第4話 陣取り合戦 ― 風と泥の戦場 ―
丘の向こうに、風が鳴っていた。
その風の中から、隣の村――アストルの子どもたちが姿を現した。
日焼けした肌に、太い腕。
ひとりひとりがミルティアの子どもよりもひとまわり大きい。
「おい、ライク。あいつら……なんかデカくね?」
ガルドが唾を飲む。
「でかかろーが関係ねぇ! 投げたもん勝ちだ!」
ライクは勢いよく笑い、腰を落として泥を掬った。
手の中で柔らかい音がする。
エルドは少し離れた場所に立ち、
風と地面を見ていた。
風上はアストル側。
風下に立つミルティアは、泥が乾いて軽い。
だから投げても、途中で風に流される。
(……これじゃあ、届かない)
胸の奥がざわついた。
けれど、声を出す前にガルドが叫んだ。
「よっしゃー! ミルティア軍、突撃ぃぃぃ!!」
子どもたちが一斉に走り出す。
草の上を泥玉が飛び交い、
乾いた破裂音が響いた。
「うおっ!? あっつ!」
「うわ、目に入った!」
泥玉が顔や腕に当たるたびに、笑いと悲鳴が入り混じる。
最初のうちは勢いで押していた。
けれど――
「おりゃぁぁぁっ!」
アストルの先頭の少年が腕を大きく振り抜いた。
泥玉が風を切って飛ぶ。
その一発が、ライクの胸にドンッと命中。
「ライク、アウトー!!」
叫び声が上がる。
ライクは笑いながら尻もちをついた。
「いってぇ! くっそ、当たったか……!」
その瞬間、エルドの心臓がぎゅっと縮まった。
ライクがいない。
それだけで、前線の流れが一気に崩れた。
「ま、待て! 右が空いてる!」
誰かが叫ぶ。
だが次の瞬間、泥玉が右側から次々に飛んできた。
ドシュッ、パシャッ!
足に、背中に、肩に。
泥が弾けて、子どもたちは次々と転がっていく。
「くそっ、あいつら、あんなところから!」
大きい体で投げられる泥玉は、重く、遠くまで届く。
しかも風上だから軌道も安定していた。
盾役の少年が前に出たが、すぐに押し返される。
泥が弾き飛ばされ、腕に赤い跡が残る。
「守れっ! 旗を守れっ!」
ガルドが叫ぶ。
でも誰も、もう旗まで戻る余裕がなかった。
大地に立てられた小さな棒に巻いた布――
それが風に揺れた次の瞬間。
アストルの少年の手がそれを掴んでいた。
「旗、取ったーっ!!」
勝ち誇る声が空に響いた。
ミルティアの陣には、泥の音も笑い声ももうなかった。
◇
太陽が傾く。
泥まみれの子どもたちが、広場に集まっていた。
誰も口を開かない。
ライクは肩で息をして、
腕にべったりついた泥を見つめていた。
「……なあ、エルド」
ぽつりと、ライクが言う。
「オレ、なんで負けたんだろうな」
エルドは少し間を置いて、空を見上げた。
風が草をなびかせ、麦の穂がざわめく。
「みんな強かったよ。
でも、風と土が……向いてなかった」
「風と土?」
ライクが首をかしげる。
「うん。
風の向きも、泥の重さも、
戦う人の体格も、全部バラバラだった。
でも、それぞれに“得意なこと”がある。
それを使えば――」
そこで言葉を切る。
「――勝てると思う」
ガルドが顔を上げる。
「……勝てる? 本当か?」
「うん。
ただし、そのためには……」
エルドはライクの方を向いた。
夕日が二人の影を長く伸ばす。
「――まずは、ライクは攻撃をやめようか」
「……は?」
ライクがぽかんと口を開けた。
風車がゴウン、とゆっくり回る。
その音だけが、丘の上に響いた。




