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第1話 黒く、長い髪

    

 冷たい風が頬を撫でる。佳樹はマフラーに顔を埋めた。二年前の誕生日に、千紗が手作りでくれた、紺一色のマフラー。あの頃はまだ、恋人同士ではなかった。

 校門から、下駄箱の方を見てみる。千紗の姿は、ない。冷たい風がさっきより増して吹きつける。もはや、マフラーでは防ぎきれない。

 「早くしてくれよ」

 佳樹はもう一度下駄箱を見た。やはり姿はない。

 「誰を探してるんですか?」

 たださえ縮こまっている筋肉が、さらに縮んだ。寿命も縮んだかも……。

 驚いたが声の主は分かっていた。今まで待っていた人だ。満面の笑みで千紗が見てくる。

 「ねえ、驚いたでしょ」

 「当たり前だろ。どうやって外に?」

 ここでずっと千紗を待っていたのだ。だが姿は見ていない。仮に変装していたとしても、カバンや靴で分かる自信を、佳樹にはある。まさか、瞬間移動を……いや、さすがにあり得ない。

 「裏門から出たの」

 「裏門って、ここまで来るのに、結構時間かかるだろ」

 「少し走った。でもいつも同じ登場じゃ飽きるじゃん」

 出会って4年。付き合って1年になるが、千紗の思考が不規則で読めない。それなのに、何故か居心地がいい。

 「ほら、早くしないと電車くるぞ」

 「走ったら余裕だよ」

 「まだ走るのかよ」

  佳樹と千紗は歩き出した。当然のように千紗の手を握る。冷たくて、小さい手。その手が俺の手を握り返す。この手を離したくない。心の中でそう思った。

 駅に着くと、すでに電車は来ていた。「ピー」と汽笛が鳴る中を俺たちは滑り込んだ。車内は暖房が効いており、真冬だというのに汗が流れた。

 「ギリギリだったね」

 「おかげ様でな」

 席は全部埋まっている。立つ位置をやっと確保できる程に、車内は込み合っていた。

 ガタンゴトン、と電車は音を鳴らしながら、ゆらゆら進んでいく。俺たちが降りる駅は、あと四つ先だ。それまで千紗と話す。それといって内容はなく、ただ暇つぶしかもしれない。だけど、一人で携帯をいじるより、充実している。いや、俺は暇さえあれば、千紗と一緒にいたいのだ。

 二つ目の駅に停車したときのことだった。千紗はその駅で降りた。

 「千紗、まだ早いだろ」

 千紗の冗談かと思い、少し笑いながら言った。しかし、千紗には珍しく真面目な顔で「用事があるの」と言って降りていった。用事ってなんだよ、と思っていたらすぐにメールが届いた。 

 「お母さんが入院してるの。病院がこの近くだから降りた。ごめんね」

 文末の「ごめんね」がかなり堪えた。何だか、千紗に悪いことをしたみたいだ。俺はすぐにメールを返した。 

 「そうなんだ。俺のことは気にすんな。お大事に」

 メールを打ち終え、返信すると同時に、次の駅に到着した。俺が降りる駅は次だ。

 外はいつの間にか、空にそびえる真っ黒な雲から真っ白な雪が、風に揺られながら地上に降っていた。

 

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