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第30話 噛み合う先

 模擬戦は、静かに続いていた。


 大きな変化はない。

 けれど、少しずつ確実に差が出始めていた。



 最初に揺らいだのは、足場だった。


 狭道の先――

 土が柔らかく、わずかに傾いた場所。


 相手側の一人が、いったん後ろへ退こうとする。


 だが、思うように退けない。


 背後には味方の盾役が詰め、

 横からはユランの隊の弓が牽制している。


 逃げ道が細くなる。

 足場も悪くなる。


 そこへ、ユランの隊の一人が入った。


 歩幅が小さい。

 重心が低い。


「……あの人」


 リオナが、目を細める。


「足、ぶれない」


「炭焼きをしてた人です」

 ユランが答える。


「山で、不安定な斜面を歩く仕事だった」


 柔らかい土の上でも、動きは変わらない。


 相手は一歩、遅れる。

 その遅れが、次の遅れを呼ぶ。


 狭道の中で、体勢が崩れた。



 次に差が出たのは、人数の使い方だった。


 戦場の中央には、自然と人が集まりやすい“通り道”がある。

 平地に見えても、足が向く場所は似通う。


「……集まってきてる」


 エルドが言う。


「動きやすいところを、無意識に選んでる」


 その通り道の端で、相手が一人だけ遅れた。


 そこへ――二人。


 前後から挟む。

 無理に押し倒さない。

 ただ、逃げ道を消す。


 遅れた相手は、さらに遅れる。


 孤立した瞬間、三人目が加わる。


 短い攻防。

 そして、相手は下がらざるを得なくなった。


「……今の、きれいだな」


 ハインツが、低く呟いた。


 孤立した相手は、必ず複数で処理される。

 誰かが一人で“全部”やらない。



 その形を作っていたのは、力の強い兵ではなかった。


 間に立ち、合わせる兵だ。


 味方が踏み込む瞬間だけ、半歩寄る。

 味方が引く瞬間だけ、半歩残る。


「……あの人」


 リオナが言う。


「合わせるの、うまい」


「隊商で護衛をしていた者です」

 ユランが答える。


「前も後ろも見て、遅れた人に自然と寄る」


 その兵がいるだけで、隙が穴にならない。

 穴がないから、相手は“狙い”を作れない。



 やがて、相手側の大将役が動いた。


 先頭に出るのではない。

 だが、味方が崩れそうになる位置へ、確かに踏み込む。


 守るための一歩。

 けれど、その一歩が――形を崩す。


「……守りたいんだ」


 リオナが言う。


 エルドは頷いた。


「守る対象が、自分じゃない」


 大将役は、目の前の敵だけを見ない。

 味方の位置も気にしてしまう。


 その分、判断が一拍遅れる。


 ユランの隊の一人が、あえて正面から近づいた。

 武器を振るわない。距離だけ詰める。


 大将役は反射的に止まる。


 “守る”動きが、足を縛った瞬間――

 横から別の兵がすり抜け、背後へ回る。


 大将役が向きを変えたときには、もう遅い。

 左右に味方が残り、逃げ道が塞がっていた。


 大将役は踏ん張る。

 だが、押し返す相手がいない。


 押し返すのではなく、位置を奪われている。


 数手の攻防の末、

 大将役は「これ以上は危険だ」と判断し、距離を切った。


 ――その時点で、流れは決まっていた。



 しばらくして、合図が鳴った。


「そこまで!」


 勝敗は告げられない。


 だが、誰もが分かっていた。

 流れは、完全に変わった。



 兵たちは息を整え、各々の場所から戻ってくる。


「……やりやすかった」


「勝った感じはしないけど、負ける気もしなかった」


 それが、何よりの結果だった。



 ハインツは、ゆっくりとエルドを見る。


「……最後に聞かせてくれ」


 一拍。


「君は、いつからここまで考えていた?」


 エルドは少し迷ってから答えた。


「最初の見学のときです」


 リオナが、静かに続ける。


「相手の方も、見てた」


「突っ込む人。

 遅れる人。

 一人になると弱い人」


 エルドが、言葉を継いだ。


「だから……強い人じゃなくて、

 孤立しやすいところから形を崩しました」


 ハインツは、しばらく黙っていた。


 やがて、短く息を吐く。


「……なるほどな」


 視線を、戦場に戻す。


「勝った理由は、力じゃない」


 一拍。


「人が、ちゃんと人として使われていた」



 ユランは、少し後ろでそれを聞いていた。


 自分はエルドとリオナが見た形を、

 現場に落としただけ。


 実際に戦場で指揮はしていない。

 それでも――

 全体は、動いていた。


 一緒に旅をしたユランにとって、

 その結果には妙な納得があった。



 模擬戦は、終わった。


 だが、ここで終わる話じゃない。


 ハインツは、二人を見る。


「……もう一度、最初から話を聞かせてくれ」


 エルドとリオナは顔を見合わせ、

 小さく頷いた。


 ――戦い方は、教えられない。

 けれど、見つけ方なら、共有できる。


 そのことを、

 全員が感じ始めていた。

第30話は、

「噛み合った結果、何が起きるか」を描いた回でした。

誰かが突出するのではなく、

それぞれが役割のまま動いた先で、

自然と流れが決まっていく――そんな模擬戦です。


エルドとリオナが見ていたのは、

強さそのものではなく、

崩れやすい場所と、人の立ち位置でした。

そしてユランは、それを現場に落とし込んだだけ。


力で勝ったわけじゃない。

でも、人が「人として」使われた結果、

形は確かに噛み合いました。


この模擬戦は、ひとつの区切りであり、

同時に、次の段階への入口でもあります。


引き続き、お付き合いいただけたら嬉しいです。

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