10話 影の象徴
姫の執務室に詰める数人の黒装束たち。
彼らはみな一様に、一人掛けソファに座らされた僕をじいっと監視している。
その瞳から感情は読み取れず……いや。一人だけ、あからさまに不満そうな目つきの子がいるけど。……まあ彼女は置いておいて。
さて、それじゃあ……――どうやってここを抜け出そうか、と。
そう考える僕へ、掛けられる声。
「――アルベルト・コール氏」
「……。アルベルトでいいよ?」
「では。アルベルト氏」
しっかりした口調に見合わない、幼さの残る少女の声。
影のうちの一人――さっきから感情だだ漏れの瞳で見つめてくるのは、僕より小さい年頃に見える小柄な少女だ。
全身真っ黒で頭に頭巾までかぶる彼女は、ちらりと覗く金色のショートへアを揺らしながら、ずんずん僕に近づいてくる。
と、思ったら。
「っあいだ……!」
――どてっと。少女がつまづいて転ぶ。
影らしい身のこなしでバランスをとる、とかもなく。そのまま思い切り転んじゃった。
僕も、他の影も……なにも言えない気まずい時間。
べちゃっと床で潰れてるけど、助け起こしたほうがいいかな。大丈夫かな?
なんて心配してると。
少女はゆったりとした動きで、何事もなかったかのように立ち上がった。そうして澄ました顔で僕を見る。
「失礼、勢い余った」
「痛そうだったね……。大丈夫?」
「問題ない。小生、えりーとであるからして」
無表情にそう言った彼女だけど、片手で打ったとこさすってる。
心配だなあと見ていると、キッと鋭い視線で睨まれた。
「なにか?」
……うーん。相変わらずだ。
彼女とはちょっと前から顔だけ知ってる中だけど、どうも僕のことよく思われてない節がある。それに、今回主人である姫が危地に向かった原因だし、思うところがないわけない。
とはいえ。今回の件は僕だって大いに後悔してるんだ。
姫がぶっ飛んだ行動を始めちゃったこともそうだし。……そもそも、そんな行動をさせるほど姫を歪めちゃったことを反省してる。
だから。うまくここを抜け出して、決定的なことが起こる前に姫を止めないと。
とはいえ、あの姫の様子だと僕を見た瞬間自傷しちゃってもおかしくない。……だったら、監視の影たちに協力してもらえないかな?
――影とは、主人の指示をただ愚直に実行する忠誠の徒。その前提を利用して姫と会話の余地を……とは思うんだけど。そもそもそんな存在をどう言いくるめるかって問題が。
妙案も思いつかず、しばし頭を悩ませていると。
目の前で、影の少女が口を開き――
「――この、玉なしの意気地なしめ」
……え? なんか今すごいこと言われたんだけども。
「ご主人の寵愛を賜るという羨ましい立場におりながら。その無駄にでっかい力、いつ振るおうというのか――?」
「!」
……今の。
まるで、僕が動くことをよしとするみたいな。
影である少女が口にしたとは信じられないセリフだ。でも、他の影たちもそれになにも言わずに僕を見てるし。
じゃあさ、それって。
つまり――《《そういうこと》》、だよね?
と、いうことで。
僕たちはいま、影の少女を先頭に、回廊を素早く駆けている。
姫が物騒な準備をしてるからかな。いつもより人が少ない気がするし、目にしてもみんな慌ただしい感じ。
ただ、この感じだとまだ本格的な行動は開始してなさそうだ。早く姫のもとへ向かわなくちゃ。
そう思った僕は。徐々に速度を上げ、いまやかなりの速さで走る少女に、頑張って追従していたんだけど。
「こやつは魔術師なのに、なぜ小生たちに着いてこられるのだ?」
少女が不思議そうに呟く。
それはもちろん、生身でついていける速度じゃないけども。
「――身体強化、使ってるからね。魔力で身体能力底上げすればなんとか」
「ふむ。盗み聞きとは相も変わらず無礼。しかし、タネは魔術か。固有魔術ではなさそうであるし、小生もそれを修めればもっとご主人のお役に……?」
「多少の魔力さえあれば誰でもできる技術だよ。今度教えてあげよっか。……僕が王宮を追放されてなければ」
「その言葉に甘えよう」
いつも通り無表情なんだろうけど、ちょっと声が弾んでる気がする。よっぽど姫の力になりたいんだね。
僕はそんな少女にくすりと笑いながら、ふと疑問に思ったことがあって口を開く。
「そういえば。君の名前、教えてもらえないかな。僕たちこれから姫を止めにいく同志なわけだし」
「名前か。確かに、この時だけの、しかもアルベルト氏が元凶である問題に対処するためとはいえ、協力者は協力者。あんまり教えたくはないが仕方ない」
教えたくないんだ……。この子、すごい正直だしテンポが独特だよね。
「なんか、無理させちゃってたらごめんね?」
「構わぬ。――小生は、影の一族のカレン。『静寂の花』の名をもらっておる」
「カレンさん、ね。あとのお二人は?」
そう言って、僕の後ろを後ろを走る二人の影にも名を聞いて。
簡単な自己紹介で、総勢四名の結束を多少深めたところで。
――前方に見えてきた、物々しい人だかり。
ここは、謁見の間や王の執務室があるエリアへ繋がる広間だ。突入する前に間に合って良かった。
姫の姿は見えないけど、たぶんこの人だかりの中にいるはず。
じゃあ、あとは。
「――手筈通りに。いける?」
「うむ、問題ない。小生たちにまかせよ」
頼もしく頷いたカレンさんたち。
そんな彼女たちが人だかりに近づいていくのとは裏腹に、僕だけ途中で離脱して。
この後に備え、入念に魔力を練りあげてと。
……あ、始まったかな?
「――ご主人ご主人。一大事だ」
そう声をあげて突っ込んでいくカレンさんたち。
人だかりの内訳は騎士や魔術師、そして影たちだ。カレンさんの顔を見知ってる人も当然たくさんいるから、手荒に扱われることもない。
そして、人だかりの中心――姫がいる場所に到達したみたい。
「ご主人ー。たいそう大変なことがあり、お耳に入れたく」
「――あなたは。なぜ、ここに?」
カレンさんのどこか力が抜けた声に対して、凛とした姫の声が響く。僕を監視してるはずの三人を見たからか、真剣な声色だ。
こんな姫の声を聞いたら普通はみんま畏まるものだと思うけど。
「ふむ。ご主人の鋭い視線、たまらぬ」
カレンさん大物すぎる。大丈夫?
「――この状況でふざけないで、カレン。あなたにはアルベルトを見ておくよう指示したはずよ。それが、なぜここに? 一大事ってなんのことなの」
「おお、ご主人、落ち着きなさって……。もちろんここに来たのはそのアルベルト何某のこと。小生らも嫌だと言うたのですが、言うことを聞かず。――挙句には、自らの体に傷をつけることすら厭わない有様で……」
「っ! ……まさか、アルベルトが怪我を!? 彼はどこに! うそ、どうしよ……!」
姫の焦る声が聞こえる。
よし。これなら会った瞬間に自傷されることもないだろうし。
そろそろ出て行こうかな。魔力で声を大きくして――。
「――姫。僕はここだよ」
「ぁ、アルベルトっ……!? そこ、道あけて! はやくッ!」
何事かとざわつく周囲をよそに、姫は開けた人垣の隙間に僕を見つけて声を上げる。
「アルベルト、アルベルト! 怪我! だいじょうぶなの!?」
心の底から僕を心配した表情の姫。銀の髪を振り乱し、こっちに駆け出そうとする。
その瞬間だった。
「――ご主人、ご容赦を」
僕に視線を固定した姫の背後から。
迫るカレンさんが――




