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第8話 父の背中と、木の声

 こん、こん、と木槌の音が、朝の霧の中に吸い込まれていく。

 ミルティアの村はずれ、新しい納屋の建築現場。

 大人たちの声と、木を削る音と、乾いた土の匂い。

 その端で、五つか六つのエルドとライクが並んで座っていた。


「なぁエルド、まだ終わんねえの?」

 ライクは削りくずを蹴飛ばしながら退屈そうに言った。

 エルドは首を横に振るだけで、父のほうから視線を外さない。


 父――村一番の棟梁と呼ばれる男は、柱を立てる仲間たちの様子をじっと見ていた。

 腕組みをし、木材より先に人を見ている。

 ひとりの男の肩が少し下がっているのを見つけると、近づき、そっと声を掛けた。


「無理して持つな。ナサン、お前は縄を締めろ。力より手先のほうが利くからな」

 それを、幼いエルドは息を止めて聞いていた。


 やがて父は、ふたりのそばにやって来た。

「エルド、ライク。そこに座ってると木くずまみれになるぞ」

 そう言いながらも、その声はどこか楽しげだった。


「父さん、なんであの人、柱持たせなかったの?」

 エルドが聞くと、父は少し驚いた顔で笑った。


「お前、よく見てるな。……木を見るより、人を見るほうが家は長持ちするんだ」

「?」とライクが首をひねる。

 父は柱に手を当てながら、ゆっくり続けた。


「柱は、家を支えるやつだ。壁は風を断つ。扉は人を通す。屋根は雨を受け止める。

 どれが欠けても家はできねぇし、逆に柱を扉の場所に立てたら、誰も出入りできなくなる」


 ライクはぽかんとしていたが、エルドだけは息を呑んで、父の横顔を見つめていた。

 父は木を撫で、すこし遠くを見るように言った。


「人も同じだよ。力が強いやつだけが柱になるんじゃない。声の通るやつは合図役。縄を結ぶのが巧いなら、それで柱を支えられる。

 “その人に合った場所に立たせてやる”――それが棟梁の仕事だ。」


「じゃあ、エルドは?」

 ライクが笑って聞いた。

 父は少し考えて、静かに言った。


「エルドは……よく“見て”る。誰が疲れてるとか、どこが歪んでるとか。目が利く人間は、柱を立てる場所を決められるんだ」

 エルドは、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。何も言えなかった。


 そんなふたりの横で、ライクがぽつりと言う。

「でもさ、見てるだけでいいの?」

 父は笑った。


「いいんだよ。最初は“見てるだけ”で。それを覚えておけば、いつか誰かを助けられる。

 柱も扉も、一日じゃ家にならんだろ?」


 そのとき吹いた風が、木の匂いと一緒に、幼いふたりの髪を揺らした。



 それが、エルドの“観る”という習慣の、いちばん古い記憶。

 その頃は、まだ父も母も村にいて、家には木の香りと薬草の匂いが混ざっていた。


 ――この時の言葉が、のちにどれほど重く胸の中で鳴り続けることになるのか。

 幼いエルドは、まだ知らなかった。

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