真実はどーすんだ?マサザネか?」


 「マサミでよくね?何てーか、あのかわいいサトーさんにはイマイチ合わんというか、男っぽいというか。マリとかマミのが似合うって」


 お前、全国のマサミさんに失礼じゃないか、という発言内容だが、たしかに小柄で愛らしい彼女にはマミとかマリの方が合う、かも知れない。

 その時はそんな風に感じた。




 知らない筈の記憶が、徐々に思い出されるようになって、余計に混乱した。

 ようするに、「前世の記憶」というものだ。

 僕と彼女は夫婦だったらしい。……男女逆だが。

 ちなみに彼女は某戦国大名だった。


 マミとかマリとか、チョーイワカーン……。




 「御屋形様……ちょっと素朴な疑問ですが」


 相手が一見小柄で愛らしいだけに、恐る恐る質問する僕は、友人が見れば違和感があるだろう……けど、相手は元夫。

 朝一の、周りに人がいない時を見計らって声をかける。

 前世話なんて人に聞かれたら変人のレッテルを貼られてしまう。

 一週間前、声をかけられたのとはちょうど逆になるのだろう。

 その後一度もその話題に触れなかった彼女は、不思議そうにこちらを向いた。


 「佐藤でいいですよ。思い出したのですか?」


 彼女は基本、丁寧語で話す。


 「ええ、何となくは。……ずいぶんおかわいらしくなられて……」


 彼女につられて、というより、前世話をするには過去につられて丁寧語になる。


 「そういうあなたは、随分と大きくおなりですね」


 禁句だったか、目がちょっと怖い。まじで。

 ちなみに、大きいといっても、高2男子平均身長よりちょっと小さい位じゃなかろうか。それでも彼女と20センチくらい差があるが。


 「あ、いえ、そういう意味ではなく。えー、サトウさんは、記憶を思い出した時、違和感とかなかったんですか?」


 ああ……どう見ても小柄でかわいい女の子なのに元夫というイメージが強い。


 「いえ、特に。思い出したのはもっと幼いころですから……素直に今生を楽しんでいます。おかしいですか?」


 かわいい女の子の中身が戦国大名と思うとものすごくおかしい。けど、本人に違和感はないのか?


 「いえ、なんと言うか、御屋形様が女の子であることに違和感があるといいますか……」


 言ってすぐに、自分に跳ね返るコメントだと気付くが遅い。


 「そうですか?私は生まれたときから女性ですから、それに関しては何も。イメージでしょうか?でも、そもそも記憶といっても、感情的なものがほとんどですし、現在とはかけ離れていますからね。割り切れるものですよ?」


 が、彼女はその辺には言及せずに、返答する。

 ああ、この細やかな心遣いまで女性らしい……というか。

 あれ、御屋形様も、こんな方だったような。

 やっぱ性格って変わんないの?


 「はあ、割り切りですか。そう、ですよね。僕も自分自身が男だってことに違和感はありませんしね……」


 彼女に違和感を感じるだけで。勝手なイメージなのかな。


 「そうでしょうね。御上殿はそこらの男子(おのこ)よりも頼りがいがありましたから。真に得難い伴侶でした」


 幸せそうに微笑まれ、ドキッとする。

 得難い伴侶と評価された嬉しさか、彼女がかわいいからか。


 「そ、それはおほめにあずかりきょーえつにぞんぢます……」


 動揺がそのまま出たコメント。

 こわばった顔が面白かったのか、セリフがおかしかったのか。

 彼女は明るく笑った。


 「大丈夫ですか、坂上君。私にかしこまる必要はありませんよ?今はただの同級生ですし、時代も違えば夫でもありませんからね。ひょっとして、記憶のせいで混乱しているのでしょうか」


 「ええ……たぶん……」


 笑顔がかわいいと思う。気遣いを嬉しく思う。

 そんな笑顔が見たかったと思う。気遣われて情けなく思う。

 どこまでが現在の僕で、どこまでが前世の気持ちなのか。


 「別に、無理に思い出さなくていいんですよ?今の私たちには関係ないことなんですから」


 「や、別に無理はしていませんよ。自然と思い出すだけで。あ、でもサトウさんは迷惑か、御屋形様呼ばわりされたら」


 普通に考えれば、男扱いされるのを喜ぶ女子は少ない。

 が、僕には彼女が元夫にしか思えない……かわいいのに……何か損している気分だ。


 「いえ、むしろ嬉しいくらいです。覚えていてくれた……いえ、思い出してくれただけでも十分です。まあ、様付けは今の立場にそぐわないので、やめた方が良いかと思いますが」


 確かに。しかも「様」抜きで「オヤカタ」と言えば確実に「親方」と聞こえる。あらゆる意味で似合わない。


 「そうですね……やはりサトウさんとお呼びします……。ところで話を戻しますが、この記憶って、どのくらい覚えているんですか」


 先程「感情的なもの」と言っていたが。


 「どの位、というのも抽象的ですが。時系列に沿ったもの、というよりは、人物に関連して思い出すように思えます。私が最初にこの記憶に気付いたのは5歳の頃ですが……」


 「5歳?随分早くありませんか」


 「早いかどうかはわかりかねますが、きっかけは、イトコに会ったことですね。3歳年上なのですが、彼が私を見て御屋形様と」


 今回の僕たちと同じようなことがあったらしい。


 「えっと、じゃあ、家中のどなたかですか?」


 「小十郎でした。あ、息子の方ですが。出会って以来、世話の焼き方は父親そっくりですが」


 「はぁ、イトコが小十郎殿……」


 「それ以来、親族をよく見てみると、半分くらいは知っている者でしたが、記憶のある者はその3分の1といったところですね」


 つまり、僕の記憶もあるかどうかはカケだったわけだ。


 「その、以前の知人らしき人に片端から尋ねたんですか?」


 僕ならしない。違ったら変な目で見られるし。


 「ええ。今ならしないでしょうが、子供でしたから。それに小十郎と二人でしたし、覚えていない者も何か遊びをしていると思ったようですよ」


 そっか、5歳と8歳で親戚の間を回っていたんなら、遊んでいるようにしか見えないか。


 「なるほど。ちなみに記憶のある人の反応は?」


 「喜ぶ者と嫌がる者が半々でしょうか。あ、この学校にも嫌がる者がいますよ。教師ですが」


 「どなただった人ですか」


 「兵五郎です」


 義理の息子だ!!え?どの先生だ……気付かなかった。

 というより、御屋形様に会って声をかけられるまで、まったく記憶はなかったんだから当たり前か。


 「兵五郎様は嫌がっているのですか……」


 なんとなく、他にコメントしづらい。前世の親子仲も微妙だっただけに。


 「まぁ、私でも嫌かもしれません。自分の父親が年下の女の子になったら」


 想像するに、僕もかなり嫌だ。


 「あれ?ということは、僕の存在もかなり嫌なんでは」


 義理とはいえ、母親が年下の男の子。

 びみょーだ。父親が女の子よりはマシに感じるけど。


 「あ、そうですね。どうでしょう。今のところ気付いていないと思いますが。担当教科もありませんし……でも時間の問題でしょうね。機会があれば知らせてもいいでしょうか」


 「あ、はい。その方が心の準備が出来ていいような気がします。ちなみにどの先生ですか」


 担当教科がないなら、聞いておいても忘れるかもしれないが。


 「今は3年生を受け持っているそうです。数学科の藤原先生ですよ。年はちょうど一回り上ですので、まだ20代ですね。ギリギリ」


 そんな若い先生いたっけ?と首をかしげていると、横から声がかかった。


 「あれ、サトーさんフジワラっち知ってんの?」


 いつのまにか登校していた坂下だ。


 「あ、おはようございます、坂下君。藤原先生とは親戚なのです。イトコのイトコで」


 「あ、ハトコっていうやつ?へー、世間はせまいねぇ」


 のんびり相槌を打つ頭を思わず右手ではたいた。


 「シタ、挨拶くらいちゃんと返せ!」


 僕らはもちろん、顔を合わせた時に交わしている。

 最初に声をかけられて一週間、前世話は一切しなかったけど、挨拶とちょっとした会話くらいは交わすようになっていた。

 それまでの一週間は顔を見たこともなかったんだけど。


 「うぅ、結構本気だったな、その手首のキレ。あぁ、サトーさんごめん、そんでもっておはよー。ついでにガミもおはよー」


 はたかれた頭を抑えつつ、ボヤきながらも挨拶する。

 素直でよろしい。


 「ああ、おはよう。んで、何でそのフジワラっち?を知ってんの?」


 「コモンだから。パソ部の」


 そういえば、そんな部活に入っていたなぁ、コイツ。


 「坂下君はパソコン部なのですか。坂上君は何かしていますか?」


 「あ、僕は美術部です。サトウさんは?」


 文芸部だったらハマリすぎだけど。


 「なぎなた部です。体を動かすのが好きなので」


 ……それはそれで、ハマリすぎというか。


 「えっそんなちっちゃい体でなぎなた振り回すの?」


 お前、それは禁句という以前に、かなり失礼だぞ。

 案の定、彼女の目が怖いカンジになった。


 「坂下君、一手お相手いたしましょうか?」


 コワイって。坂下も、何か中途半端な姿勢で固まって首を振っているし。

 うん、やっぱり誰が見てもコワイ雰囲気になっているよね。


 「あー、サトウさん、こいつは誰に対しても失礼なんです。てきとーに聞き流してやってください」


 彼女はチラリとこちらを見て、仕方がない、という風に息をついた。どうやら勘弁してやるのかな。


 「坂下君、そんな事では社会に出てからいらぬ苦労をしますよ」


 御説教か?忠告か?


 「え、あ、その、ごめんなさい」


 本当に、何を非難されているかわかっているのかどうか、あやふやな顔で、謝罪する坂下。

 しかし、まともな会話は初めてと言ってもいい間柄だからか、結局は自己責任と思ったのか、彼女はそれ以上続けずに、ため息をついた。


 「マサミンおっはよー」


 そのタイミングを狙ったかのように、明るい声がかかる。

 顔を向けると、いつも彼女と昼休みに消える女生徒だ。

 ……てか、「マサミン」?


 「おはようございます、サキちゃん」


 振り返り、たぶん笑顔で返事をする彼女。

 ちなみに、坂下はここで、助かったとばかりに机に伸びている。

 やっぱり反省してないんだろうなー。

 横目で坂下を見ていると、こちらに向き直る気配がしたので視線を戻す。


 「ご紹介しますね。こちら部活動で一緒の山崎楓さんです。サキちゃん、こちらは坂上良明君です。見てのとおり、席がお隣のクラスメイトですね」


 サキちゃんの「サキ」はヤマサキのサキか。まぁ僕もガミだけど。


 「初めまして、ヤマサキです。マサミンとは相棒目指してまっす」


 明るく軽く、朗らかな挨拶だ。しかし相棒ってなんだ。


 「はじめまして、サカガミです。ついでにこいつはサカシタで、一年のときもクラスメイトだったんで、二人まとめて坂上下と呼ばれてました。よろしく」


 彼女は思い切り坂下のことは無視したので、一応僕のほうから紹介した。しとかないとうるさいし。


 「ヨロシクー。サカシタ君もついでにヨロシクー」


 幸い?ヤマサキさんは軽いノリのまま坂下をかまってくれた、が。


 「え、オレついで?ひどくね?」


 たしかにちょっとひどいかもしれないが……。


 「だからお前は、ちゃんと挨拶しろっ」


 本日2度目のひっぱたきが炸裂した。

 ちなみに彼女はコワイ目を通り越して、蔑むような目になってないか?そのうち哀れむ目になるんじゃ……。


 「あはははは、別にいっよー。何かサカガミ君、マサミンと似てるねー」


 ヤマサキさんはあまり、というより全く気にしていない?

 そしてびみょーなコメントをもらった。夫婦は似てくるっていうしな……。いや、前世だけど。


 「あー、サカガミって言い難かったら、ガミでいいですよ。前のクラスではそう呼ばれていたし」


 ヤマサキさんはイマイチ滑舌がよろしくない。


 「あ、じゃあガミ君。ヨロシクねー。マサミンのことも」


 そんな含みありげな発言されても。


 「ガミ、お前よーしゃねーな……」

 ここで再び突っ伏していた坂下が復活した。どうやら今回の方が朝一よりもキツくきまったようだ。


 「お前は学習しなさすぎ。さっきの今だぞ?」


 「きっと脊髄反射で言葉を発しているんですね。早く常識が身に付くといいですね」


 キツっっ。恐る恐る彼女の方を見ると、ああ……哀れむ目になってる。嫌味じゃなくて、本当に馬鹿者認定されてるぞ。


 「あははははっ、マサミン素敵っ」


……ヤマサキさんの反応はいまいちわからない……。


 「ジョーシキにとらわれるより、ジユージンでいたいっ」


 コイツはやっぱり馬鹿者かもしれない。


 「とらわれる以前、常識をわきまえろと言われてんだよ……」


 何か、だんだん疲れてきたような……。


 「あ、そうそう、今日のミーティングは中止だって、さっき先輩がお知らせーって来てくれたんだよ。昨日言い忘れてたんだって。今日のお昼、どうする?あたしこっち来よっか?」


 昼休みに出かけていたのは部活のミーティングだったようだ。


 「そうですね。イスが借りられるといいのですが」


 小首をかしげる彼女。口調の固さとつりあわない、どこかあどけないしぐさ。


 「このクラス、結構食堂派が多いから、たぶん大丈夫じゃないかな。なんなら僕の席譲るよ?」


 弁当派だけど、食べるの早いし。


 「坂上君は食堂へ行くのですか?」


 「いや、食べるの早いから。5分位で終わるよ?」


 どういう訳か、不思議そうな顔をされた。なんだろう。


 「あー、ガミはたしかに食うの早いよな。いつもおにぎり3個だし。足りてんの?」


 彼女の表情を見て気を使ったのか、坂下が合いの手を入れる。常識は今ひとつだが、社交性は十分だよな、コイツ。


 「放課後に2つ食うからまにあってる。あ、昼休みは美術室行くから席空いてるよ?」


 「じゃあ、遠慮なく借りるねー。ガミ君ありがとー」


 まだ何かびみょーな表情の彼女の横で、ヤマサキさんは明るく返事した。


 と、ここで予鈴が鳴る。

 またねー、と明るく去っていくヤマサキさんを見送り、なんとなく彼女の様子をうかがう。視線に気付いたのか、彼女もこちらを向いた。


 「どうかしましたか」


 「いえ、さっき何か変……ていうか、あー、5分で昼食が済むのって、変ですか」


 変な顔って、女の子に言うとマズイよな。と思うと上手く言えなかったのだが、何とか言葉をひねり出す。


 「いえ……何といいますか……あなたと早食いが結びつかなくて……」


 おお、やっぱり彼女にもあるんだな、前世イメージ。

 てか、それって僕奥方だよね……。

 妙に納得がいって、なんとなく半笑いになる。


 「まぁ、おにぎりなんで」


 特大サイズでもない限り、そうそう時間のかかる食べ物ではない、と思う。


 「昼休みも部活動ですか?それとも新入生勧誘の会議を?」


 「いえ、うちはまぁ来るもの拒まずというか、特別勧誘は……えーっと、部長と有志がやってくれるので、僕は係わってないですね。サトウさんは新勧会議をしてたんですか」


 毎日昼休みにいなかったのは、これか。

 まぁ、なぎなた部って、どっちかといえばマイナーだし。


 「そうなんです。でもいつもただおしゃべりをしながら昼食を食べているだけ、とも思います」


 あまりまじめに話し合っている訳でもないらしい。

 ちょっと恥ずかしそうに俯きがちに答えて……って、やっぱかわいいな……。


 「仲良さそうですね」


 運動部の上下関係はきびしいものだと思っていたんだけど、どうやら違うらしい。


 「ええ、そうですね。うちは2・3年生合わせて5人しかいませんから。今日のミーティング中止も、たぶん先輩の授業の都合ではないかと思います」


 「てか、お前らが仲良さそーだよ……オレも仲間に入れてよ……」


 なにやら横からグテグテなツッコミが入った。

 いたな、そういや。

 彼女のスルースキルが移ったのか、自然とコイツの存在を忘れていた。しかし全く悪かったとは思えない。


 「仲間ねぇ。そーいやお前、今日は宿題終わってんの?」


 いつもホームルーム中に片付けていたが、今日は机に突っ伏している姿しか見ていない。


 「あ、忘れてた。んー、3時限までには間に合うはずだっ」


 言われておもむろにかばんを漁り始めた。

 かばんから出すことすらまだだったとは。登校してから何もしていなかったんだな、コイツ。

 何となくため息をついて視線を戻すと、彼女は不思議な物でも見るような表情で坂下を見ていた。

 ある意味すごいヤツだ。今日この十数分のうちに彼女からどんな評価を受けているか……僕の予想では「非常識」→「大馬鹿者」(死んでも直らないレベル)→「見たことない何か」(ちゃんと人間扱いされてるといいな)、という感じ。

 いや、そこまでヒドイ奴ではない、と思うんだけど。

 一応一年間友人付き合いできるレベルの人間だよ?


 「えーと、サトウさん?どうかした?」


 「いいえ、何も……、登校してから今までかばんも開けていなかったのが意外でしたので、少し驚きました」


 こちらを向いたときには普通の表情に戻っていたが、まぁ席について真っ先に人の会話に割り込んできたのだからあきれられても仕方がない、とは思う。


 「たしかに、あの調子だと、授業が始まってから用意していたかもしれませんがね」


 ちなみに、机の中は空にして帰る規則なので、置きベンはできない。部室のロッカーにするヤツはいるらしいけど。なので、ほぼ全ての生徒が毎日重いかばんを持って通学している。弁当と水筒を合わせるとさらに重い。生徒の体を鍛錬しているのか、この学校。

 そういえば生徒手帳に「文武両道の精神で」とか何とか書いてあったな……。

 それはともかく、二人の生ぬるーい視線を感じたのか、坂下が顔を上げた。


 「ん、何?オレも仲間に入れてくれんの?てか、お前ら急に仲良しさんになっちゃって、何かあったの?」


 ナカヨシサンって、どうよ。


 「特に何もありません。準備は終わったのですか?」


 お、今日初めてじゃないか、普通に声かけたの。

 いや、最初の挨拶は普通だった。その後坂下が勝手に株を大暴落させていったんだった。


 「あ、先生来たな」


 ドアが開くと同時くらいのタイミングでホームルームの本鈴が鳴る。すごいな先生。いつもだけど。

 結局坂下はおしゃべり仲間に入ることなくホームルームが始まった。




 後から聞いた話によると、僕と彼女は二人の世界を作り上げていたらしい。

 まぁ坂下の言うことなので、話半分に聞き流していたのだが。

 他の男子にも「お前ら付き合ってんの」とか言われてしまっては、本当にそう見えたのかもしれない。もちろん否定した。ただしゃべっていただけだし、付き合うとか何とか、考えたこともない。

 むしろ考えるのが普通だろうと思うのに、「元夫」イメージのせいで現在の彼女を女の子として見れない。くそう。

 しかも。

 彼女は誰に対しても丁寧語で話すし、男子には特に距離を置いている、らしい。しかし僕に対するときは自然で、愛想ではない笑顔が向けられている、らしい。ついでに坂下も逆の意味で距離の近い男だが、あんな扱いを受けるよりはただのクラスメイトでいい、という意見が大多数だった。

 これを聞いた僕の感想は、「ただ単に男扱いされていないだけだな」だった。

 なんせ彼女にとっては僕は「元妻」。

 どんなに会話がなくても、会う回数が少なくても、長年……えーと、50年以上かな、連れ添った相手には、そりゃ親近感抱くだろう。

 もう異性じゃないよね。家族だよね。

 そんな訳で、客観的事実というか、見たまんまをあげれば、小柄でちょっと子猫っぽい、でもしっかり者のかわいい女の子とせっかく知り合えたのに、友人づきあい以上を全く考えられない残念なヤツ(へんじん)=僕、という現在が出来上がったのだった。



 ……外見だけ見れば、いや、中身だって十分好みの女の子なのにな……。

こんなカンジで日常が続いていく、という。

ちょっと余計な記憶がよみがえってしまった少年の、青春に入りきれない出会いのおはなしでした。

ちなみに佐藤さんは結構有名な人物です。わかる人にはわかりやすいヒントが本文に。

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