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規格外のオンライン  作者: Hamlet
第1章―FFO編―
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遊びから逸れた世界 その4

 私は死んだはずだ。

 ゴブリンが襲ってきたのを境に記憶が途絶えて、それから……別の人影が見えてそこから記憶があいまいだ。そして怪物の凶器に満ちた刃物に、体をぶつ切りにされて死んだはず。



 なのに現在意識が回復した。死後の世界ではないどこか、現実では恐らくVRスーツが私の体を残酷なまでに体を引き締めて血流を悪化、そして首を絞めつけて窒息死していると思った。だが今目の前に飛び込んできた映像はそれを否定するものだった。


 真上を向けば左上に無機質な白色をしたアナログ時計が表示される。今までずっと勉強と部活、習い事そのたもろもろに勤しんできた私にとっては見慣れないもの。友達に誘われて息抜き気分で来たこの世界で最初に目にした表示だ。


 時刻は黄昏時、右サイドにあると思われる窓から地平線へと落ちる太陽の、幻想的な悠然とした光が差しこんでいる。目をそちらにむけると一気に眼に光が入り込んできて眩い。あまりの眩しさに目をしかめて視線を逸らすと、窓の横に誰かが立っていた。


 半袖シャツと長ズボンという質素なスタイル、この世界において自室等にいるときに着用するものだ。ということは………。


 つ、つまり私は見知らぬ男に無理やり連れられたのか?案外リアリティが相当高いVRという名のこの世界は、あーだこーだということが可能なのだ。寝ている人間を無理矢理自室に詰め込むことも、デスゲームと化したこの世界でモンスターに向けるべき己の得物を人に向けて何度も刺し、そのライフを枯渇させて殺すことも……。

 このゲームに勧誘してくれた私の3人の友達――彼女らは皆あの日の出来事をきっかけに跡形もなく崩壊していった。一人は単独で無謀にモンスターに立ち向かって死亡し、一人は唯一平常心を保って私と一緒にダンジョンを探索しているときにトラップにかかって死んだ。そして一人はずっと町にこもったまま……。


 もう、二度と現実に帰れないと思っている。だから、どうせ死ぬならこの世界で生きた証を残したいと思った。だから一つでもいい。クリア条件とやらの巨塔制覇を成し遂げたいと思った。だから私は自らの体を鍛錬し始めたのだ……。


 そんな中、ゴブリンという最弱クラスのモンスターに殺されかけた。理由は単純なことで、己の精神力不足と過度の戦闘による疲れ。矢の命中率が下がったと感じたのを境に狩りをやめておくべきだった。そのせいで私は見知らぬ男の部屋に押し込まれてしまった。そしてこの後何をされるかは大体予想がついた。

……などと考えていると、目の前に立つ男がぽつりとつぶやいた。


「懐かしいなぁ……。昔見たような風景だな……」

 野太い大人の声ではなく、シルエットの大きさにも見合った中学生然とした声だった。男は大きく手を天井に向かって伸ばして背伸びを開始する。長く見て10秒ほど手をぴんと伸ばしていた。あまりにも能天気な言葉と動作に、私がおかれている状況を忘れかけた。首をぶんぶんと横に振って気を取り直し、目の前で茫然と立ち尽くす少年に声をかけた。


「あんた。何が目的なの?」

 できるだけ怖い声で、そして万が一襲われたときに対処できるように弓を左手に携え、腰には矢がたくさん入った筒を準備しておいた。その中の一本を手に取り、このゲームを初めて最初に手に入れた弓に軽くそえる。

 ぴくっと目の前の少年は方が上がって、素早くこちらに向いた。夕日による光は彼の体に遮られているので、顔をじっくりと確認できる。さほどイケメンではない、焦ったかのように彼の指先が不規則に動いている。


「え、えっと……その……あの……なんですかねぇ…………」

 視線を逸らせながら言い訳を見つけようとしているのか。ここは洗いざらいに聞き出そうと立ち上がって彼の顔に急接近する。

「ここはあなたの宿屋の個室でしょ?なのになぜ私を呼び込んでいるの?私にだってチェックインしている宿屋だってあるし、第一……」


「第一……?」

 言葉を言いかけた途端息が詰まった。私が死に損なったあの時、誰かが助けに来た覚えがある。確かゴブリンとは違う人影が迫ってきて、ゴブリンを屠って立ち去っていった。その後別固体がポップしてボコボコにされて気を失い、死んだと思った。駄目だ……記憶があいまいだ……。



 もしかすると生きているのは、この少年が助けてくれたからなのかもしれない。だとすれば色々とつじつまが合う。気を失っているから仕方なく自分の部屋に連れ込んだといっても、ギリギリ過言にはならない。そこで何かすれば別だが。



「じゃあ……あなたが私を助けてくれたの?」

 そう彼に問うた時には既に彼の顔は真っ赤に染まりきっていた。

「そ……その前に顔……近い……ですっ!」


「あぁ。悪かったわ」

 ささっと顔を離してもとの位置に座る。よくよく見れば、彼が就寝に使っていたと思われるベッドだ。もちろん一つしかなくて高級品のベッドとかいう物ではない。簡素なシルク素材のシーツと、安いコットン掛け布団で構成された安物ベッドだ。

「……それで、私を助けたのはあなた?」


 改めて問いただすとゆっくり頷いた。


「そう。君が気を失って倒れたから……。もう元気なら出て行ってもいいよ」

 やや早口で彼は言い放った。ちょっと気まずい気持ちが混ざっていると思う言葉である。ならばちょっといじってやろうと私の遊び心に火が付いた。普通ならそのような場面はそうそうない。だが、出て行ってもいいよがまるで吐き捨てるかのようなものだったので、平常心の糸に数ミリの傷が入った。


「悪いわ。せっかく助けて安静にする場所も容易してくれたんだから。こっちだってしっかりお礼をしたいわ。そうね……夕飯を作らせて。材料はある?」

 とっさに思い浮かんだ案をささっと口に出した。いきなりの攻撃はこいつも持たないだろうし。

「え……そんな、悪いって……。俺助けるのがまぁ、好きだからさ……」


「なら私もあなたを助けてみる。いっつも質素な食事を摂ってるんでしょ?たまには女の手料理も口にしないと舌がおいしい味に飢えて餓死するわ」


「えぇ……えぇっと……」

 彼が悩んでいるのをほっといて、ささっと台所を探しに扉を開けて外に出た。台所は数秒ほどで見つかった。部屋を出てすぐ左に曲がれば、フライパンや鍋といった調理器具が積み重ねられた象牙色の清潔な印象のキッチンが存在している。


 とりあえず材料はストレージの中に入っている基本的な食材アイテムを使おうと思う。ランクとやらが低くても上級クラスの料理を作ることができると聞いているので、お母さんの手伝いなどをしていた私にとってはおやすい御用だ。



 さーっとここの冷蔵庫を含めた材料を眺め、今日はシチューでも作ろうと決めた。彼が好きなのか嫌いなのか定かではないが、シチューを嫌いという人はあまり聞いたことがないので大丈夫だろう。


 まずは人参を取り出してさくっと一口大の大きさに切る。次はジャガイモを少し大きめに切り、あく抜き用の水を準備したボールに着けておく。タマネギは目に刺激が来ないので楽に切ることができる。こんな嫌なものはVR技術では再現したくなかったのだろう。


 気が付けば午後7時。普通なら自宅に帰って勉強に励んでいる時間帯だ。この時間にお母さんの『御飯よ~』という号令がかかるのは通例だ。シチューは既に出来上がってきていて、クリーム色の良い匂いのルーがコトコト煮えている。改めておいしそうだ。仮想世界で料理ができるとは思ってもいなかったことだが、それを利用してここまで上質に作り上げることができるとはさらに思ってもいなかったことだった。


 完成したシチューを大きめの皿に盛りつけて、テーブルにそれを置きに行く。オーブンで焼いた食パンに似た味のパンもそこに添える。

それが終わり――


「ごはんよ~」

 恐らく奥の部屋で何かをしているはずの少年に向かって声をかけた。自分でもお母さんっぽいと感じてしまうほどの声だった。恐らく数十秒は来ないなどと考えていると、すぐにガチャッとドアが開いてそこから例の少年がひょこりと顔をだした。


「これ、君が作ったの?」

 軽く首を縦に振った。

「そう。質素でごめんね。おかわりはたっぷりあるから好きにしてね」


「いやいや! 質素じゃないよ!……この世界でこんなましな物食べるの久々かも……」


「本当にろくな物食べてなかったのね……」

 思わず呆れながら私が言うと、少年は皿の近くにおいてあるスプーンを手早く取り、がつがつと口に突っ込み始めた。そしてパンを一口かじってはさらにシチューをほおばる。


 私も食事を開始して、スプーンで軽く上の層のどろっとしたスープを救い上げて口に含む。いい感じに出来上がってくれたようだ。料理ランクがDでも現実と極めて近い料理が出来上がった。あまりスキルの値は関係ないらしい。


 私が軽く自画自賛している間にも彼の食べる速度は衰えない。恐らくデスゲームが始まってからずっと商店街のパン屋で買ったパン類や、そのままの状態で食せるチーズやフルーツを摂っていたのだろう。そうなればここまでの恐ろしい食欲も頷ける。


「はは。よほど飢えてたの。あんまり早く食べすぎると喉に詰まらすわよ……っ……」

 いつしか彼の眼には涙がうかんでいた。うるうるとした瞳からゆっくりと滴る大粒の涙。それが両目からぽろぽろとこぼれ始め、やがて泣きながらシチューとパンをほおばっていた。いきなりの光景にどうしたの? と尋ねてみたが、無口のまま食事を続けた。パンの大きさも既に半分をきっている。



 やがて彼は食事を終え、しばらく口をもぐもぐしながら台所に向かってコップに水を汲み、一気に飲み干した。それを2回ほど繰り返してこちらに戻ってきた。そのとき改めて聞いた。どうして食事中に泣いたりなんかしたの? 料理不味かったのかと。最後の言葉は余分だったかと思ったが、一応付け加えておいた。私の性格に既存しているものだし。


 すぐ返答が帰ってきた。そうではないと、その後思ってもいなかった言葉を口にした。



――この俺がおいしい料理を食べてよかったのかと。今まで俺が見てきた数々の死亡した人物を差し置いて自分だけが幸せになっていると。多くの人間が泣き叫び、外部に助けを求めてくるいに狂っている中、ここだけが幸せでいてよかったのかと。


 そう、彼は自ら感じた数多くの罪悪感で体が押しつぶされる寸前までに行っていたのだ。聞けば彼はこのFFOがデスゲーム化したあの日から、人を救う事に専念してきたらしい。


 だけど最初に助けるべきだった同じ学校の生徒たちを、5人救うことができなかったというのだ。さらに、今まで数多もの初心者プレイヤーを救い出そうとしてフィールドを駆け巡り、一人でも多くの無謀なプレイングをしている人を指導しようと試みてきた。その中でも死んだ人はもちろんいるだろう……。


 彼は自ら人を救い出す道に走って、自ら死という恐怖を心に焼き付けたのだ。強いて言えば愚か者だが、彼の行動がなければ多くの人の命がなくなっていただろう。私を含めて。たとえ千人にも上る犠牲者の片隅分にしかすぎなくとも……。

 私だって生きる気力をなくしていたところを彼に助けてもらった。自分でも半ば無謀と思っていた戦闘を何度も何度も繰り返し、いつしか行動不能になっていた。

 気づけばまぶたが熱くなって、目の前がぼやけていく。そしてほっぺたを撫でるかのようにしたたり落ちる大粒の涙――あらゆる感情に心が耐え兼ね、私はとうとう泣いてしまった。


 私はこの世界に閉ざされて生きる気力を失っていた。現実世界に戻るという道を切り開くことに失望していた。なら自分ひとりでクリアしてみせると、やけくそに武器を取ってフィールドに無限に湧き出るモンスターを狩った。だがそれは自ら生きることに背いていたことになる。私と同じように彼も心に闇を持っている。罪悪感という重くのしかかる強大な存在、それに彼は潰されかけていたのだ。


「俺……生きられるかな…………?このゲームで……生きて現実に帰って……お兄ちゃんや親父とあって………お母さんとあって…………」


「もちろん……できるって!……だってこれは……ゲームじゃない……!」

 涙で声が震えながらも言いたい言葉を言いきることができた。


 テストなどで難しい問題が出題されたときは一度初心に戻って様々な観点から見る。デスゲームと化したこの世界だって同じだ。もともとはただのゲーム。娯楽の一つに過ぎないただの遊び。さらにそれが、私が友達に誘われるまで首を突っ込まなかった理由の一つにもなる。無駄なことを一切しなかった私の性格が作り上げた一つの答えだ。



 だけど友達に勧められて軽くやってみようとした。いまは無き仲が良かった親友から、≪フリーダムファンタジー・オンライン≫を一緒にやろうと声を掛けられた。もちろんゲームをやるのは最長でも夕飯までと決め、それからは勉強に専念した。だけどたった三日間という短い間だけ、普通の概念のFFOをプレイして本当に楽しかった。



――だから、今デスゲームとなったこの世界でもそれは同じ。ただ現実のように『死』という存在が付加されただけで、ある意味のもう一つの現実に過ぎない。


「ゲームって……これはもうデスゲームだろ!? サバイバルなんだよッ!限りなくリアルに近い!!」

 大粒の涙を浮かべながら彼は私に向けて大声で怒鳴った。手をぐっと握りしめてプルプル震えている。

「そう、だけどせっかくのゲーム……自由な世界なんだから楽しまないと損じゃない?」


「たの……しむ……」

 彼は一瞬時が止まったかのように体の動きが止まった。


「そうだ、忘れていた……。何事も没して楽しむという最大の目的を……。やらされているんじゃない! やるんだ……!」

 やるんだ――それは私が勉強する時のモットーの言葉だった。多くの人は勉強に嫌悪感を抱いているが、私はどちらかというと嫌いではない。むしろ好きな方だ。好きな物こそ上手なれという言葉もある。



「ありがとう……」

 彼から思いもよらない感謝の言葉が返ってきた。何故か体が熱くなる。滅多に照れる事がない私だけど何故か今は本当に照れる。こんなことになるなんて……。正直恥ずかしいかも……。

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