遊びから逸れた世界 その3
フリーダムファンタジー・オンラインがデスゲームと化して一週間が経過した。
現在の死者は1635人、俺は二人のプレイヤーを死なせたあの夜から幾度となく、まだ初心者と言うべき弱いプレイヤー達を助けることに尽くしてきた。もちろん自分自身も何度か危険な目に遭った。
それなのに、俺はあの後二人を含めて学校の人たちを合計5人も助けられなかった。どれもこれも通常のFFOなら助けられた状態だったのだ。なんとも虚しい現実だろうか……。
理由は簡単なことだ。モンスターのAIからトラップの種類までいくつか追加、改修されたのだ。未実装の物が。
まずあの夜の宝箱は通常ならば考えられないものだった。FFOの攻略サイトでも淵樹海ではアルゴス等がでないと書かれていたのにも関わらず、あのときはごく自然そうに出現したのだ。これは明らかにもろもろ変更されたと言っていいだろう。
それのせいで開始当初62840人いたプレイヤーのうち1635人が犠牲になったのだ。そのほとんどは初心者プレイヤーではない一か月以上はプレイ経験のある中層クラス並みの人達だっただろう。多くの者は町の中で怯えて暮らし、ある物は脱出してやると叫び教会などの高い建物に上り、またあるものは乙の武器を握って戦場に駆けて行ったりした。
もちろん塔攻略も決行された。およそ6万人の中のプレイヤーの中でFFOがデスゲーム化する以前に最上位のクラスに食い込んでいた、生活のほとんどをFFOに注いでいたプレイヤー達のレイドパーティーが結成され、第1の塔と呼称される『ルナーエ』に挑戦した。
結果、失敗だった。
クエスト専用と言われた極悪的な強さを持つMobが配置されていたり、新たにアップデートされたまだまだデータの少ない未知のMobが多数出現して攻略は難航したらしい。
だけど塔の真ん中に配置されていた中ボス撃破は成功して、第1の塔ことルナーエは、残す強敵最上階に潜むボスのみとなった。
そしてレイドパーティーは最上階に到達してボスと交戦したのだが、あまりにも強くてAIも恐ろしい程高度で複雑だったので、死者10人を出した状態で撤退したとのことだ。
もうこれはゲームじゃない、ある種の牢獄だ。そういう声があちこちで上がった。
しかし、普通の牢獄と違うのは自由が効くところだ。皆で力を合わせれば7つの塔だってクリアすることができるはずである。と俺はそう思っている。
「おい、ハルキ。何暗い顔してんだ?」
「あぁ、ちょっとな」
「にしてもちょっと死に過ぎだよな」
「外からの援助とかはないのかねぇ……」
「そうだよなぁ……」
しばらくして雑談をした後、PQLを上げるのと同時に初心者プレイヤーの手助けという話になって別々になって出て行った。
PQL、それはプレイヤークオリティレベルの略である。
現在の俺のレベルは7で、このレベルの最大値は10だ。9までならあと半年くらいであげられるだろう。いや、毎日がゲームの世界なんだからそこまで掛からないか。
9までならモンスターを何体まで倒せとか、スキルのランクを何々まで上げろなどの一定のノルマをとるだけなのだが、10は違う。10個の条件のうち7個をクリアするとレベル10になることができるのだ。
その中のうちにこのデスゲーム化した世界の中で一番行ってはいけないことが一つ存在した。それは――プレイヤー同士での本気モードでのデュエルで10回勝利することである。本気モードでやればもちろんのことライフがゼロになる。そして倒された方は当たり前のように死亡して、完全にこの世界から退場となるのだ。
そんなことをわかっていながらも最上級プレイヤーの中でやる者はごく少数ではあるがいた。初心者を見つけ出してアドバイスをすると言い、戦闘のレクチャーだと本気モードでやらせて何もできない初心者を殺すといういかにもえげつないやり方だ。
もちろんすぐに他の上級者によって、初心者にこのことが広まり被害は著しく減ったが、少なくとも俺が知っている中で2人の10レベル到達者が現れた。
もともとデスゲーム化する前の本気デュエルは進んでやる人がいなかった。理由は簡単なことで、負けた方は自分よりレベルの低いモンスターに殺されて死んだときのペナルティーを負うのと同時に、ストレージ内に格納された装備品を相手に1つ奪われるのだ。強化品だろうと、なんだろうと奪われてしまう。
一応アイテムボックスは存在するが、町に行かないと無いのでいざというときに使う切り札的な武器はストレージにしまっておかないといけない。
ふと、何もない草原を歩いていると一人のプレイヤーに出会った。
見たことない奴だ。手には弓を持っている。腰の矢筒から矢を一本取り出して、目の前をうろついているキツネに向かって矢を射ろうとしている。とりあえず戦闘の様子をうかがってローブを着たプレイヤーを観察してみた。
まず一本矢が射たれた。いたって普通のスキルでもなんでもない通常攻撃だ。それが後ろを向いているキツネの背中に命中し、くるりと方向を変えてローブに襲い掛かって行った。ローブは一度ふらっとしたが、すぐさま次の矢を取り出して標準を合わせ二発目の矢を飛ばした。今度は顔に命中してそれなりのダメージを与えたようだ……。だがキツネは取り乱さず敵への突進攻撃を続行したのだ。その最中もローブは次なる矢を装填して射ろうとしている。
これで弓使いの勝ちだろう。しかし装備からしてあれは初心者用の弓だからビギナークラスだと思える。それであってもかなりの実力の持ち主だ。現実で弓道でもやってるのだろうか。
だが、三発目の矢は空を切った。そして数m飛んで行って地面に刺さり消滅しただろう。俺はそれを確認する前にキツネに向かって飛び込んだ。既に弓使いはあきらめたのかぐったりと全身の力が抜けたようにうつむいている。死を覚悟しているようだ。
ある程度近くに来ると弓使いはようやく俺の存在に気が付いたようで、顔を上にあげて固まっている。いきなりの行動過ぎたかな。
彼女の直前まで迫ったキツネを最近のお気に入りの剣で一撃の身に屠り伏せ、ボワッという音とともにキツネの体が淡くなって消滅し、ドロップ品がその場に残った。
それを彼がひょいっと拾った後、ローブを着た人の様子をうかがった。ここから見ると男か女か区別がつかない。恐らく男だろうが。
「…………何?」
数秒じーっとみてると、ローブを着た方が先に口を開いた。驚くべきことに悪戯っぽやんちゃな少年の声ではなく、落ち着いた大人びた女性の声だった。
「え……君……女の子だったの……!?」
「……悪い?」
「いやぁ……っべ、別にっ……」
学校でそれなりの人気がある俺だが、女子との会話は超絶的に苦手だ。人気度とかいうのが高い女子と会話をしてしまうと、思わず体がかーっとなって頬がみるみる内に熱くなって真っ赤に変わってしまう。数十秒たてばさっと引くが、話すたびに頬が赤くなるので女子にも男子にもからかわれてしまう始末だ。
幸いローブを着ていた目の前の女の子は、相手の目を直接見ることをしなかったので、普通の状態で話すことができた。それでも言葉はやっぱり詰まる。
「それで……何?」
「えぁ……えっと……なんか危なかった、からさ……ちょっと」
頭をかきむしりつつ彼女の問いに答えた。赤くなるな俺!赤くなるな俺!平常心だ……!
すると女の子は数秒考え込んで意外なことを口に述べた。ある意味俺には得手だったかもしれない。
「……あなたが心配することじゃないわ。助けたならすぐ行って」
「えぁっ!?」
「何?」
ここはありがとうとか言ってくるのかと思ったが、普通にスルーされてしまった。学校の女子の連中はこういうときあえてにっこり笑ってありがとうときっちり言ってきて俺の反応を見て楽しむが、ローブを着た彼女の場合は特に気にかかったこともなく、俺をあっさりスルーしていった。
何故か少し悔しかった。そして本当に何故かもわからずむかっとした。
「ちょ……ちょっ! 助けたのならありがとうぐらい………言え……よ!」
歩いていく彼女は俺の言葉に反応してゆっくり後ろを向いた。しばらく立ち尽くした後、フードの隙間かたわずかに確認できる口がゆっくり動いた。
「……ありがとう」
その言葉を聞いた瞬間が限界だった。顔や背中といった部位が急にかーっと熱くなり出して顔が真っ赤に染めあがっていくのがわかる。くそぅ、はずかしい……。自分でありがとうって言われるのを望んだのに、自分が嫌なことを自分で呼んでしまうなんてこんな恥ずかしいこと他にはない。
さらにそれが後押しになってどんどん赤くなっていく。現実ならば額が既に汗ばんでいるだろう。幸い仮想世界では汗は再現できないのでよかった。いや、よくない。感情が相手に丸見えだよ!!
その様子を見ていたローブを来た女の子はクスと笑い、ゆっくりと歩いて行った。それが最後の押しとなってかつてない恥辱となって俺に襲い掛かってきた。今にも俺は心も体もオーバーヒートしそうな気分だ。
ふと、耳にMobがポップする音が飛び込んできた。音の発信源だと思われる方向に向くと、そこにはここにいるはずのない人型のモンスターであるゴブリンがいた。デスゲーム化前のFFOならこんなことは起こらないはずだが、恐らくは他の変更点と一緒にこういうところも変更されたのだろう。
しかもゴブリンはかなりの攻撃力を有していて、安価ながらそれなりの防御力を誇る革の鎧を着ていてもダメージが通る難敵だ。
あの弓使いはローブの下に何を着込んでいるかは分からないが、もしかしたらキャラ作成時に貰える洋服だけかもしれない。もしそれだったら一撃でライフの半分以上を持ってかれるのは免れないぞ。
ゴブリンがアーチャーを認識したようで、手に持つ小さな片手斧を振りかざした。クリティカル率が高く、序盤では強力な武器になる代物だ。それを今相手が携えている。
ゴブリンの攻撃に気づいた女の子はすぐさま腰に手をまわして矢を取り出す。それを相手に向けて射った。放たれた一発の矢はゴブリンの右肩辺りに命中し、わずかなエフェクトがそこから発生する。あまり大きなダメージは与えられていないようだ。
ここは俺が助けに出たほうがいいのか?俺はさっきから移動せずその場で立ち尽くしているが、彼女の方はどう思っているのだろうか?
次なる矢が放たれた。空を切って直進する矢はゴブリンの胸部に命中、それなりのダメージを与えたようで少しエフェクトが大きくなる。
しかしゴブリンは斧を構えたまま直進してくる。そして、次なる矢はゴブリンに当たらず後方に広く絨毯のように敷かれた草原の方へと飛んで行った。この人は2本しかまともに射てないのか。
などと考えて助けに向かっている最中、彼女が力なく倒れそうなところにゴブリンの攻撃が繰り出された。吹き飛ばされて体力はどんど減っていく。ここでようやく電流の素早さで悟った。このままでは彼女が死んでしまうかもしれない。ゴブリンの攻撃は最大三連続で攻撃を繰り出してくる。
彼女のゲージの残量は残り3割、次の攻撃を受ければ死んでしまう!
「はぁぁっ……やめろぉぉぉっ!!」
何としても死ぬのは見たくないという思いが、声となって具現化して口から放たれた。同時に走るスピードも上がって斧が降られる前に彼女の前に出た。
斧は俺の脇腹に命中し、ライフが1割程度減る。素早く腰に結えた剣を抜いて、無尽蔵にゴブリンを切り裂いて討伐した。
「無茶するなっ!」
「……だからあなたには関係ない……って……」
そう言った瞬間、倒れていた彼女は気を失った。