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第7話 旗のそばの“もうひとり”

 風の音すら止まったようだった。

 ライクが背中に泥玉を受けて崩れ落ちたあと、誰もすぐには動けなかった。

 けれど、静寂は長くは続かない。


「今だ、押し込めぇぇっ!!」


 アストルの子どもたちが全員で前へなだれ込んでくる。

 泥と草を蹴り、土煙を巻き上げ、叫びながら迫る。

 ミルティアの前列はすぐに押され、盾を持つガルドでさえ一歩、二歩と下がった。


「フォルが当たった!」「運び役もやられた、退け!」

 双子の片方が肩に泥玉を受け、地面に倒れ込む。

 補給の子も膝をつき、土を抱えたまま動けなくなった。


 丘の上で、ミーナが叫びそうになる。

「エルド……もう、だめ――」


「……まだ。見てて」

 エルドの声は小さいけど、はっきりしていた。目はずっと旗の方から動かない。


 敵の射手が泥玉を構え、さらに詰め寄る。

泥が飛ぶたび、こちらの列が薄れていく。誰も、もう前に出られない。


 ――そのときだった。


「あれ……?」


 誰かの声が、ぽつりと落ちた。

 ミーナもそちらを見た瞬間、息を呑んだ。


 旗の根元。草の陰から、泥まみれの小さな影が立ち上がった。


 土に濡れた手で、旗の柱を掴み、小刻みに揺れながらも立とうとしている。


「誰だ、あいつ……?」

「味方の人間か?」

 ざわつく中、ミーナだけが小さく声を出す。


「……カイル、だよ」


 一瞬、全員の思考が止まる。

「あんなやつ、いたっけ?」「いや……たしかに村に……いたかも」

 思い出せるようで思い出せない、それほど存在感の薄い少年。


 敵も気づく。「旗のとこに誰かいる!」

 泥玉を投げようと腕が上がる――が、仲間を巻き込みそうで撃てない。


 そのとき、丘の上でエルドが右手を横にひと払う。

 カイルが小さくうなずき、泥だらけの腕で――旗を引き抜いた。


「旗、取られたぞーーっ!!」


 遅れて、怒鳴り声と歓声がぶつかり合う。

 アストルの子は硬直し、ミルティアの子らは息を吐きながら笑い、叫び、抱き合う。


 こうして、勝負は決まった。



 合戦が終わっても、喜びより先に“問い詰め”が始まった。


「ちょっとエルド、マジで何やったのか言え!」

「旗のとこにいたの誰だってば!?」

「いつの間に? どうやって?」


 ライクも苦笑しながら泥を払い、ミーナはカイルの腕を支えていた。

 カイルは相変わらずぼんやりしているが、目だけはしっかりしている。


「カイルって……そんな子いたか?」

 ガルドが首を傾げると、ミーナが苦笑しながら言う。

「ずっといたよ。ただ、目立たなかっただけ」


 エルドに視線が集まる。

 彼は少し間を置いて、淡々と語り始めた。


「作戦は簡単。ライクがとにかく目立って、思い切り敵を引きつける。

 その間に、カイルが地面を這って、草と泥の影を少しずつ前へ進む。」


「でも、どこまで行けるか自分で分かんないだろ? 周り、見えないんだし」

 泥を抱えていた子が眉をひそめる。


「うん。だから――」

 エルドは手を軽くひらひらさせながら続けた。


「丘から見えるぼくが“止まれ”“伏せろ”“今だ”って手で合図を送った。

 カイルからも、丘の上のぼくはよく見えるからね。」


 しん、と静まる仲間たち。


 ライクが補足するように言う。

「しかもあいつ、昔から影が薄いっていうか……横にいても気づかれねぇしな。虫とか石とかと同じ扱いされるやつだ」

 カイルはむすっとした顔でそっぽを向いた。


 その空気の中で、エルドは肩をすくめ、悪びれずに言った。


「だからまあ……相手からしたらぼくは、“戦場の外にもう一人いた敵”みたいなもんかな。」


 一瞬の沈黙のあと――


「「「なんじゃそりゃーーーーっ!!!」」」


 土煙と笑い声が重なって、草原に響き渡った。

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