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ただの、恋人どうし




「え……もう、来れなくなるってこと?」



二人は、いつものソファに並んで座っていた。

ユラの声に、レイは視線を落としたまま応えた。


「ごめん……」

「僕が昼間に行った日のせいみたいなんだ」

「しかも……まだ何も終わっていない」


ユラは控えめにレイを見上げる。


「あの……縁談のこと?」


レイは静かに頷く。


「そっか……。レイは王子だもんね」


小さく息をついて、続ける。


「気持ちだけじゃ……どうにもならないことも、あるよね」


レイはわずかに視線を揺らした。


「相手は……かなり資源のある大国なんだ」

「国にとっても、大きな利益になる話で……重臣達も簡単には折れてくれない」


少しの沈黙。


それでも、レイはユラを見つめて言った。



「……でも僕は、ユラといたい」



ユラの手を、上から包むように握る。


ユラも、揺れる瞳でレイを見つめ返した。



「……あと一週間で、会えなくなるのに?」


「……そうだね」


レイは苦く笑う。




「それに……君と生きるなら、どちらかの世界を選ぶことになる」


ユラは一瞬目を見張った後、小さく頷いた。


「そっか……」

「こうやって会えないなら……そうなる、よね」


レイは目を伏せる。



「僕は……ごめん」

「全てを捨てることはできない」


「ユラだって……簡単に決められることじゃないよね」



ユラは、何か言いかけて——やめた。


レイの苦しげな横顔をただ見つめる。



彼の淡い金の髪が、月の光で銀色に透ける。


美しいのに——

どこか遠い存在のように感じた。




二人の間に沈黙が落ちる。





しばらくして、ユラはふっと笑った。


「レイが昼に会いにきてくれた時に、言ったこと……覚えてる?」


レイが顔を上げる。


「あと一週間しかないんでしょ?」


少しだけ照れたように笑って、ユラは続けた。


「未来のことは、今すぐ決められないけど……だったら、今だけは」


一拍おいて、



「ただの恋人でいようよ」



そのまま、まっすぐに言葉を重ねる。


「会えなくなるとしても……

今だけは、ちゃんと一緒にいたい」


レイは少し驚いたようにユラを見る。


それから、小さく笑った。


「……それはずるい」


困ったような声が、かすかに震える。


「そんなこと言われたら……断れないじゃないか」


ユラはくすっと笑った。


「じゃあ、決まりね」


レイは少しだけ目を伏せる。


「……うん」


小さく息を吐いて、レイはそっとユラを抱き寄せた。


その腕は思っていたより強く、わずかに震えている。

そして、ぽつりと呟いた。


「……贅沢、だね」


「レイ……?」


ユラの問いに、レイは答えない。


ただ、肩に顔を埋めた。


「……ごめん」


かすかな声。


「なんで?」


ユラが首を傾げる。


レイは目を閉じたまま、絞り出すように言った。


「どうしたらいいのか、わからない……」

「守るべきものも、手放したくないものも……どちらも選べなくて」


ユラは少し黙って、レイをしっかりと抱きしめ返した。

それからやわらかく笑う。



「レイってさ」


「完璧王子って感じなのに」


レイが顔を上げる。


「恋すると、普通の人だね」


その言葉に、レイは一瞬驚いて――やがて苦笑した。


「……困ったな」


「君の前だと、そうみたいだ」






それからの一週間は、鏡の調子がひどく不安定だった。


月が出ていても、石の光は弱いままで、

繋がらない夜もあった。






その夜は、雲が厚く月が見えなかった。


レイは窓辺に立ち、

祈るような気持ちで空を見上げていた。


ーーそれでも。


結局その日、鏡は光ったが、ユラの姿は現れなかった。




「レイ? 聞こえる?」


声だけが届く。


「うん、聞こえてるよ」


二人は鏡越しに言葉を交わしながら、

同じように月を見上げていた。


少し、ほっとしたような沈黙。


「もうすぐ、満月だね」


「……そうだね」


ユラの言葉に、レイは力なく応えた。


わずかに迷ってから、口を開いた。


「ユラ」


「なに?」


「もし、次に来られたら……」


一瞬だけ言葉を選んで、


「……君の世界の“しゃしん”を、くれないかな」


「しゃしん?」


ユラはきょとんとする。


「桜の下で撮った写真」


「桜? でも……レイは映らなかったのに」


レイは小さく笑った。


「いいんだ。離れてても、ユラの顔を見たいだけだし」


少しだけ、声がやわらぐ。


「それに……君と僕が“恋人になった日”に撮った写真だから」


ユラはふっと笑った。


「……うん」


「次に会えた時は、持っていくね……」






また別の夜も、鏡が淡く光った。


ユラは少しよろけながら現れ、

絨毯の上に足をつく。


レイはすぐに歩み寄り、優しくその身体を支えた。


「今日は来れた……」


「よかった」


レイはほっとしたように笑う。



二人はしばらく、

ただ同じ部屋にいるだけの時間を過ごした。


特別なことは何もない。


それでも——

今は、その時間が何よりも大切だった。



「レイ。これ」


ユラは一枚の写真を取り出す。


「はい。約束の写真」


レイは、すぐには手を伸ばさなかった。

少し驚いたように、それを見つめる。


壊れものを扱うように、そっと受け取る。


「……これが」


小さく呟く。


「写真、か」


そこには、満開の桜。

その下で笑うユラ。


けれど——


レイの姿は、どこにもない。


ユラの隣にある、不自然な空白。




「一緒に撮ったのにね……」


ユラは少し困ったように言う。


レイは写真を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。


やがて、静かに口を開く。


「……大丈夫」


「この空白に、確かに僕もいた」


ユラは少し寂しそうに笑う。


「うん。一緒にいた」


レイは静かにユラを抱き寄せる。


ユラは、そのまま身を預けた。


二人はしばらく、

何も言わずに寄り添っていた。




その夜は、少しだけ長く一緒にいられた。


けれど次の日からまた、

鏡の接続は弱くなる。



気がつけば——


最後の満月が、迫っていた。




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