5話 でっかくて美人のスウさん
王宮の廊下は、すでに働き始めた人たちが忙しく歩き回ってる。
王宮内の雑事をこなす侍女たちがほとんどだけど、中には政務で実務をこなす文官なんかもいる。
僕はそんな人たちとすれ違いながら。姫のことをどうするか頭を悩ませつつ、とりあえず自室に向かって歩く。
「団長にはなにも言われてないけど、やっぱり仕事はいつも通りこなさないとだよね……」
もともと今日で辞めさせられる予定だったのを、姫のわがままで無理やりとどめられてるだけだとはいえ。一応、手続き上はこれまで通り宮廷魔術師を続けることになっちゃったし。
でも、謎に昇級しちゃったから絶対ややこしいことになると思うんだよね。上級魔術師ってことは貴族の護衛任務とかでも小隊長任されることになるけど、果たしてみんな従ってくれるか疑問。
その場合は、だれか適当な人に指揮権を任せるなりすればいいかな? とりあえず部屋に戻って支度したら、いつも通り宮廷魔術師団本部に向かうかあ。
と、そんなことを考えながら歩いていると。
後ろから、近づいてくる人の気配が。
悪意はなし。なら、きっと――
「――スウさん、かな?」
「うーん。今日もバレちゃった」
やっぱり。振り返った先にいたのは僕が思ってた通りの人だ。
王宮中に数えきれないほどいる侍女の服を身にまとい。だけど、そんな無数の侍女の中でも明らかに異彩を放つその姿。
歳の頃は僕とそう変わらないんだけど、すごくスタイルがいい。身長が高くて、体つきも女性的。きれいにまとめた黒髪には、ときおり鮮やかな赤が見え隠れする。
そして何より特徴的なのは。
「――やあやあ、アルくん。そんな浮かない顔してどうしたんだい? せっかくの男前が泣いているよ」
「どうも、スウさん。ちょっといろいろありまして……」
「ほう、いろいろ。じゃあそんなアルくんには――スウお姉さんのお悩み相談、どうだい?」
どこか芝居がかった仕草でウインクするスウさん。ふつうの人がやっても滑稽なだけだろうけど、スウさんがやるとすごく様になってるんだよね。
それに、うん。確かにこの状況、いっそ外部の偏りがない意見を聞いたほうが打開策を見つけられるかも。
と、いうことで。
「――それでですね。結果、状況は僕の手を完全に離れて、上司二人が互いに反目するに近い感じにですね……」
「ふうむ。なるほどなるほど。ふむふむだね」
「あの。ちゃんと聞いてます? スウさん」
僕たちが腰かけているのは、王宮の中庭にある東屋の影。ちょうど背の高い植え込みがある花壇の縁が、座って内緒話するのにぴったりなんだ。
ただ。
「うんそうだよね。わかるよボクにも。うんうん、なるほど……」
隣でふんふん頷いてるけど、明らかに上の空だ。なんかずいぶん体をぎゅむぎゅむ押しつけてくる……。
「……ほおお。魔術師だしかわいい顔してるのに、意外とごつごつ……。しゅごい……」
ぶつぶつ呟きだしたぞ。なんだか顔がとろけている気がする。
普通なら僕に気があるのかななんて思ったりする言動だけども――。
「――またいつものやつですか? スウさん。なにかの調査とかいう……」
「……ん? あっ、うんうん、そうなんだよ! 詳しくは言えないんだけどね、ボクが侍女やってる目的だから!」
ふむ、やっぱり。同じ理由で、不可解な行動をよくとるスウさんだから、もう慣れっこになっちゃった。
彼女と知り合って、とある出来事を経た後から。スウさんはこうして調査の名目で僕によく分からない言動を繰り返してる。どうもただの侍女ではないようだし、詳細も教えてくれないんだけど。
ただ。
「あの、スウさん。僕も男なので、あんまり密着するのはやめた方が。ほら、いろいろ誤解を招いちゃうかもですし」
「え、ダメだった? こんなに近づいて座るのって初めてだし、なんだか気になっちゃって。誤解ってのはどういうことかな?」
「それはほら。男女のあれこれというかですね」
「うん? よく分からないね。気になるなら体を触ったっていいんじゃないかい?」
おお……。まったく照れもなく、本気で疑問に思ってそうな顔。
スウさん、たまにこういうところあるんだよね。常識がないというか、妙に情緒が幼いときがあるというか。
もしかして、実はすごくいいところの出なのかな。確かに、所作は妙にきれいというか、ただ者じゃない感じがある気もする。
そんなことを考えていると。
「え、イヤだった? たしかにボクも、キミ以外の男にべたべたされたら殴り飛ばしちゃうかも。ッあ、え、もしかしてアルくんも……ボクに対してそんなこと思っちゃってる……っ?」
その大人っぽい端正な顔が愕然とする。
僕は誤解を解こうと首を振った。
「いえぜんぜん! 嫌ってわけじゃないんですよ。ただこういうことをされると、他の人だとスウさんに好かれてるって勘違いするかもなので……」
「なぁんだ、そんなことか。だったら問題ないよ! ボクはキミ以外にこんなことしやしないし。それにアルくんのことは好きだからね! 勘違いなんかじゃないよ」
アハハと屈託なく笑うスウさん。
そこにあるのは確かに好意的な感情だけど、これどう見ても性愛的な好きじゃないんだよね。やっぱり僕の言ってること分かってない気がする。
まあ、僕以外にこういうことしないって言うなら大丈夫なのかな。
「そうそう。それで、お悩み相談だったね目的は。ごめんごめん、ついキミの体が気になっちゃって」
なんとも言えない理由だけども。話は本題に戻ってきたし、気を取り直して。
「そうなんです。さっきの話、どこまで聞いてもらえてたか分からないですけど――」
「ああ。それなら問題ないよ、全部把握したから。要はさ――――あの王女サマが、またキミのことで暴走してる。そういう話だろう?」




