18話 天の怒り
久しぶりに、すこし怒ってる。
僕にすがりつく姫の、よりによって頬に火傷の痕があった。姫はぜんぜん気にしてない……どころか、僕の体を揉みくちゃにすることで必死だけども。
それでも、きれいな女の子の顔に傷をつけるなんて。実行したのは団長でも、独断で王族に手なんて出せるわけないから、指示したのは絶対陛下だ。
コール村を滅ぼした時と同じように、自らは手を汚さずに……。
「――姫、ちょっと……っはなれてくださいね」
「んんん! まって? もうちょっとだけ……」
「もう、状況が状況なんですから」
力、つよい……。姫ずっと身体強化しっぱなしだから。
よいしょ、と。
「ああ。んん、パパのイジワル……」
パパ呼びが標準になっちゃってる……? それは僕が社会的に死ぬからやめて欲しいな。
……そのお願いは後でするとして。いま大事なのはあっちの――。
「――なぜお前がまだ生きている、アルベルト・コール! あれほどの魔術をその身に受けていながら……!」
陛下、えらく興奮してるみたい。……そんなに怖いかな? かつて自分の指示で消え去った村の者が、こうして敵として目の前に立つのは。
「なんだ、その目は? 頭を垂れろ、私は王だ! その……見下すような目をやめろと言っている!」
「陛下、どうか取り乱されませぬよう! あの男は得体が知れませぬ……! 私の黒焔を受けてあの程度の火傷。それに千切れた腕が元通りになるなど――!」
「……っ。だが、お前が、お前なら……あの生意気な小僧を殺せるな……!? ――やるんだ!」
「はっ。――お前たち、構えろ! 魔術師は私に合わせアルベルト・コールを討て! 騎士と影はそれぞれの判断で敵の近接戦力を抑えろ!」
なるほど。騎士たちを僕に差し向けることはなく、あくまで自分主体の魔術師陣で僕の相手をしようとしてる。団長はいわゆる、古き魔術師だね。
自身の魔術に自信を持ち、魔術師同士の戦いでは魔術の腕で勝敗を決める。肉弾戦や近接戦闘職の助けを受けることは恥……みたいな価値観だけども。
「でも。一対一じゃない時点で、ね?」
保険なのかもしれないけど、部下の魔術師たちにも声を掛けてる辺り、なんだか中途半端な誇りみたい。さっきも不意打ち受けてるし。
まあ、いいや。それじゃあ、さっさと行こうか、と。体内で魔力を練りながら、敵に近づこうとした時だった。
さっきから僕と姫のやり取りを邪魔せず、ずっと陛下の方を警戒してくれていた騎士のお兄さんが、とうとう僕に向かって口を開く。
「……少年。待ってくれ」
「? どうかしましたか、お兄さん」
「お前さんみたいな子にその呼ばれ方は、ちょっと変な気分になるな……」
変な気分とは。……ああ、もう団長たちは魔術の行使に入ってる。話は手短に。
「ああ、気にしてることは分かる。いい、話はすぐ終わるから。単刀直入に言うが――――少年は、殿下を連れてここを逃げてくれ」
「え?」
「お前さんが魔術、近接とも相当できるのは分かってる。だが、さすがに宮廷魔術師団の頭が率いる魔術師集団には敵わんだろ。ここは俺たちが受け持つから、若人たちはとっとと逃げてくれ」
そしてお兄さんは「じゃあな」と残し、騎士剣を片手に団長たちの方へ駆けていく。
……やる気満々だったんだけどな。果たして、あの人に任せちゃっても大丈夫なんだろうか?
「あれは騎士団に四人いる師団長の一人、マグワイアよ。わたしの陣営だといちばん強いの。……あっ、パパを除いてよ?」
「僕が最強かどうかは置いておいて。マグワイアさんは、うちの団長とかにも勝てそうですか?」
「うーん、そうね……」
顎に手を当て、可愛らしく首を傾げる姫。
あ、戦いが始まっちゃった。確かにマグワイアさん、自分から戦闘を代わってくれただけあってすごい手練れで、団長の魔術を切り裂いたりしてる。騎士団の師団長は伊達じゃないみたい……だけど。
姫は、僕のローブの焦げを指でつまみながら答える。
「――今の状況じゃ、勝てないとおもう……」
「……」
「同格の騎士と魔術師、一対一ならまず騎士が勝つけど……いまはそうじゃないもの。すぐ負けちゃうことはなくっても、そのうち」
ふむ。政治であれ戦闘であれ、正しい知識を持ったうえでの判断なら、きっと姫の言ってることは正しいんだろうね。
でもだったらと、口を開こうとしたその時。
姫はひどく不安げな表情で、僕の手を取った。
「だから。ねぇ……マグワイアの言うとおり、いっしょに逃げよ……?」
……一回取れた腕の切断箇所は、魔術で治した後も、新しく張った皮膚による白い線が残った。姫の白くて滑らかな指はその線を撫で、どこか媚びるような目つきで見つめられる。
やっぱり、一回大怪我したのが姫を不安にさせちゃったみたい。また僕が怪我するんじゃないか、死んじゃうんじゃないか、って。姫の瞳にそんな恐れが渦巻いてるように見える。
でも、そっか。それってつまり…………姫は、僕が正面から彼らと戦って、それでも傷を負うと思ってるってことだよね。それか、負けちゃうと思ってる?
姫なら、分かってくれてると思ってたんだけどな。――僕が彼らに負けることなんて、ありえないって。
それなら、もう。見せた方が早いよね。
僕は姫の腕を優しく解き、いつもより丁寧に体内の魔力を精錬し始める。
丹田に集め、ぎゅっと圧縮。そしたら空いた隙間へ、また湧き出す魔力を詰め込んで。
――圧縮、生成、圧縮、生成。その繰り返し。
そうして、あまりの密度に弾けそうになったら、今度は魔力の塊を小さな粒状に分け、それぞれをほどよく圧縮した魔力の層で覆ってやるのだ。それで安定するから、また高密度の魔力粒を寄せ集めてさらに圧縮……と。
そうして出来上がるのは。――体の中に、煮えたぎる魔力の炉があるような状態。
そこから、体内の魔力炉をさらに高負荷で稼働させてやれば。
――体から漏れ出た魔力が、火花のように弾け始める。きらきら、パチパチ、と。
普通に魔力を高めただけじゃこうはならない、魔力の揮発現象。
「っ! なに、これ。こんな魔力の挙動、見たことが――」
姫は普段の片鱗が見える表情で、驚きながら魔力を検分する。
よし。それじゃあ――あの人でなしの権力者たちにお灸を、と。僕は向こうへ歩を進めようとして……それでも。
「っま、まって! あぶないから――」
ここまで見せても、まだ姫が僕へ追いすがるものだから。
一線越えた陛下たちを相手に、やられるがまま逃げたって状況は良くならないし。……それになにより、僕は納得できない。
だから。僕は姫のおでこにツンと指を当て、優しく言うのだ。
「弟子は生意気言わないの。――黙って見てる」
「っ……」
一瞬の間の後、なんだかとろんとした顔で動きを止める姫。その隙に前へ。
「……あっ」
姫がこぼした声は聞かなかったことにして、僕は魔術陣を二重に展開。真っ白な魔力で編まれたそれは、発動する魔術の規模に応じた巨大さに。
そうして、高い天井まで届くその陣に、精錬した超高密度の魔力を流し込んでやる。スムーズに行き渡った魔力は強烈な白い光を放ち、そして。
最後に、鍵となる言葉を口にした。
「【炎】と【風】――――天空神の雷槍」
直後。
魔術陣から浮かび上がるように現れたのは、雷で象られた槍の葬列。
僕の周囲を埋め尽くすその数――――――二千。
全ての切っ先は、団長たちへ向けられ――。




