12話 封じ手
先ほどまでざわついていた周囲が、姫の魔力放出に一転静まり返る。
立ち上る魔力は、カレンさんたちを相手にした時の非じゃない。それに、姫が真面目に戦うところを見たことある人って少なそうだし。
……でも。姫が自ら戦おうとする様子を見せるとたぶん――。
「――殿下。どうか、殿下はお下がりください……! あの不埒者の相手は、ぜひ私どもに!」
「その通りです殿下。あのような者相手に殿下の御力を使うのはもったいない……!」
やっぱり。
姫を取り巻いている騎士や魔術師が、僕へ侮りの視線を向けながら戦闘態勢に。影の者たちも無言で殺気を飛ばしてくる。
彼らの思考としては……さっきの姫の言葉は不可解だけど、姫が戦う意思を見せた以上、僕は打ち倒すべき敵、ってところなのかな。
もちろんこういう展開も十分あり得ると思ってた。それに、僕がほんとに気にすべきはこれじゃなくって。
「――貴方たちは、私がいいと言うまで絶対に動かないでちょうだい」
周囲に釘を刺した姫が、直後、僕をまっすぐ見据えて言った。
「アルベルト。わたし、さっき言ったわ。アルベルトがわたしを邪魔するなら――」
姫は言葉を止めて、そして。
――懐から取り出した短剣を……すこし前にやったように、再び自分の首元へ近づける。
「脅しじゃないのよ。言うこと聞いてくれないならほんとにやるわ。あの、もちろんアルベルトはわたしを想って動かないでくれるって分かってるけどね? でも、だからってハッタリじゃ――」
だから。
僕は姫に最後まで言わせることなく。
魔術を、唱えた。
「――【風】」
作り出したのは小さな真空の刃。そして、
それが向かう先は。
「え」
――僕の首から、盛大に血が噴き出る。
ざっくりと切れた動脈から、ドクンドクンと心臓の鼓動に合わせてこぼれ落ちる鮮血。
時が止まったような静寂は、一瞬で破られた。
「――だ、ダメええええッ!」
おぉ……。痛みと失血で意識が遠のく。
でも、そんな状況でも必死にこっちへ駆けてくる姫がたしかに見える。
あの泣きそうな……というかもう泣いちゃってる必死な顔を見るに、十分目的は果たせたかな?
あ、感情の乱れで姫の魔力が……。あとでアドバイスしてあげなくちゃだけど、もうそろそろ僕もきついから。
気を失っちゃう前に、魔力を練り上げ。
「【……】――万象回帰」
黄金色の、眩い閃光。そして発動する魔術。
――効果は、あらゆる外傷からの上限無い回復。傷を受けた直後であれば、致命傷も瞬く間に癒す。
ただ、直後ってのがほんとに数秒の話なんだよね。この魔術を使うようになったのも数日前だし、まだあんまり習熟してなくって。
それでも、自分の怪我を治すくらいなら問題ないし。
……さて。それで、どうかな。
――姫はこれで、自傷をやめてくれそうかな?
「――っは、はっ、はっ……」
ちょっと、過呼吸みたいになっちゃってる。
それに、これは僕の……頬かな、すごい顔で見られてるのは。おっと、さっきの血飛沫が顔に飛んでたんだ。ハンカチないから手で拭って、と。
うん。なんだかみんな静まり返っちゃってるけども。
「……びっくり、させちゃいましたね。でも、姫がやろうとしたのも同じことなんですから。――おいたはダメ……てことです」
「ぁ、うう。ごめん、なさい……っ」
ぽろぽろと涙をこぼす姫に心が痛む。
でも、これで自傷を使った不健全な交渉は終わり。姫も僕も互いにこの手は取れなくなった。
「こっちこそすみません。でも、姫がこういうことをやらない限り、僕もこれで最後ですから。ここから先は純粋に力比べです。ね?」
「……わっ、わかった。もうやらない、やらないから。だからアルベルトももう……ぜったい、やめてぇ……ッ」
「ええ」
姫が約束してくれるなら。いまからは、純粋に姫たちと戦うことだけ考えるからね。
カレンさんたちは捕まっちゃって極端な一対多だけど、これくらいなら大丈夫。
――そこそこなレベルの敵を一掃するのは、魔術の得意分野なんだよ?




