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6話 アルくんはボクのだからね

 なんてことない顔でそう言ったスウさん。


 でも、僕は驚きを隠せない。だって、わざわざ詳細は分からないようにぼかして伝えたっていうのに。


「――スウさん……僕と姫のことを知って?」


「うん、もちろん知っているとも。かの『孤高の銀姫』が唯一魔法を師事した最年少の宮廷魔術師――――キミのことだね? アルくん」


「――! そこまで……!」


「ふふ。これくらい調べようと思えば簡単だよ。なんせボクは――っと。言いすぎちゃダメだった、あんまり気にしないでおくれ」


 「なんせボクは」というと……侍女たちのネットワークを使えば、てことなのかな。


「でも。この話、陛下から緘口令が敷かれてるはずなのに……」


 たしかに、侍女っていったら王宮内でも特に耳が広いんだろうけど。でもこれ、下手に追及してもまずそう。仮にも王命として口外を禁じられてるんだから。


「あの、スウさん。このことは僕以外に言わないほうがいいです。陛下の命令に背いたとバレたらどんな処分が下されるか……」


 少なくとも、宮廷魔術師一人を王宮から追放するくらいは簡単なんだから。気をつけるに越したことはない。


「ふふっ。相変わらず優しいなあアルくんは。でも心配しないで。いくら陛下でもボクを簡単に切り捨てたりなんてしないよ」


 陛下から切り捨てられない? それはいったいどういう……。


「あははっ、あんまり気にしないで。それにもちろん、このことをアルくん以外に言ったりはしないさ。そもそも誰かに言いふらしたくてキミを調べたわけじゃないんだ。それどころか、可能な限りボクの胸だけにしまい込んでおきたいくらいだ……」


「そうですか? よくわからないけど……まあ、いいや。言いふらしたりしないのならひとまず大丈夫だと思います」


 おそらくは、だけど。もしダメそうなら、そのときは僕から言ってしまったことにしよう。どうせ王宮を追放されるんだから、今さら罪が一つ増えてもそんなに変わらないでしょ。


 ただし。スウさんのことを思えばこそ、ちゃんと伝えておかないと。


「気をつけてくださいね。もしうっかり、事情を知ってる人の前で口を滑らしたりなんかしたら……」


 こうるさいと思われるかもだけど、大事なことだから。陛下の思惑から外れてしまった結果はこの僕が身をもって知ってる。


 なんたって、陛下にクビ宣告されたと思ったら姫に無理やり引き止められ、にっちもさっちもいかない状態になってしまってるんだから。


 ……ふふっ。いまのめちゃくちゃな状況を思うと笑いごとじゃないんだけど、どうにも少しおかしくって。


 思わずくすりと笑みをこぼした。


 そして、それを見てなぜか驚いたように目を丸くするスウさん。


 僕は姫とのごっご遊びの時のように、口の前に人差し指を立てて告げた――。


「――僕みたいになっちゃいますから。ね?」


 歳のわりに無邪気なスウさんに忠告のつもりで言った言葉。でもなぜか、この言葉を受けたスウさんはいつもの余裕がどこへやら、顔を真っ赤に染めてしまう。


「……う、うん……」


 蚊の鳴くような小さな声で、スウさんはそう呟いたのだった。







 そして。


 ――アルベルトが言うスウさんこと、スカーレット・クレイは。


 儚げで、そしてどこか倒錯的な笑みを浮かべた少年を前に…………もう、どうしようもなくなっていた。


 この、胸の高鳴りはなんだろうか……!? どうにも変な気持ちで、なんだか見ちゃいけないものをこっそり覗き見ているみたいな……と。


 かっこいい大人を自負するスカーレットは、けっしてそんな内心を年下のアルベルトに見せはしない――――と思っているのは彼女だけで。実際はそのドギマギした様子を不思議がられているのだけれど。


 ともかく、スカーレットはこの未知の感情を持て余した結果。とりあえず先送りにしようと話題を変えることに決めた。


「――そ、それでアルくん! ここへ来たもともとの目的、そっちに立ち返ろうか!」


「あ。たしかにそうでした。忘れてましたね」


 照れたように笑う、見目麗しいアルベルト。また、胸がドクンと大きく高鳴る。


 いちいち心を揺さぶってくるアルベルトに恨みがましい視線を送りつつ、努めて気にしないようにしながら、スカーレットは言った。


「アルくんはいま王女サマと陛下の板挟みに困ってる――そういう状況と理解したんだけど、それは間違ってない?」


「はい。もうこの場だから言っちゃいますけど、まさにその通りです。片方を立てれば片方が立たずって感じで。ただ、姫の今後を考えれば陛下の言うことが正しいのかなとは思ってて、なんとか姫を説得できればと」


「なるほど。…………そこまでアルくんに思われるなんて。天才らしいからちょっと話してはみたいけど、やっぱりいいかも。相変わらずおもしろくない……」


「え?」


 しまった、また思ったこと呟いちゃった。はっとしたスカーレットは慌てて誤魔化す。


「ッなんでもないよ、なんでも! それより王女サマをどうするか、だったよね。それならいい考えがある!」


「え。いい考え、ですか?」


 とっさに口にしたその言葉は嘘じゃない。むしろ、もはやそれしかない名案だとすら思っている。


 憎からず思っているアルベルトを手中に収め、一方的に対抗心を抱くキルリエラに打撃を与える秘策。


 ――スカーレットは別に、キルリエラを嫌っているわけではない。むしろ、初代アトラス王の再来とも言われるその才能には大きな興味を持っている。


 これまで十九年間生きてきて、スカーレットは天才の名を欲しいままにしている。王都の平凡な家系に生まれ、しかしその類まれなとある才能で王宮に召し抱えられた。そんな彼女は、才能がかけ離れた周囲に疎外感を、そして時には嫌悪感を覚え、無意識に仲間を求めていた。


 だからスカーレットは、同じ天才であろうキルリエラに対し、勝手に親近感まで持ったりしていたのだ。話したことはないのだけど。


 そんな彼女だが――――ある時、まったく予想だにしないところで、自分を超える才能を見つけてしまった。


 彼は才気あふれるだけでなく、見目麗しく、そして心根が澄んでいた。これまで恋愛や性愛に触れることなど一切なかった、その面では幼子同然のスカーレットが、すぐに夢中になってしまうほどに。


 もう、かつてキルリエラに抱いていた興味など見る影もない。スカーレットの心の大部分は、もはや彼に占められてしまった。


 スカーレットの幼い恋心は立派な独占欲へと成長し、独自に調べたアルベルトと王女の関係すら疎ましく思うほどだ。


 そして。――いまここに、絶好のチャンスは訪れた。


 スカーレットは自身の黒い心をいまだ自覚することなく、薄く笑みを浮かべながら。


 触れ合うほどの位置にいる、その才に溢れた蠱惑的な少年――アルベルトへと告げるのだ。




「――――王女サマをこてんぱんに傷つけて。完膚なきまでに、嫌われちゃえばいいんだよ」







 そうして。


 ついさっき、礼を言って去っていったアルベルトの、これまた魅力的な表情を頭の中で何度も反芻していたスカーレットは。


 遠くから聞こえる、自身の名を呼ぶ声に目を開ける。


「……いま、いい気分だったのに。はぁ。台無しだよまったく」


 余韻に浸っていたというのに、と。苛立たしく思いながら、それでも仕方なく腰を上げる。


 そして、近づいてきた声の元へ自ら足を進め。


「――そう何度も大声を出さないでおくれ。ボクはここだよ」


「あッ! こんなところに! やっと見つけましたよ!」


 そう言った彼は、スカーレットよりも年上のくせに彼女が求める物は何も持ち合わせていない。


 腰に下げた長剣に、品質のよい拵えの団服。胸に縫い付けられたエンブレムは勇猛なる獅子。


 世間一般から見れば間違いなくエリートと言われる王国の盾であり剣――大獅子騎士団に属する男が、明らかにスカーレットへ下手に出ながら言った。


「侍女の真似事もけっこうですけど、今日は公爵主催のパーティで護衛をしなきゃいけないんですから。もう開会も近いし戻りましょう」


「単なるパーティの護衛にボクまで出なくていいと思うけれどね。キミたちだけで十分じゃないかい?」


「いや、勘弁してくださいよ。王家の血も入った大貴族ともあって、箔をつけなきゃだめなんでしょう。俺たちだけじゃ無理ですよ」


「……そういうものか。しかたないな」


 また凡人の理屈だ、と。スカーレットはため息を吐く。


 けれど。いつもなら苛立ってしまうこんな状況だって今日の彼女にはなんてことない。


 だって、もう近いうちに手が届くかもしれないのだ。キルリエラに独占されていた少年――アルベルトへと。


 スカーレットが毒のように仕込んだ誘いはすげなく断られてしまったけど。……でも、そんなつれないとこも魅力的だよね、なんて。


 どちらにせよ、王が動いたなら状況が大きく変わるのは間違いない。その時こそ、あの蠱惑的な少年を手中に収める時。


 あと数日のことくらい、我慢してやろうじゃないか。この冴えない部下たちに連れまわされる苛立ちも今日は飲み込もう。


 さあ。


「じゃあほら、もう行きましょう。――クレイ師団長」




 ――指折り数えて待とうじゃないか。アルくんをこの腕に抱く、その至福の時を。




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