14話 鬼才
――周囲が、膨大な魔力に後押しされた大気で押しつぶされる中。
腹が立つほど精密な魔術でその重圧の外に置かれたカレンは、交錯する主人とアルベルトを見て静かに呟く。
「小生に、あの男ほどの力があれば……」
――視線の先では、もはや理外の戦いが繰り広げられていた。
「――姫、よく観察できてますね。以前よりずっと上手です。実戦では、魔力を垂れ流したり魔術名を口にしたり……そんな親切してくれない術師もたくさんいますから」
「こんなの、アルベルトくらいしかやってるの見たことない……ッ。魔力の隠ぺいに無詠唱? なのに、なんでこんな……!」
なんだあれは、と。魔術師とは普通、騎士や戦士の背に守られ、後ろから援護を行う者たちのはず。
だというのに。
アルベルトは、魔術師とは思えない速度で地を、時に空を駆ける。足場はいったい……魔術でどうにかしている、のだろうか。あんな機動、上位の騎士や影でもないとできない。
それに、当然それだけではない。なんといっても、アルベルトは魔術師なのだ。
――指の一振りで豪炎をまき散らす。巨大な竜巻を生み出す。虚空より稲妻を呼び出す。
固有魔術を持たないと言ったって、床から天井まで埋め尽くす火炎など。……そこらの固有魔術より、よほど強いではないか。
だが、しかし。彼と相対する主人――キルリエラも負けてはいない。
「身体昇華……! 二重!」
きらめく銀光をまとったキルリエラは、身体強化とは次元を異にする身体能力の向上で、目にもとまらぬ攻撃を繰り出す。
いつもの短剣は抜いてないが、達人が超速で殴る――それはもう強力な武器だ。カレンが受けた場合は当然なす術がないし、上位の影でもそれは同じだろう。
だというのに。なぜか魔術師であるアルベルトは、そんな領域の攻撃をゆうゆうと捌いている。
「っ! アルベルト、おねがい……! 大人しくわたしのやることを見ててよ……っ」
「陛下を倒すところを? そういうわけにはいきません。それが成功したって、今後ずっと姫に危険がつきまといます。今ならまだ、実際にことは起こしてないんですから」
「もうっ! ……アルベルトの、わからず屋!」
カレンは二人の会話を聞きながら、無表情でわなわなと震える。
「もはやただの痴話喧嘩。うらやましい代わりたいご主人かわいい……」
気に入らない男だ。キルリエラからの寵愛を賜っているくせに、自分からはずっとつれない感じで。
影であり、キルリエラを守る立場のカレンよりずっと強いことも……気に食わない。
彼がどこかズレているものの善人であること、主人を守るに足る実力があること。それは分かっていても、むかつくものはむかつくのだ。
キルリエラをずっと昔から見守っていたのは自分なのに、と。
「しかし、小生はご主人が幸せであればそれでよい。……まあ、小生にもたっぷり役得があるとなおよし」
おそらく、あの男の作戦はうまくいく。あの男も勘定に入れていない、ご主人の想いの深さゆえに。
そして、そうなれば作戦の一助となった自分も手柄を主張しよう。うまくいかねば、脅されたことにでもしてしまえ、と。
そう頭を回しながら、うっとりと勇ましいキルリエラの姿を見ていると。
横合いから、声を掛けられる。
「カレン殿。――……我らも、彼に助太刀したほうが?」
キルリエラを助けるべく行動を共にしていた二人の影が、カレンに問いかけてくる。
「いらぬだろう。あの男はそれを必要としない」
彼ら二人は、少し前に《《カレンの思想》》へ賛同してくれたばかりの同志だ。キルリエラに接するような任務もまだ歴が浅い。
だから、キルリエラについてまわるあの男の実力を把握できていない。そしてそれは――キルリエラが抱く、アルベルトへの重たい思いも同じく。
「見ているといい。あの色魔が、いかに腹立たしい力を持っているか。そして、ご主人の懐へ入ってしまっているのかを……」
本当に、ズルいと言ったらない。けれど、個人的な心情はこのさい置いておく。
とにかく、キルリエラの安全を第一に。たとえキルリエラの意向と異なっていても、時には諫言を口にしてでも、ただ主人の幸せを願って。
――それこそが、このカレンシンパ唯一の、鉄の掟なのだから。




