16話 臥龍、瓦礫の下にいまだ眠る
「ぇ?」
零れた声は、さっきまでアルベルトへの愛を叫んでいた少女のもの。
キルリエラは、アルベルトが作ってくれた一人分の盾の後ろで、先ほどまで彼がいた隣を見る。
直前、かすかに見えたのは、キルリエラを盾の後ろに押し込み、王たちが来た方向へ手を向けていた姿だ。それが一瞬の後には黒い濁炎に飲み込まれて、ちょうどいま後方から、壁に何かが衝突する轟音が。
頭の中がはてなで埋まる。困惑、呆然…………そして、遅れて――――頭上から降ってくる、真っ黒に炭化した棒状の何か。
それはよく見ると、先端に広げた手のような構造があって。反対の先には、見覚えのある魔術師のローブが引っかかっている。
そんな認めがたい状況を前に、脳が理解を拒んでいると。
「――ハハハ、さすがだ。腕一本残して燃え尽きたかな? それとも、炎とともに吹き飛んで、瓦礫の下で死体になっているか」
「まず一つ、陛下の障害を消すことができましたな。しかし惜しくも、殿下は未だご健在のよう」
アレらは何を言っている。まるで取るに足らない雑草を摘んだだけのように言っているが、まさかアルベルトのことを?
腕が焼き切れ、その体も瓦礫の下に? あまつさえそれが、し、死体……と?
キルリエラは床の上の炭化した腕を見る。それはまるで助けを求めるように、開いた手のひらをキルリエラへと向けていて……。
――え? これ……アルベルト、の?
遅れて、キルリエラの理解が現実に追いついた時。
「ぁ、ああ。あ? あぁーーーー!?」
勝手に、喉から声が出て。体もひとりでに動いた。
キルリエラは腕を拾い上げて大事に抱え込むと、そのまま王たちには目もくれず後方へと走った。
銀の光――魔力のような何かが一段と強く明滅し、踏み込む足は床を砕いて破片を散らす。かなりの距離がある広間の壁へと一瞬で到達し、崩れ落ちた壁の残骸を素手で掘り起こし始める。
「ああああああ待って、まっててッ。いま出してあげる、暗いもんそこっ。すぐに、ああああああ――」
ああ、だめ、ああ、すぐに、と。うわごとのようにこぼしながら物凄い勢いで瓦礫を拾い上げては投げ捨てる。
そんなキルリエラの背中に投げつけられる言葉。
「なんともみっともない姿だ……キルリエラ。王族たるもの、卑しく不敬な庶民などのために膝をつくものじゃない」
「ははは、陛下。彼女はもはや、王族とは言えぬでしょう。挙兵し陛下を弑す――クーデターを目論んだ王女など、王位継承権どころかその身分をはく奪すべき。そして、その罪を贖わせるべきですな」
「うん。その通りだろうな。いや私も、実の娘を……となると心も痛むものだが。国の安寧を守るためだ、仕方がない」
「では?」
「ああ。父の地位を脅かす娘など……――――頼む」
「っは」
そんな、まるで茶番のような会話。キルリエラはもはやその雑音を耳に入れてすらいない。
だが、宮廷魔術師団長はその膨大な魔力を高めていく。その地位にふさわしい、周囲を押しつぶすかのような圧力は、どこまでも静謐なアルベルトの魔術行使とはまるで正反対だ。
そして、炎熱系上位属性である固有魔術【黒焔】もまた、アルベルトが持たない力。
それを再び、王女であるキルリエラに向けて振るおうとした、その時。
「ご主人をやらせはせん……!」
宮廷魔術師団長を止めようと、カレンをはじめとした影三人が飛び掛かろうとするも。
「――落ちこぼれどもめ。陛下に牙を剥くなど、影の一族の恥さらしだ」
「ぐぁっ」
カレンたちと同じ装束を身にまとった者たちが、王や宮廷魔術師団長の後ろから飛び出し、カレンたちの身柄を拘束する。
「貴様らはこのあと懲罰房行きだ。覚悟しておけ」
「ぃ、だっ、ぅぐ」
乱暴に打擲される。いくらもがこうが、その拘束から逃れることは出来ない。
そうして、邪魔がなくなった宮廷魔術師団長は再度魔力を練りなおし、そちらをいっさい気にせず瓦礫の中からアルベルトを探すキルリエラへと手を向けた。
「恨まれるな、殿下。せめて、苦しみなくあの世へと送ろうではないか」
そして現れる魔術陣に魔力を通し、唱えた。
「【黒焔】――蜘蛛の糸」
無防備な背中に向けて放たれたのは、細い糸を束ね縄状になった炎条。空気を熱しながら真っすぐ突き進み、あと数瞬でキルリエラを背後から貫くと思われたが、しかし――。
「――それは! いささか、早計にすぎるだろ!」
衝突の寸前、魔術とキルリエラの中間地点に入り込んだ人影が剣を構える。
その人影――騎士団の鎧を身に着けた、アルベルト曰く「騎士のお兄さん」が、迫りくる炎の縄に真っ向から緑光をまとう騎士剣を振るうと。
――長い炎が剣の刃で左右に分かたれ、そのまましばらく宙をゆき、キルリエラを避けて着弾した。
剣で魔術を斬るというその異常。しかし、宮廷魔術師団長は覚えがあり、動揺を抑え口を開く。
「貴様は。――大獅子騎士団、『尾の剣』の師団長、マグワイア卿……か」




