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第29話 誘いの形

 模擬戦は、翌日の昼前に行われた。


 練兵場の外れ。

 土手と狭道が入り組んだ、普段は使われない区画だ。


 ハインツは、少し離れた高みから全体を見渡していた。


「……あそこを使うのか」


 誰にともなく、呟く。


 視界は悪い。

 足場は均一じゃない。

 隊列を組むには、向いていない場所。


 だからこそ――

 人の差が、そのまま表に出る。



 ユランは前に立ち、短く指示を出す。


「条件は同じだ。

 全滅、もしくは大将役を倒した側の勝ち」


 攻守の区別はない。

 号令も、合図も、必要最低限。


「始める」


 その一言で、場が動いた。



 最初に前へ出たのは、相手側の剣士だった。


 踏み込みが鋭い。

 迷いがない。


「……来るね」


 リオナが、エルドの隣で小さく言う。


「うん。

 あの人……

 一人で切り崩す役だと思う」


 エルドの視線は、剣士の“動き”ではなく、

 その人が前に出た瞬間の、周囲の反応を追っていた。


(前に出ると……

 周りが、少し間を空ける)



 剣士が、狭道に踏み込む。


 そこへ、ユランの隊から一人が動いた。


 遠くから打ち込んでは、

 素早く距離を取ることを繰り返す。


「……あの人」


 ハインツが、低く言う。


「足が速いな」


「街で配達をしていた者です」

 ユランが短く答えた。


「荷を抱えて、

 一日中走り回っていた」


 剣士は距離を詰める。

 足場の悪い、狭道の奥へ。



 その瞬間、

 剣士の横に、影が差し込んだ。


 盾役だ。


 正面に立たない。

 道を塞ぐように、半歩だけずれる。


「……止まった」


 リオナが息を詰める。


 剣士の足が、わずかに止まる。


 そこへ――

 槍。


 深くは出ない。

 けれど、狭道だからこそ、倒すには十分。


 剣士が崩れる。


 距離をおいて追いかけてきていた敵は、

 弓がその進行を遅らせていた。



 相手側は、すぐに態勢を立て直そうとする。


 後方から、声が飛んだ。


「散るな!

 固まれ!」


 次の瞬間、

 一本の矢が放たれる。


 当たらない。


 だが、声は止まる。


 ――そのとき。


 別の指示が飛んだ。


「右だ!」

「今、引け!」

「待て、まだ早い!」


 それも一つではない。

 いろんな方向から、響く。


「……?」


 相手側が、わずかに乱れる。



 リオナが、静かに言った。


「ここ」


 エルドが視線を走らせる。


 敵側からは見えにくい位置。

 岩肌に近く、

 曲がった地形が音を跳ね返す。


 姿は見えない。

 けれど、声だけが残る。


「……場所、選んだんだね」


 リオナは頷く。


「一人でも、

 多く聞こえるところ」


 それだけで十分だった。



 別の場所では、

 慎重に前を探る者がいる。


 無理に踏み込まない。

 だが、下がらない。


「あの人……」


 リオナが、視線を送る。


「待つの、得意だね」


「狩りをしてた者です」

 ユランが答える。


「山で、

 獲物が出るのを待つ仕事だった」


 その間に、

 味方が横から回り込む。



 戦場は、少しずつ形を変えていく。


 誰かが前に出ると、

 誰かが支える。


 声が響けば、

 動きが止まる。


 足の速い者が引き、

 待てる者が受ける。


 ハインツは、無言でそれを見ていた。


 その目に、

 もう“偶然”を見る色はない。


 ――模擬戦は、このまま続く。

 崩れるのは、

 どちらの“形”か。

第29話は、強さそのものよりも、

人がどう噛み合うかを描いた回でした。


足の速さ、待つ力、声の通る場所。

それぞれが、これまでの生き方をそのまま戦場に持ち込んでいます。


この模擬戦は、訓練でありながら、

少しずつ「誘い」の形を帯び始めています。


どの“形”が残るのか。

その行方も、見ていただけたら嬉しいです。

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