会いたい
夜が明けて。
会議場には、穏やかな空気が満ちていた。
長い楕円形の卓。
その周囲に宰相、外務大臣、貴族代表たちが座っている。
昨夜の舞踏会の余韻が、まだ残っているようだった。
レイは席の中央に静かに座っていた。
その表情は、いつもと変わらない。
「ルドリア皇帝は、今回の訪問を大変前向きに捉えておられます」
外務大臣が書状を机に置く。
「姫君も昨夜の舞踏を大層お喜びのようで」
何人かの重臣が頷いた。
「大変お似合いでしたな」
「まさに、理想の縁談かと」
宰相がゆっくり言葉を続ける。
「両国の関係を考えても、これ以上の好機はございません」
静かな視線が、一斉にレイへ向けられる。
「殿下のお考えをお聞かせいただければ」
レイはしばらく黙っていた。
机の上に組んだ指先を見つめる。
頭では分かっている。
ーーこれは最良の縁だ。
王太子として、正しい選択。
それでも――
ふと昨夜の光景が浮かぶ。
ユラの「おかえり」
裸足のワルツ。
そして、あの笑顔。
レイは小さく息を吐いた。
そして顔を上げる。
「……少し」
静かな声。
「考える時間をいただけますか」
会議場の空気がわずかに揺れる。
宰相が眉を動かした。
「本日のうちに、ご意思を伺えればと」
レイは頷く。
そして椅子から立ち上がった。
「失礼します」
重臣たちがわずかにざわめく。
だが、誰も止めない。
その時。
レイは上座から視線を感じた。
国王が、こちらを見ていた。
王としての威厳を湛えた、静かな視線。
だがその奥に、ほんのわずかに――
父の色がある。
(……お前は、どうする)
レイは一瞬だけ父の目を見返した。
そして軽く一礼する。
国王は何も言わない。
レイは踵を返し、会議場を出る。
廊下は静かだった。
レイは歩きながら、ゆっくり息を吐く。
胸の奥が、押し潰されるように重い。
——そのまま、無意識に前髪を掴んだ。
指先に力がこもる。
気づけば、足が自然と速くなっていた。
自室の扉を開け、鏡の前に立つ。
いつも、彼女がやってくる場所。
レイはそっと鏡に触れた。
決断しなければならないのに。
頭では、すでに答えは出ているはずだった。
選ぶべきものも。
選んではならないものも。
それなのに――
心の中が彼女に塗り替えられていく。
まだ、気持ちを伝えてもいない。
昨日だって、言えなかった。
あの距離で、
あの空気で。
何度も機会はあった。
言えるわけがない。
この状況で、
何を伝えるつもりだ。
縁談を断ることもできないのに。
それでも――
せめて、顔が見たい。
今夜は会えないとわかっていても。
「……ユラ」
「会いたい」
その瞬間。
鏡の縁の月光石から、強く眩い光が部屋に広がる。
レイは、あまりのまぶしさに目を瞑った。




