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消えない桜と、ふたりの距離




しばらく寄り添っていた2人だが、

ふとユラはレイの足元が気になった。


「あ、レイ土足」


「あっ……そうだった。ごめん」


そう慌てたように言うレイを改めて見ると、


「え?!王子版のレイ、初めて見た!!」


ユラは思わずまじまじと見つめた。


紺の布地に銀の縁取り。

無駄のない仕立てなのに、どこか気品がある。


「……やば」


小さく呟く。


普段でも十分、キラキラしているのに、

王子様仕様のレイは破壊力がすごい。


鼻血出ないといいな……


「レイ……ほんとに、王子様なんだね」


レイは少しだけ照れたように笑った。


「今さら?」


「いや、だって……」


ユラは一歩近づいて、じっと見上げる。


「いつもは“レイ”だけど、今日は“殿下”って感じする」


「それは……少し距離を感じるな」


「こんなに素敵なのに、背景が私の部屋って……ちぐはぐで笑えるね」


ユラはいつもの調子で笑った。


レイも少し困ったように笑う。


そして、周囲を見回す。


見たことのないもので溢れた、コンパクトな部屋。


だが、不思議と整っている。


ナチュラルカラーで揃えられた家具たちが、とてもユラらしかった。


「……ここが君の部屋なんだ」


「そうだよ」



レイは少し考え込むように部屋を見渡した。


端のキッチンに目を留める。


「そこは……料理をするところ?」


「うん」


レイは少し驚いたように眉を上げる。


「……寝る場所のすぐ横で?」


「そうだよ」


レイは少し考えてから頷いた。


「すべてが手の届く距離にある」

「……とても、合理的な家だね」


ユラは思わず吹き出した。


「そりゃ、お城とは違うよね」






ユラはふと窓の外を見た。


「……あ」


少し目を輝かせる。


「ねえ!桜、見に行かない?」


「さくら?」


「そう、今ちょうど咲いてるの」


ユラは、レイの手を引いて、外へと連れ出した。


なるべく人通りの少ない道を選んで、川沿いの土手へ向かう。


「ユラ、仕事の途中じゃなかったのか?」


「ちょうどお昼だから。昼休憩ってことにする」





土手の桜並木は、ちょうど見頃を迎えた桜でピンク色に染まっていた。


やわらかい風に吹かれて舞った花びらが、

ゆっくりと川面へ落ちていく。


「きれいだ……」

「これが、さくら?」


レイの世界にはない、初めての景色だった。

川向こうには、いつかユラのスマホで見た四角い建物たちが並んでいるのが見える。


「そうだよ!春になると一斉に咲くの」


ユラは楽しそうに続ける。


「すぐに散っちゃうんだけどね」

「レイ、このタイミングで来れてラッキーだよ」




その時、少し強い風が吹き抜けた。


枝いっぱいの花がふわりと揺れて、

次の瞬間、花びらが一斉に舞い上がる。


「わ……」


ユラが思わず声を漏らす。


淡いピンクの花びらが、空から降るように二人を包んだ。


「……まるで、雪みたいだ」


レイは花吹雪を見上げて呟く。


「また来年も、見られるといいね」


ユラはそう言って、小さく笑った。




その横を、犬を連れた老婦人が、ぎょっとした顔で通り過ぎていった。


「なんだか、さっきからすれ違う人に見られている気がするんだが……」


「……そうだろうね」


ユラはクスクス笑っている。


「でも、大丈夫だよ。きっとコスプレだと思ってくれる」


「コスプレ?」


「そう、しかも神クオリティ」


レイは首を傾げる。


「気にしないで大丈夫ってこと」


「そう……なのか?」


レイは苦笑した。


ユラの不思議な言葉は、深く考えてはいけないと、

このところ学んだレイだった。





「レイ、ここに立って。写真撮ろうよ」

ユラは桜の下にレイを立たせると、スマホを構えて自分も横に並んだ。


画面には、笑っているユラと、困惑した顔のレイ。




「レイ、写真は笑うものだよ!肖像画描くと思って」


「肖像画は笑わないけど……」


「いいから、にっこり!」



カシャ



画面には、笑顔のユラとぎこちない笑顔のレイが切り取られていた。



「うまく撮れたかな……」


前回は、レイの世界だった。

でも、今回はユラの世界にレイがいる。


二人の思い出を、残せるはずだ。





ユラは保存フォルダを開く。


そこには、


満開の桜の下で笑うユラと、


不自然な空白。


ユラの指が、ぴたりと止まる。


「……うそでしょ」


画面を、もう一度見直す。


そこにいるはずの人が、いない。


レイだけ消えている。





レイは、ユラの横から画面を覗き込んだ。


「……やっぱり、か」


「え?」


「前に、写真を撮ってくれた時も……

きっと、そうだったんだろう?」


ユラは言わなかったけれど。



少しだけ目を伏せる。


「僕は、君の世界のモノじゃないから、映らない」


「レイ……」


ユラの、スマホを持つ手が震えた。




「でも」


レイは、わずかに微笑んだ。


「僕は、確かにここにいて、

ユラと桜を見た」




「それは、変わらない事実だよ」


レイは、そっとユラの手を取った。


「ちゃんと、ここにいる」


照れたように笑って、その手を、強く握る。


ユラの指先が、握り返した。


「そうだよね」





その時、レイの体が、淡い光を帯びて揺らいだ。


「……もう、戻されるようだ」

「ユラと、桜が見られてよかった」


「……うん、私も」


ユラは胸が詰まって、それ以上、言葉が出なかった。


光を纏ってぼやけ始めたレイの手が、ユラの頬を撫でる。


「また、月の夜に」


レイはそう言って、微笑んだ。


ほんの一瞬、指先に力がこもる。


その輪郭が、花びらのようにほどけていく。


繋いでいた手の感触が、

ゆっくりと薄れていった。


彼の肩についていた花びらが、はらりと落ちる。




ユラは、それをそっと拾い上げた。


まだ、レイの温度が残っている気がして、

しばらく、そこから動けなかった。




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