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怪物

作者: 水石 透
掲載日:2026/04/21

ノンフィクション短編です。

 もう死んでやると決意した。静まり返った真夜中のベッドに(うずくま)る私の心中を咎める者はいなかった。

 ノートパソコンを開き自殺する方法を検索すれば、怪しげなサイトがつらつらと検索結果に並んでいく。私は暗闇の中で煌々と光る画面に映った文字列に目を走らせた。なかでも随所に現れる相談ダイヤルの「ひとりで悩まないで」などという文言はあまりにも不快で滑稽に見えたものだ。赤の他人に救える命などない。だって、私の一番近くにいる私自身でさえ自分を救えなかったのだから。


 毎夜続く母親の罵声、両親の喧騒、痛い痛いと被害者面をする父親。

 野生動物の如く絶えず唸り声をあげ、何の前触れもなく突如暴走し暴力を振るう制御不能の怪物。

 それに対し恐怖に陥り泣き叫ぶ私に「静かにして」と(のたま)う母親。


 カオスである。この家庭には秩序というものがない。私は下の子として生まれてしまったがために、あの怪物のストレスの捌け口として手足の痣を数えながらずっと生きていかなければならないのか。いくら勉強して良い大学に行ったとしても、希望する職に就けたとしても、運命の相手と巡り会えたとしても、我が家には怪物がいる。

 その事実だけで、死にたくなったのだ。


 しかし結果から言えば、私はまだ生きている。

 いざ行動に移そうとした途端に命が惜しくなったのかもしれないし、ばかばかしくなったのかもしれない。ひとつ言えるのは、ふと目に入ったフリーゲームの広告を見て、そういえばまだ自分はゲームをしたことがないと思い出したということだ。

 日が昇る頃には私のレベルはついに九十九に到達し、その代償としてショボショボする目を擦りながら若干の達成感と後悔を背負い学校へ行くことになったのだった。


 だめだ。もっと、明るい話をしよう。私の中にある怪物に関わる物語はどれをとっても暗黒のベールに包まれ歪んだ感情を再起させてしまう。


 ……いや、やはりそんな気分ではない。

 ここまで話したからには、これを読んでくれている君にだけでも打ち明けたい。さらけ出してしまいたいのだ。そうして少しでも楽になりたいというのが本音だが、君にとっても、もしかしたら面白い、非日常的な話になるかもしれないだろうし。



 怪物は、私が生まれた時からそこにいた。そいつにも幼少期というものがあり、今と比べるとだいぶ温厚だったように思う。しかしその生態は既に明らかに異様であった。

 食事は私たちと違い、いわゆる「反芻(はんすう)」をする。一度飲み込んだ食物を吐き戻して再び飲み込むのだ。嗚呼、思い出すだけで気分が悪くなってくる。同じテーブルにつき目の前で反芻するさまを見て平気でいられる人間はそう多くはないのではないだろうか。私は物心ついた頃にはもうその光景に慣れてしまっていたが、それでも当然気持ちのいいものではなかった。ときどき視界に映るドロドロの嘔吐物を見ているだけでなんとなくご飯がまずくなってくる気さえしたし、何よりその嘔吐「音」があまりにも耳障りなのだ。


 また、怪物はあまり服を着なかった。特に家では服どころか下着も身に着けず、そのうえ窓を開けて身を乗り出す癖があったので余計に迷惑であった。極めつけは、私が家の外で友人たちと遊んでいる最中に全裸で二階の窓から放尿したときだ。

 私も友人たちも、唖然と見ていた。私は不思議と動揺はしなかった。日頃から奇行は見慣れていた。しかし友人たちの目にはあまりにも異常な行為として映っただろうと思う。きっと夕食の時にでも親に話して、絶対真似しちゃいけませんだとか、早く忘れなさいなどと咎められたに違いない。申し訳ない。


 そして怪物が怪物たる所以(ゆえん)の最たるものは、圧倒的な言語能力の欠如だ。怪物は言葉を発さず、代わりに喃語にもならない母音ばかりの鳴き声あるいは唸り声を一日じゅう発しているのだ。この声が私の頭を狂わせる。

 煩い。煩い。とにかく煩いのだ。家の中ではどこにいても奴の声が響き渡り私の脳内に絶えず警鐘を鳴らし続ける。機嫌が悪い時などその威圧感は顕著になり、いつこちらに突進し殴りかかってくるかわからない。私の緊張は一気に高まり、全力で部屋のドアを押さえつけても、カップラーメンばかり食べて無駄に肥え太った大きな体躯(たいく)がミシミシと薄い木のドアを押しのけ、伸びてくる汚い手が私を突き飛ばし、押しのけ、なおも壁に押し付け、突き上げ、痛い、痛い、痛い痛い痛い怖い痛い怖い誰か助


 つい脱線してしまった。すぐに何かにのめりこんでしまうのは私の悪い癖なのだ。どうか忘れてくれ。ともかく、奴は今や誰にも止められず手のつけようのない存在となってしまった。私にはどうしたらいいか分からない。

 怪物に自らが行った暴力の報いを受けさせたいのは山々だが、私にはどうやったって力で勝てないし、そもそも意思疎通も不可能だ。 

 だからせめて、この手記の上では自らの兄を恐れと憎しみを込めて怪物と呼ぶのを許してほしい。


 ……ああ、すまない。ちょっと悪い夢を思い出しただけなんだ。

 ここまで読んでくれてありがとう。ついでに、これから金槌を買いに行きたいんだけど、どなたか首都圏で品揃えの良いホームセンタ―を知っていたらぜひ教えてほしい。


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