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第6話 泥合戦 ― 風が止まった瞬間

 朝の草はまだ濡れていて、踏むたびにしっとりと音を立てた。

 村の広場の少し外れ、ゆるやかに盛り上がった丘の上。そこからは、戦う子どもたちの姿が全部見える。

 エルドとミーナは並んで立ち、じっと下を見下ろしていた。


 旗が立っている場所を中心に、ミルティアとアストルの子たちが向かい合う。

 土を丸める音、盾を構える音、土の匂い。みんなの息遣いが朝の冷たい空気に混ざっていく。


「始めーっ!!」


 その声が響いた瞬間、ライクが地面を蹴った。


 だが――旗へまっすぐ走らない。

 左へ、右へ、斜めへ。大きく、鋭く、草を切り裂くみたいにジグザグに走っていく。


「え? ライク、旗に直接行ってないよ?」

 ミーナが目を細める。


「うん。よく見て」

 エルドは落ち着いた声で言った。


 敵の射手が泥玉を投げる。

 ――だが、泥玉は必ず“ライクの通ったあと”に落ちた。


「どうして……?」

「**横に動く相手って、狙いがつけにくいんだ。**まっすぐだと当てやすいけど、横に走られると視線も腕も遅れる」

 エルドは指で弧を描いてみせた。

「それに、あっちの泥玉は遠くから投げられてる。高く放物線を描く分、落ちるまで少し時間がかかる。」


 ライクの足跡は、泥玉と泥玉のあいだ――射手と射手の“すき間”を縫うように続いていた。

 飛んでくる泥玉は右から左へ、左から右へ。

 でもライクは、その“間”を正確に通り抜けていた。


 ミーナは息を止めた。「そんなの……普通できないよ」

「うん。普通は怖くて目をつぶっちゃう。でもライクは“見たまま避けられる”」



 ライクが大きく横へ動くと、敵の射手も体ごと向きを変える。

 その瞬間――


 ヒュッ! パシッ!


 ガキン、と音を立てて、双子の投げた泥玉が敵の横腹と腕に同時に命中する。


「え、今の二つ同時!?」

「片方は右手、もう片方は左手。交互に投げるから、止まらないんだ。」


 前では、ガルドが盾を構えて泥玉を防ぎ、その影で土を丸める子たちの手は止まらない。


「旗を守らないの?」ミーナが問う。

「守るよ。でも一番大事なのは“泥玉を作る手”」とエルド。

「攻撃も防御も、あれがなきゃ続かない」



 ライクは走る――いや、滑るようにだった。

 泥玉の軌道と軌道のあいだ。

 射手と射手の死角。

 地面すれすれに身体を傾け、次の一歩では視線の届かない場所にいる。


 敵の声が荒くなる。「あいつ、どこ見てんだよ!」「止めろ、もう近い!」


 ミーナは、気づけば拳を握っていた。「今……行けるんじゃない?」

「うん。――でも、ここからが一番危ない」

 エルドの声がわずかに低くなる。



 ライクは、旗の真正面には行かない。

 敵の射手から、ほんの少し外れた斜めの道を取る。

 敵の視線が追いついたころには、位置がずれている。

 草が裂け、土が散り、息が白く揺れる。


 周りの仲間たちが気づき始める。「ライク、旗の近くまで――!」

 泥玉が足元をかすめ、土が跳ね上がる。

 それでも、ライクの足は止まらない。


 旗まで――あと、三歩。


 草が揺れる。仲間の声が掠れる。ミーナが無意識に一歩前へ出る。

 風すら止まったように、世界が静かになった。



 ――ドシュンッ!!


 乾いた音が、丘の上まで響いた。

 ライクの背中に泥玉がぶつかったのだ。

 泥と水が砕けて飛び散り、ライクの体が前につんのめる。

 膝が、泥をえぐるように沈んだ。


 旗は、すぐそこにある。地面の草越しに、触れられそうな距離。

 でも、誰も動けない。


「……嘘だろ」

「ライク……?」

 声にならない声が、広場のあちこちで漏れる。


 ミーナの喉が震える。声が出ない。

 エルドは――何も言わなかった。ただ、旗の方をじっと見ていた。

 風車の羽根が、ひとつ軋んだ。


 音も、声も、風も。すべてが止まった。


――――つづく。

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