夜な夜な通っています
鏡が光る夜は、それからも何度か訪れた。
ある時ユラは、
“オニギリ”なるものを持って現れた。
三角形の白い食べ物で、中には魚が入っているらしい。
「これはね、日本の、昔からある携帯食です」
「夜だからミニサイズで作ってみました」
「君は料理もするの?」
「一人暮らしですから、一通り全部やりますよ」
「そうなのか」
「これは……どうやって食べたらいいのかな」
「ガブっとそのまま食べてください。携帯食ですから」
レイは一口齧ってみる。
少し粒の食感と、ほのかな甘み、魚の塩気。
「おいしいね」
「そうでしょう?次は、はい、これ」
ユラはニコニコしながら、もう一つの包みを渡した。
レイは興味深そうにそれを眺め、一口かじり――
次の瞬間、顔をしかめた。
「……っ……これは……」
一度言葉を切って、飲み込む。
「……すごい味だね」
「それは、梅干し。びっくりしました?」
ユラは声を上げて笑った。
別の夜には、チェスをした。
ユラは一度も勝てなかった。
悔しくなってトランプを持ち込んだが、
それでも結局勝てなかった。
「不公平だ!チェスは無理だからトランプ持ってきたのに。なんでトランプまで強いんですか」
ユラはソファに突っ伏した。
「勝負事は嫌いじゃないから」
穏やかな顔で言うレイに、ユラはむくれていた。
そんな夜をいくつか重ねるうちに、
鏡についてわかったこともある。
レイの部屋の窓から月の光が差し込むと、
鏡は白く光り始める。
その光が道となり、
ユラの世界の鏡と繋がるらしい。
けれど月が傾くにつれ、光は次第に弱まっていく。
気づけば、ユラの体がぼんやりと光り始める。
そして――
やがて光が散るように消える。
どうやら時間が来ると、
自動的に元の世界へ戻されるようだった。
「そういえば不思議なんですけど」
「何が?」
「私、ここに来ても時間が進んでないんですよ」
「鏡に入った時間に戻れるんです」
「君の世界の時間は止まっているということ?」
「止まってるのか、私が遡ってるのかは分かりませんけど……」
「それなら、寝不足にはならないのか」
少しだけ考えてから、
「……でも、無理はしないで」
ユラは少しだけ笑った。
「レイさんこそ、ちゃんと休んでくださいね」
ある夜、
ユラは、レイの部屋の鏡をまじまじと眺めていた。
「この白っぽい石……」
鏡の額にはめ込まれた、小さな石。
「私の部屋にある鏡の石に、ちょっと似てる」
レイはその石を見上げて言った。
「これは月光石だ。魔除けの力を持つと言われている」
月光石は柔らかく光っている。
「もしかしたら……同じ種類なのかもしれないね」
ユラは小さく頷いた。
「私のは、ムーンストーンって呼ばれてます」
そして笑う。
「同じ“月の石”ですね」
またある夜、二人は文字を書いてみた。
当然ながら、どちらの文字も互いに読めなかった。
「レイさんの国の文字は難しいですね……こんなクネクネしてるの無理!」
「そう?なかなか上手に書けてるよ」
「じゃあ、次はレイさんの番ですよ。
これは、私の名前です。『小川由良』」
レイが真剣な顔でユラの書いた漢字を真似る。
それでも、できた文字はなんだか歪で、線が震えていた。
「レイさんでも……漢字は下手ですね」
ユラはしばらく笑いが止まらなかった。
「これは、ひどいな」
レイも思わず声に出して笑ってしまった。
上手くできないことも、笑われた事も、
不思議と嫌ではなかった。
こうして夜ごとに、
二人の時間は、少しずつ重なっていった。




