7話 圧
――翌日。
今日もまた、宮廷魔術師としての仕事が始まる前の時間で。
僕は三日連続、姫の執務室へ続く回廊を進んでいた。
……結局昨日、仕事をしながら姫のことどうするか考えてみたけど。
やっぱりもう、できることはほとんどないように思う。選択肢なんて実質消去法で決まっちゃう。
スウさんが言ってた嫌われる方法だって、試す手もなくはないけど、いきなりやるべきじゃないだろうし。そもそも昨日姫は「嫌われても離さない」って言ってたもんね。
それに僕、昔から親しい友人っていなくて、実は姫が僕の友だち第一号だったりする。それを失うことに抵抗がないと言えば嘘になるし、やっぱり初手は決まってるようなものだよ。
だから。
「――姫に全部話して、陛下と交渉の場を持ってもらう。よし、これでいこう」
目の前に見えてきたおなじみの扉に向かって進んでいく。
そして扉に向かって、声掛けとノックを。
その直後。
「――っアルベルト! どうぞ、入って!」
「それじゃあ失礼します」
中に足を踏み入れると。
執務机から立ち上がった姫がいつもよりすこしくすんだ銀髪を翻し、タタタッと僕のもとへ駆け寄ってきた。
「アルベルトっ。昨日はその、大声出しちゃってごめんね? つい頭に血が上っちゃって。でも、それでも、今日も会いに来てくれた……! ――やっぱりアルベルト、やさし……」
「昨日のことも、今日ここへ来たのも。どっちも僕の都合だから、姫は気にしないでいいですからね」
「うん……!」
姫、今日も安心した子どもみたいにうっとりと笑みを……。それにやっぱり昨日に続いて、例のごっこの時みたいに幼いままだよ。
にしても。昨日の去り際、姫はずいぶん荒れてたはずなのに。なんで今日はこんなに上機嫌?
そんな疑問を抱いたその時だった。
「――アルベルト。いま、不思議に思ったでしょ? なんでわたしがこんなに元気なのって」
「え。はい、その通りですけど……」
「うふふ。いいわアルベルト、特別に教えてあげるね。わたしいま機嫌がいいから」
姫はくすくすと含み笑いしながら、僕へ向かってさらに一歩接近する。そうして、ほとんど密着するような距離で甘い香りを漂わせる姫は。
僕の服の裾をつまんで弄びながら、言ったのだ。
「アルベルト。――――結婚するっていうの、うそでしょ」
そう口にした姫は、どこか得意げに、いたずらっぽく。僕の目をまっすぐ見据えている。
ただ一つ注意するとしたら。笑って問いかけてきた姫だけど―――――その目だけは笑ってない。
嘘は許さないし、誤魔化しも通用しないと、そんな言外の意志を感じる。
「……。もしかして昨日あのあと、僕の身辺調査でもしましたか?」
「うん。《《影》》の子たちに、アルベルトのこと調べさせたの……。――プライベートで何してるのか、王宮外と手紙なんかでやり取りしてないか。奥さんがどこにいるか探さなきゃダメだったから」
「それで……。姫、ちょっと寝不足になってますね?」
髪や顔色から、かすかに疲労の色が見えるからね。
姫はそんな指摘に対し、恥ずかしそうに髪を手で撫で付けながら言った。
「……バレちゃった。ほんとは、アルベルトにはこんなの見せたくないのよ? でもうん、正解。たくさん上がってくる報告をできるだけ早く聞きたくって。昨日はずっと起きてたの」
「それは……。姫も、調査を担当した方も、みんなすごく大変だったんですね」
「たいへん……うん、そうね。たいへんだったと思う。でも。でもね」
姫は怪しく目を光らせながら言った。
「そのちょっとのたいへんで、アルベルトのホントの気持ちが分かるなら。安いものでしょ?」
「それで」と、姫は続ける。
「ね、アルベルト。どうしてうそをついたの? なにか、理由があるんでしょ――?」
ひどく圧迫感を覚えるその問いかけ。
でも、その一番奥には。まるで親の帰りを待つ子どものように、心細く不安な気持ちがある……そんな気がした。




