11話 やきもち
「――――なんのつもり? カレン――」
凍えるほどに冷たい声。
背後を振り返った姫は、半身になってカレンさんの腕を掴んでる。
ぎちり、と。強く握る音が聞こえてくるほどの静寂。
でも、ほとんど間をおかずに。
「……さあ続け。この小生に――!」
一緒にここまでやってきた、残りの二人の影たち――彼らが事前に示し合わせた通りに、左右から姫に向かって駆けていく。
カレンさんと僕が目立っている最中、二人には人だかりに紛れてもらってたんだ。さっきのカレンさんは惜しくも止められたけど、今度こそ。
そんな、期待が……。
「――小癪」
氷のように冷たく吐き捨てて。
直後、姫の体から銀光が散る。
そして――カレンさんの体が宙を舞った。
「ぅおぉう……人間ハンマーの如く――」
姫の片手一本で、体全体を振り回される。
カレンさん、なんとも気の抜けるセリフだけど、実はめちゃくちゃピンチだと思う。勢いついたカレンさんを武器にして、向かってくる二人へぶつけようとしてる。
下手したらカレンさん大怪我しちゃうから――間に合うかな……!
「【風】、突風――」
「! っもう……」
迅速に、カレンさんたちを守る魔術を発動しようとした瞬間だった。僕をちらりと見た姫の口から、いたしかたないとばかりに吐息が漏れる。
そして、姫の腕からすこし力が抜けるのを見た僕は、安心して仕掛かり中の魔術を散らし。
その直後、姫は三人の影を瞬く間に――――一蹴。
揃って地面に叩きつけられたカレンさんたちが苦悶の声を上げる。
「ぐぅ……ッ。ここまでやっても、ダメとは。さすがご主人……」
ごろごろと転がったカレンさんは、姫を見上げながら惚れ惚れするように言葉をこぼした。
感心してる場合じゃないんだけど……まあ、よかった。こてんぱんにされたとはいえ、姫が途中力を抜いてくれたおかげで、大きな怪我はしてないみたいだし。
姫のあの銀の魔力、まとうだけですごい怪力になるからね。身体強化とは別のものみたいだけど、正直よく分からない。あれのせいで固有魔術を扱いきれないくらいのじゃじゃ馬だし……。
と、まあ。それは置いておいて。
――奇襲、失敗しちゃった。正面から姫を止めなきゃいけなくなっちゃったね。
初手で姫を倒しきれる場合は考えなくてよかったけど、これからは周りの邪魔もどうにかしなきゃ。対策考えてはいるけど……。
でも、さっきの奇襲、やっぱり不可解だ。カレンさんたち、だいぶうまくやってくれたと思うんだけどな。
なんでバレたんだろ? 僕が知らない魔術なり技術を使ったのかな?
そう首を傾げていると。こっちをじっと見る姫が、ぽつりと呟く。
「――目、よ。アルベルトの」
「……目?」
それはどういう……。
「……べつに、三人に狙われてることに気づいてたわけじゃないの。――――わたしはずっと、アルベルトのことしか見てないわ」
「僕を? ……もしかして。目って――」
「そう。わたしがずうっと見つめてたのは――アルベルトの、やさしい緑の瞳。そしたらアルベルト、わたしと話してるのに…………わたしのこと、見てくれてなかったから」
そして、姫は昏い目で僕を見て言うのだ。
「アルベルトの視線で気づいたの」と。
……うーん。まさか、奇襲失敗の原因が僕だったとは。確かに、意識はずっとカレンさんたちに向いてたから、無意識にそっちを見てたかも。
でも、相手の視線から別の相手の動きを読むとか、そんな武術の達人みたいなこと……って思ったけど。そういえば、姫って万能の天才だったもんね……。
「ごめんカレンさん、みんな。僕の認識が甘かったみたい」
「うむ。小生らの動きは問題なかった。アルベルト氏の問題であるからして、あとはうまくやるように」
「手厳しい」
地面を転がっていた彼女らは、いまや周囲の者たちに取り押さえられてる。
そんな状況でよく軽口叩けるなあ……。でも、当然奇襲で片を付けられなかったときのことも考えてるし、ここからはその想定通りに僕が頑張るしかない。
ということで。
魔力を体外に漏らさないよう注意して励起しながら、ゆっくり姫のもとへ近づこうとしたその時だった。
姫に視線を向けて気づく。
姫、なんか怨念じみた暗い雰囲気をまとってる。その状態でずっと僕のこと見てるし。怒りともまた違うような気がするけど……。
と……そんな疑問は、すぐに姫自身が回答してくれた。
「――わたしがいるのに。目の前で、ほかの女の面倒見ないで……」
……。なんだって?
見てよカレンさんのあの目。表情自体はないけど……僕のこと消し去りたそうに睨んでる。
しかも、いまここには僕たち以外にもたくさんの人がいる。カレンさんたち以外の影に、少数ながら騎士団や宮廷魔術師まで。
そうなると当然いくつも向けられる驚きと猜疑の視線。べつに僕はなに思われたっていいけど、姫には立場があるのに。
だったらもう、これ以上状況が悪くなる前に。
……仕方ないなあ、姫は。
「――それなら、構えてください。魔力は切らさないで。そんなに自分以外見てほしくないなら――――もういっそ、二人っきりで踊りましょうか」
そう言って、にこりと微笑みかけると。
姫はその頬を赤く染め、困ったように僕を見る。
しかし、そんなかわいらしい様子とは裏腹に。
――その全身からは、膨大な魔力の渦が立ち昇っていた。




