最凶の魔術師
「今日も待機だそうです。」
「ったく。どうなってんだ。」
封術牢脱獄者捕獲計画は開始から三日目に差し掛かった。
本来一日で終わる予定の作戦がここまで長引くとは誰も予想しておらず、兵隊が愚痴をこぼし始めている。
中に人間によると制圧には成功したらしいのだが、監獄内に半径1km内を吹き飛ばすほどの魔法が組み込まれた魔法陣が築かれており、その対処にあたっているんだとか。専門家の話によれば、魔法陣解析中は、周辺での魔力放出は控えるべきであり、開閉に魔力を放出する中央門も開けられないらしい。
「トランダーよ、お主はこの停滞…どう見ておる。」
「コルベガーさん。別に、どうも…」
「なんでもいい。気になることがあるなら言ってくれ。」
「俺は…仮に中の制圧が完了したとしても…というよりヨシフがあっさり負けるなんてどうにも腑に落ちないというか…。」
コルベガーも考え込んこむように空を見上げた。
「わしは、かの少年に会ったとき希望を感じた。」
「希望…ですか。」
「そうだ。今後何十年、アリス王国が最強の国であると。そう示し続けることが彼がいればできたかもしれん。」
トランダーも黙ってしまった。
「まあ、これも長年続いた腐敗政治がたたって、今はどうにもできん。」
そう言い残し、コルベガーはトランダーのそばを離れようとした瞬間、
「やっぱり何かおかしいですよ。なんていうか…勘ですけど。」
コルベガーは少し笑い口を開いた。
「そういうのも重要じゃ。期待してるよ、未来の英雄、トランダー・ヘリー」
その瞬間、門が開いた。
中から人があふれ出てくる。
「やっと終わったか。長引かせやがって。」
愚痴をこぼしていた兵士たちの顔に安堵が出始めた。
しかし、ある兵士が望遠鏡を覗き込み、驚きの声を上げる。
「どうした。」
「なっなんと、中央門が突破されたようです。」
コルベガーが真っ先に反応する。
「何、馬鹿なことを言って居る。」
「ほ、本当です。だって中から囚人が。」
軍は急いで監獄に向かった。
しかし、そこにあったのは地面に横たわった看守や兵士たちだった。
「なんと。」
コルベガーが馬から降り、門に近ずく。
そこには大きな文様が描かれていた。
「ほう、これが例の。」
コルベガーは文様に手をかざそうとした。
「危ないですって。」
トランダーを急いで馬から降りてそばに駆け寄る。
「大丈夫。恐らく例のものとは異なる。恐らく、大規模な転移魔法か何か。」
「それじゃぁ、もう脱獄犯の追跡は不可能ということですか。」
「念のため、隊員に周辺を捜索させろ。魔法にとらえられなかった奴もいるかもしれんからのう。それにしても…、なんと美しい。」
コルベガーは、そのまま黙りこくってしまった。
トランダーもどうすればいいのか分からず指示を待っている。
「トランダーよ、奴は封印の儀を受け、魔力が激減しているのじゃろう?」
「えぇ、報告によると計測された魔力は119であり、平均の96と比べて、少し多いくらいですね。」
その瞬間、コルベガーの表情が変わった。
「トランダー、隊員をわしのもとによこしてくれ。大物が釣れたかもしれんぞ。」
森の中に馬を走らせて約3分。
コルベガーの目に白髪の男が止まった。
「歩兵隊、前進。魔法使いは配置に着け。」
一瞬にして陣形が作られる。
「攻撃、開始。」
魔法使いは詠唱に入り、歩兵隊は標的に向かって走り出した。
「幻像領域」
その瞬間、前線が崩壊した。
兵士たちは平衡感覚を失い、互いに衝突しあっている。
ちょうど、魔法使いの詠唱も終わった。
「断脈雷槍」
「大地障壁」
雷が盛り上がった地盤に跳ね返され、分散する。
「前線はわしが受け持つ、お主たちは距離を取って魔法を撃ち続けるんじゃ。」
そういい、コルベガーは前線に飛び出す。
しかし、気が付いたらヨシフの姿がない。
「深淵爆壊」
その瞬間、後方にいた魔術師たちは宙に舞った。
その場で立っているのはコルベガーとヨシフだけである。
両者は構えもせずにお互い見つめあっている。
「これだけの出力の魔法…、封印の儀の影響はどうなっておる。」
「確かに、俺の魔力量はあれで激減したな。」
「ではなぜ、そのようなことが…。」
「俺が思うに、この世界における魔力とは、物事の理のようなものだ。あの封印によってかされた呪いも例外ではない。確かに、呪いはこの体の文様に沿って魔力を流し、俺の身体に影響を与える。」
ヨシ日は少し沈黙した。
コルベガーもつばを飲み込む。
「なら書き換えればいい。
呪いによる魔力伝達の回路を俺が魔法を放出する時に通る回路に。」
黙っていたコルベガーは顔を大きくゆがめた。
「人間業ではないわ。」
「なんだ、逃げるのか?」
「笑止。わしは、かつてアリス王国で最強とうたわれた魔術師。別動隊が来るまでお主をここにとどめるわ。」
二人の間に沈黙が流れる。
「生体結晶」
その瞬間、コルベガーの腕が結晶化した。
「氷槍」
ガキッ。
結晶化した腕が氷槍をはじく。
コルベガーは畳みかけるように、相手に接近した。
ヨシフも距離を取ろうと氷槍を打つがことごとく反応される。
「生体結晶」
馬の頭部が結晶化した。
「驚いた、自分以外の生物にも汎用できるのか。」
硬質化した馬とコルベガーの二段構え。
その時、トランダー達が応援に駆け付けた。
防戦一方な戦況に追加の戦力、その場にいる誰もが勝ったと思った瞬間だった。
素人なら感じられないほどの僅かな魔力の残絵。
それは、正確にコルベガーの脳天を打ち抜いていた。
老体が地面に倒れこむ。
誰一人、すぐには動けなかった。
倒れているのが誰なのか、
そして――立っているはずの男がどこにいるのか、
理解が追いつかなかった。
「……いない?」
トランダーが、周囲を見渡す。
先ほどまで、確かにそこにいたはずの白髪の男の姿は、
どこにもなかった。
足跡もない。
魔力反応も残っていない。
ただ、森の奥から吹き抜けてきた風が、
地面の土をわずかに揺らした。




