第30話 噛み合う先
模擬戦は、静かに続いていた。
大きな変化はない。
けれど、少しずつ確実に差が出始めていた。
◇
最初に揺らいだのは、足場だった。
狭道の先――
土が柔らかく、わずかに傾いた場所。
相手側の一人が、いったん後ろへ退こうとする。
だが、思うように退けない。
背後には味方の盾役が詰め、
横からはユランの隊の弓が牽制している。
逃げ道が細くなる。
足場も悪くなる。
そこへ、ユランの隊の一人が入った。
歩幅が小さい。
重心が低い。
「……あの人」
リオナが、目を細める。
「足、ぶれない」
「炭焼きをしてた人です」
ユランが答える。
「山で、不安定な斜面を歩く仕事だった」
柔らかい土の上でも、動きは変わらない。
相手は一歩、遅れる。
その遅れが、次の遅れを呼ぶ。
狭道の中で、体勢が崩れた。
◇
次に差が出たのは、人数の使い方だった。
戦場の中央には、自然と人が集まりやすい“通り道”がある。
平地に見えても、足が向く場所は似通う。
「……集まってきてる」
エルドが言う。
「動きやすいところを、無意識に選んでる」
その通り道の端で、相手が一人だけ遅れた。
そこへ――二人。
前後から挟む。
無理に押し倒さない。
ただ、逃げ道を消す。
遅れた相手は、さらに遅れる。
孤立した瞬間、三人目が加わる。
短い攻防。
そして、相手は下がらざるを得なくなった。
「……今の、きれいだな」
ハインツが、低く呟いた。
孤立した相手は、必ず複数で処理される。
誰かが一人で“全部”やらない。
◇
その形を作っていたのは、力の強い兵ではなかった。
間に立ち、合わせる兵だ。
味方が踏み込む瞬間だけ、半歩寄る。
味方が引く瞬間だけ、半歩残る。
「……あの人」
リオナが言う。
「合わせるの、うまい」
「隊商で護衛をしていた者です」
ユランが答える。
「前も後ろも見て、遅れた人に自然と寄る」
その兵がいるだけで、隙が穴にならない。
穴がないから、相手は“狙い”を作れない。
◇
やがて、相手側の大将役が動いた。
先頭に出るのではない。
だが、味方が崩れそうになる位置へ、確かに踏み込む。
守るための一歩。
けれど、その一歩が――形を崩す。
「……守りたいんだ」
リオナが言う。
エルドは頷いた。
「守る対象が、自分じゃない」
大将役は、目の前の敵だけを見ない。
味方の位置も気にしてしまう。
その分、判断が一拍遅れる。
ユランの隊の一人が、あえて正面から近づいた。
武器を振るわない。距離だけ詰める。
大将役は反射的に止まる。
“守る”動きが、足を縛った瞬間――
横から別の兵がすり抜け、背後へ回る。
大将役が向きを変えたときには、もう遅い。
左右に味方が残り、逃げ道が塞がっていた。
大将役は踏ん張る。
だが、押し返す相手がいない。
押し返すのではなく、位置を奪われている。
数手の攻防の末、
大将役は「これ以上は危険だ」と判断し、距離を切った。
――その時点で、流れは決まっていた。
◇
しばらくして、合図が鳴った。
「そこまで!」
勝敗は告げられない。
だが、誰もが分かっていた。
流れは、完全に変わった。
◇
兵たちは息を整え、各々の場所から戻ってくる。
「……やりやすかった」
「勝った感じはしないけど、負ける気もしなかった」
それが、何よりの結果だった。
◇
ハインツは、ゆっくりとエルドを見る。
「……最後に聞かせてくれ」
一拍。
「君は、いつからここまで考えていた?」
エルドは少し迷ってから答えた。
「最初の見学のときです」
リオナが、静かに続ける。
「相手の方も、見てた」
「突っ込む人。
遅れる人。
一人になると弱い人」
エルドが、言葉を継いだ。
「だから……強い人じゃなくて、
孤立しやすいところから形を崩しました」
ハインツは、しばらく黙っていた。
やがて、短く息を吐く。
「……なるほどな」
視線を、戦場に戻す。
「勝った理由は、力じゃない」
一拍。
「人が、ちゃんと人として使われていた」
◇
ユランは、少し後ろでそれを聞いていた。
自分はエルドとリオナが見た形を、
現場に落としただけ。
実際に戦場で指揮はしていない。
それでも――
全体は、動いていた。
一緒に旅をしたユランにとって、
その結果には妙な納得があった。
◇
模擬戦は、終わった。
だが、ここで終わる話じゃない。
ハインツは、二人を見る。
「……もう一度、最初から話を聞かせてくれ」
エルドとリオナは顔を見合わせ、
小さく頷いた。
――戦い方は、教えられない。
けれど、見つけ方なら、共有できる。
そのことを、
全員が感じ始めていた。
第30話は、
「噛み合った結果、何が起きるか」を描いた回でした。
誰かが突出するのではなく、
それぞれが役割のまま動いた先で、
自然と流れが決まっていく――そんな模擬戦です。
エルドとリオナが見ていたのは、
強さそのものではなく、
崩れやすい場所と、人の立ち位置でした。
そしてユランは、それを現場に落とし込んだだけ。
力で勝ったわけじゃない。
でも、人が「人として」使われた結果、
形は確かに噛み合いました。
この模擬戦は、ひとつの区切りであり、
同時に、次の段階への入口でもあります。
引き続き、お付き合いいただけたら嬉しいです。




