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8話 事態は動き出す

 さて。どうして嘘をついたのか、かあ。


 バカ正直に言うなら「陛下に脅されたから」なんだけど。


 さすがにそう言ったらまずいのは僕でも分かるよ。姫がまた暴発しかねない。


 だから、少しずつ外堀を埋めるように。陛下には陛下なりの事情があると僕が受け入れた――そう、分かるように。


 頭の中でもう一回話す内容を反芻して、と。――よし。


「えっとですね、姫」


「!」


「最初はちょっと、関係ない話をしてるように聞こえるかもですけど。しばらく聞いてもらえると助かります」


「ええ、わかってるわ……! わたし、アルベルトの話ちゃんと聞けるもの。まかせて」


「ふふ、いい子。じゃあ」


 緊張した面持ちの姫に、僕は話し始める。


「まずですね。たしかに、僕が辞職を申し入れた理由である結婚――……これは嘘です、ごめんなさい」


「――やっぱり!」


「姫もご察しの通り、僕と結婚してくれる人なんていないですからね。あはは、我ながらちょっと苦しい理由だとは思ってました」


「……! そんなことないわ! わたしほんとに信じちゃったもの、アルベルトが結婚しちゃうって……っ」


 たしかに姫は信じてたよね。僕まだ十六歳だし、宮廷魔術師でも下っ端で出会いもないのに。


 思い出して苦笑してると。


「――でも、結婚が嘘だってわかったら。えへ、そのね……」


「どうしました?」


「うふふっ。わたし、安心したわ。――アルベルトは盗られてなんてなかったんだ、って」


 おお……。また、あのちょっと凄味を感じる瞳だ。いつも通りの綺麗な紫紺色なのに、普段より色が深いというか、光がないというか。あといま、ぼそっと「ぜったい離さない」って言った?


 と、それよりも。続きを。


「――よし、話を戻しますね。ここからは、なぜ僕がそんな嘘をついたのかってことなんですけど」


「! うん、おねがい……」


「じゃあ、話しますね。現在、陛下には直接血を分けた子どもは二人――王太子殿下と姫だけなんです。そして問題なのは、貴族や王国の民たちから人気があるのは姫の方だということ」


「うん。それで?」


「つまり、王宮にはすでに火種があります。陛下の後継者を誰にするかという争いの」


 姫はその言葉に顔をしかめる。


 そうだよね、姫からしたら周りが勝手に騒いでるだけだもんね。


 とりあえず続けますね。


「それでですね。陛下はそんな状況を憂いていて、特に姫へ過剰な期待が集まることを懸念してます。正式な後継者は王太子殿下ですから、当然といえば当然ですね。そこで目をつけたのが――姫の魔術指南です」


「アルベルト、の」


「そう。王宮魔術師団でも一番の新参で、固有魔術すら使えない僕です。そんな男が姫に固有魔術制御の教えを授けられるわけがないと。加えて、そう周囲に思わせること自体にも意味がある。姫の影響力をこれ以上拡大させないための、苦肉の策だったんでしょうね」


 これは陛下から言われたわけじゃないから、ただの想像だけど。でもそう外してない自信はあるよ。


 さて。ここまで言って姫の様子はというと……うん。怒り狂ったりなんかしてない。


 ――というよりむしろ、どこかホッとしてる? 安堵に頬を緩めて、あからさまに胸を撫で下ろしてる。


 まあ、なにに安心してるのかは分からないけど。姫の昨日の様子なら正直この内容でもやばいかもと思ってたし、大丈夫だったみたいでよかった。


 よし。じゃあ後は、さっさと陛下に指示されたと明かして、平和的な交渉を提案すれば、と。


 そんなふうに軽く考えた僕は、どこまでも状況を軽視してたらしい。


「っ?」


 さっきまで何ともなかった姫から。


 ――突如立ち上る威圧感と、ゆらめく銀の魔力。


 安心して視線を落としていた僕は急いで顔を上げて、そして姫を見た直後。

 



「――――よかった。じゃあやっぱり……あの(ゴミ)が、辞めるよう命令したのね……。わたしにバレないよう、アルベルトにぜんぶを押し付けて……」




 !? ゴミ?


 姫の顔から光が消えて、まるでドス黒い憎悪を塗りたくったみたいに。


 その冷たい美貌に負の感情が乗ると、恐ろしいまでに凄みがあった。


 ぎゅっと姫が拳を握って……ってうわ、血が垂れてる!


 僕が全部言うまでもなく今回の経緯を察して、黒々した憎しみを陛下に向けてる。


「――姫、ちょっと、落ち着いてくださいっ。僕は陛下の言葉に納得してたんです。実際、陛下の考えはどうあれ姫が安全になる方向にコトは動いてたので!」


「いいの。アルベルトの立場で断われるわけないものね。いまの言葉だってどこまでアルベルトのものか……。あいつが言わせてたっておかしくない――」


 あ、ダメだ。姫の目完全にキマってる。


 これたぶん僕が説明する前から予想はついてたんだ。そういえば姫って、あらゆる分野における万能の天才だった。僕に推測できることくらい、姫にだって分かるんだ。


 でもさすがに……このまま陛下にカチコミかけるほどじゃないよね? リスクリターン考えたらね、まさかあの姫がそんなこと――


「――このままじゃ、いつ『コール村の悲劇』が、あの愚かな選択が、アルベルト個人に向けられるかわからないもの……。予定通り進めるわ」


「ん……えっ? いま姫、コール村って……。ッそっか、僕のことを調べた過程で――!」


 コール村の悲劇――僕の故郷コール村が、この王国の地図から消え去った日のこと。王国の歴史から葬られたあの出来事より後、僕の心はずっとがらんどうだ。


 そんな、命を失わずとも多大なる影響を受けた事件なんだけど……これを知られるの、最悪のタイミングだよ。できるだけ陛下の印象をマシにしたいっていう時に。


 それに、予定通り進めるってのはいったいなにを?


 そう、嫌な予感を覚えたその時だった。


 唐突に。


 姫の体で揺らめいていた銀の魔力が――怒りとともに、爆発的に膨れ上がった。


「……! まずッ――」


 ぶわっと噴き出した魔力が部屋に満ちて、直後。


 パリン、と。僕の頭だけに響く音。


 アトラス王の再来と言われる膨大な魔力が、こっそり張った抗魔力の結界を破ったんだ。


 そしてそれはつまり、強力な銀の波動が部屋の壁を越えるということ。


 ――見えないとこで姫を護衛してた《《影》》たちが、扉の向こうや天井の上から次々と現れ。


 そして、姫が言った。




「――――私は王を、弑する。総員、手筈通りに行動を始めなさい」




 数人を残して、素早く部屋を出ていく影たち。僕は面識ある影の少女に睨まれながら腕を抑えられる。


「止めないでね、アルベルト。邪魔されたらわたし」


 えっ。短剣なんか出して、いったいなにを……。


「……こうして、ね。――自分の首、きっちゃうから」


 懐から抜かれた短剣が、姫の首に一筋の傷を残す。鮮やかで、銀の髪に映える赤。


 そこ、まで。


 ……そうして、姫の本気を感じとって何もできなくなった僕は。


 ――影に拘束されたまま、颯爽と部屋を出ていく姫を見ることしかできなかった。


 


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