第3話 風車の丘の日常
丘の上の風車が、きょうもゆっくり回っていた。
麦の穂が風にそよいで、陽の光で金色にきらめいている。
エルドとライクは、いつものように学校の帰り道を歩いていた。
道の途中で、赤いスカーフをした女の子が手を振ってきた。
「ライクー! エルドー!」
「おっ、ミーナ!」
ライクが元気に手を振り返す。
ミーナは二人の幼なじみで、同じ村の子。
おしゃべりが好きで、いつも誰かの話を聞きたがる。
「ねえねえ、この前のケンカの話、本当なの?
ライクがガルドに勝ったって!」
「おう! 勝ったぞ!」
ライクが胸を張る。
でも、その横で、エルドは少し笑って首をかしげた。
「そんな大げさな話じゃないよ。
ちょっとしたケンカみたいなものだったし」
「でも、村のみんな言ってたよ。
“ガルドが負けたのはライクが強かったから”って」
ミーナが目を輝かせる。
ライクは頭をかいて、ちょっと照れたように笑った。
「まあな。でもさ、あの時は――」
「うん?」
「いや、なんでもない。ははっ!」
ライクはごまかすように笑って、空を見上げた。
ミーナはその様子を見て、少しだけ首をかしげた。
(……やっぱり、エルドが何かしたのかな)
ミーナは、昔から二人をよく知っている。
ライクが勢いで突っ走るタイプで、
エルドが静かに後ろから支える子だということを。
◇
その日の午後、三人は広場の木かげに座って、
空を見ながらおしゃべりをしていた。
「ねえライク、今度の日曜日、隣の村の子たちが遊びに来るんだって」
ミーナが言うと、ライクの目がキラリと光った。
「まじか! またケンカか?」
「違うよ。陣地取りの勝負だって」
「へえ、楽しそうじゃねぇか!」
ライクが嬉しそうに立ち上がる。
ちょうどそのとき、向こうからガルドが走ってきた。
「おーい、ライク! 聞いたか? 隣村のやつら、陣地取りやるってよ!
俺らも出ようぜ!」
「もちろん! やるに決まってる!」
ライクが笑いながら拳を合わせる。
ガルドの顔もどこか嬉しそうだった。
エルドは笑ってうなずいた。
「ライク、がんばってね」
「エルドも来いよ!」
ライクが言うと、エルドは首を横に振った。
「ボクは見てるだけでいいよ。
走るのは苦手だから」
「そうかぁ……」
ライクは残念そうな顔をしたが、
ガルドはなぜか何も言わなかった。
ただ、少しだけ考えるように視線を落とす。
(あいつ、やっぱり何か知ってるのかもな……)
ガルドの胸の中に、ちょっとした“ひっかかり”が残った。
でもそれを言葉にすることはなかった。
◇
日が傾き始めたころ、三人は丘の上にいた。
風が強くなり、風車の羽が早く回っている。
「ねえエルド」
ミーナが小声で言った。
「やっぱり、この前のライクの勝ち、
本当はエルドが助けたんでしょ?」
「……ううん。ライクが強かっただけだよ」
「ふーん」
ミーナはにこっと笑って、空を見上げた。
けれど、その笑顔の奥で、
“たぶんそうなんだろうな”と感じていた。
エルドはただ風車を見つめていた。
その風の中に、ほんの少しの緊張を感じながら。
(次の勝負は、きっとライクがまた走る。
ボクは……見てるだけでいい。
でも、もし――)
風が耳の横をすり抜けていく。
エルドは小さく息を吸った。
麦の匂いと一緒に、
何かが心の奥で、また静かに動きはじめていた。




