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第2話 弱さの痛み

 怖い。

 でも――逃げたくはなかった。


 昨日あれだけ痛い思いをして、

 まだ体のあちこちが鈍く疼くのに、

 それでも、エルドの胸の中には小さな火が灯っていた。



 夜。秘密基地。

 焚き火の明かりが二人の顔を赤く照らし、

 ぱちぱちと燃える音が静かな森に響いていた。


「ライク、話を聞いて」


 エルドは小枝で地面に線を描きながら言った。

 唇が少し震えていたが、目は真剣だった。


「ガルドが突っ込むとき、右肩が少しだけ下がる。

 あれが“攻撃に入る前の合図”だと思う。

 だから、その瞬間に逃げるんじゃなくて――」


「……逃げない?」


 ライクの声が驚きに変わる。


「攻撃の“来る方向”に動くんだ」


「おいおい、殴られに行くのかよ!?」


「怖いから、いつも見てるだけなんだ。

 でも、見てたら分かる。ライクは反応が速い。

 動いてるものを見切るの、得意でしょ?」


 焚き火の明かりが、エルドの瞳の奥でゆらゆらと揺れる。

 それを見て、ライクが一瞬だけ笑った。


「……たしかに昔から虫取りだけは負けなかったな」


 火が小さく弾け、

 二人の間に静かな時間が流れる。


「よし、試してみようぜ。泥玉で」


「えっ、今!? 夜だよ!」


「夜だからこそ集中できるだろ!」


 ライクが拳を軽く構える。

 エルドはため息をつきながらも、地面から泥を掬った。


「じゃあ……いくよ」


 泥玉を放る。

 湖に泥玉が落ちる音が、夜に響いた。



 翌朝。

 昨日と同じ広場。

 空気の緊張だけが、昨日とは違っていた。


「来たな、負け犬ども!」


 ガルドの怒鳴り声。

 取り巻きの二人が横に並び、にやにやと笑う。


「昨日の続きだ。

 泣き虫の盾は、今日も守ってくれるのか?」


「守るさ。俺の後ろでな」


 ライクが拳を鳴らし、エルドは一歩下がる。

 でもその足は、もう震えてはいなかった。


「エルド、いくぞ!」


「うん、見てる!」


 砂が舞う。

 ガルドが踏み込み、拳を構える。


「右肩っ!」


 エルドの叫び。

 ライクが攻撃の方へ踏み込む。

 風が割れたような音――ヒュンッ!


 紙一重の距離でかわし、死角へ滑り込む。

 ガルドの目が驚きに見開かれた。


「なっ――」


「うおおおおおっ!」


 ――ドガッ!


 腹にライクの拳が突き刺さる。

 ガルドが苦しげに声を上げ、そのまま崩れた。


「ガルド!!」


 取り巻き二人が怒鳴り、今度はライクに突っ込んでくる。


「ライク、こっちに来て!!」


 エルドが叫ぶ。

 ライクは即座に反応し、後方へ走る。

 取り巻きたちはそのまま、勢いよくエルドの方へ向かってくる。


「今だ!」


 エルドが泥玉を掴んで、ライクめがけて放った。

 泥玉が風を裂いて飛ぶ――!


「おっと!」


 ライクが身体をひねり、泥玉を紙一重でかわす。

 その背後――


 バシュッ!!

 ズバッ!!


 追ってきた取り巻きの顔面に直撃!!

 二人が同時にひっくり返り、地面に転がる。


「ぐわっ!?」「な、なんだよ今のっ!」


 目を白黒させている二人を見下ろし、

 ライクが肩で息をしながら笑った。


「お前ら、エルドが何するか見えなかっただろ?」


 その言葉に、エルドも小さく笑みを浮かべた。

 手の中の泥が、もう乾いて崩れていた。



 広場に、静けさが戻る。

 風が草を鳴らし、遠くで風車の音がした。


 ガルドは拳を握ったまま、地面に膝をついていた。


「……負けた。

 でも、卑怯な真似しやがって」


「卑怯でもいい」


 エルドの声は小さいが、揺るぎなかった。


「守りたいなら、考えて勝つしかない。

 ボクには、それしかできないから」


 ライクが肩をすくめて笑った。


「にしても……無茶な作戦だったよな~。

 攻撃が来る方に避けろとかさ。

 普通なら、ぶん殴られて終わりだぞ」


 エルドは苦笑しながら答えた。


「その無鉄砲さも、ライクの強さだよ」


「お、おう……それ褒めてるんだよな?」


「たぶん」


 二人は同時に笑った。

 その笑い声が、夏の風に溶けていく。



(ボクは弱い。

 でも、誰かの強さを見つけられるなら――

 その力で、きっと誰かを生かせる)


 エルドの胸の奥で、小さな光がゆっくり燃え始めていた。

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