第29話 誘いの形
模擬戦は、翌日の昼前に行われた。
練兵場の外れ。
土手と狭道が入り組んだ、普段は使われない区画だ。
ハインツは、少し離れた高みから全体を見渡していた。
「……あそこを使うのか」
誰にともなく、呟く。
視界は悪い。
足場は均一じゃない。
隊列を組むには、向いていない場所。
だからこそ――
人の差が、そのまま表に出る。
◇
ユランは前に立ち、短く指示を出す。
「条件は同じだ。
全滅、もしくは大将役を倒した側の勝ち」
攻守の区別はない。
号令も、合図も、必要最低限。
「始める」
その一言で、場が動いた。
◇
最初に前へ出たのは、相手側の剣士だった。
踏み込みが鋭い。
迷いがない。
「……来るね」
リオナが、エルドの隣で小さく言う。
「うん。
あの人……
一人で切り崩す役だと思う」
エルドの視線は、剣士の“動き”ではなく、
その人が前に出た瞬間の、周囲の反応を追っていた。
(前に出ると……
周りが、少し間を空ける)
◇
剣士が、狭道に踏み込む。
そこへ、ユランの隊から一人が動いた。
遠くから打ち込んでは、
素早く距離を取ることを繰り返す。
「……あの人」
ハインツが、低く言う。
「足が速いな」
「街で配達をしていた者です」
ユランが短く答えた。
「荷を抱えて、
一日中走り回っていた」
剣士は距離を詰める。
足場の悪い、狭道の奥へ。
◇
その瞬間、
剣士の横に、影が差し込んだ。
盾役だ。
正面に立たない。
道を塞ぐように、半歩だけずれる。
「……止まった」
リオナが息を詰める。
剣士の足が、わずかに止まる。
そこへ――
槍。
深くは出ない。
けれど、狭道だからこそ、倒すには十分。
剣士が崩れる。
距離をおいて追いかけてきていた敵は、
弓がその進行を遅らせていた。
◇
相手側は、すぐに態勢を立て直そうとする。
後方から、声が飛んだ。
「散るな!
固まれ!」
次の瞬間、
一本の矢が放たれる。
当たらない。
だが、声は止まる。
――そのとき。
別の指示が飛んだ。
「右だ!」
「今、引け!」
「待て、まだ早い!」
それも一つではない。
いろんな方向から、響く。
「……?」
相手側が、わずかに乱れる。
◇
リオナが、静かに言った。
「ここ」
エルドが視線を走らせる。
敵側からは見えにくい位置。
岩肌に近く、
曲がった地形が音を跳ね返す。
姿は見えない。
けれど、声だけが残る。
「……場所、選んだんだね」
リオナは頷く。
「一人でも、
多く聞こえるところ」
それだけで十分だった。
◇
別の場所では、
慎重に前を探る者がいる。
無理に踏み込まない。
だが、下がらない。
「あの人……」
リオナが、視線を送る。
「待つの、得意だね」
「狩りをしてた者です」
ユランが答える。
「山で、
獲物が出るのを待つ仕事だった」
その間に、
味方が横から回り込む。
◇
戦場は、少しずつ形を変えていく。
誰かが前に出ると、
誰かが支える。
声が響けば、
動きが止まる。
足の速い者が引き、
待てる者が受ける。
ハインツは、無言でそれを見ていた。
その目に、
もう“偶然”を見る色はない。
――模擬戦は、このまま続く。
崩れるのは、
どちらの“形”か。
第29話は、強さそのものよりも、
人がどう噛み合うかを描いた回でした。
足の速さ、待つ力、声の通る場所。
それぞれが、これまでの生き方をそのまま戦場に持ち込んでいます。
この模擬戦は、訓練でありながら、
少しずつ「誘い」の形を帯び始めています。
どの“形”が残るのか。
その行方も、見ていただけたら嬉しいです。




