第2話 弱さの痛み
怖い。
でも――逃げたくはなかった。
昨日あれだけ痛い思いをして、
まだ体のあちこちが鈍く疼くのに、
それでも、エルドの胸の中には小さな火が灯っていた。
◇
夜。秘密基地。
焚き火の明かりが二人の顔を赤く照らし、
ぱちぱちと燃える音が静かな森に響いていた。
「ライク、話を聞いて」
エルドは小枝で地面に線を描きながら言った。
唇が少し震えていたが、目は真剣だった。
「ガルドが突っ込むとき、右肩が少しだけ下がる。
あれが“攻撃に入る前の合図”だと思う。
だから、その瞬間に逃げるんじゃなくて――」
「……逃げない?」
ライクの声が驚きに変わる。
「攻撃の“来る方向”に動くんだ」
「おいおい、殴られに行くのかよ!?」
「怖いから、いつも見てるだけなんだ。
でも、見てたら分かる。ライクは反応が速い。
動いてるものを見切るの、得意でしょ?」
焚き火の明かりが、エルドの瞳の奥でゆらゆらと揺れる。
それを見て、ライクが一瞬だけ笑った。
「……たしかに昔から虫取りだけは負けなかったな」
火が小さく弾け、
二人の間に静かな時間が流れる。
「よし、試してみようぜ。泥玉で」
「えっ、今!? 夜だよ!」
「夜だからこそ集中できるだろ!」
ライクが拳を軽く構える。
エルドはため息をつきながらも、地面から泥を掬った。
「じゃあ……いくよ」
泥玉を放る。
湖に泥玉が落ちる音が、夜に響いた。
◇
翌朝。
昨日と同じ広場。
空気の緊張だけが、昨日とは違っていた。
「来たな、負け犬ども!」
ガルドの怒鳴り声。
取り巻きの二人が横に並び、にやにやと笑う。
「昨日の続きだ。
泣き虫の盾は、今日も守ってくれるのか?」
「守るさ。俺の後ろでな」
ライクが拳を鳴らし、エルドは一歩下がる。
でもその足は、もう震えてはいなかった。
「エルド、いくぞ!」
「うん、見てる!」
砂が舞う。
ガルドが踏み込み、拳を構える。
「右肩っ!」
エルドの叫び。
ライクが攻撃の方へ踏み込む。
風が割れたような音――ヒュンッ!
紙一重の距離でかわし、死角へ滑り込む。
ガルドの目が驚きに見開かれた。
「なっ――」
「うおおおおおっ!」
――ドガッ!
腹にライクの拳が突き刺さる。
ガルドが苦しげに声を上げ、そのまま崩れた。
「ガルド!!」
取り巻き二人が怒鳴り、今度はライクに突っ込んでくる。
「ライク、こっちに来て!!」
エルドが叫ぶ。
ライクは即座に反応し、後方へ走る。
取り巻きたちはそのまま、勢いよくエルドの方へ向かってくる。
「今だ!」
エルドが泥玉を掴んで、ライクめがけて放った。
泥玉が風を裂いて飛ぶ――!
「おっと!」
ライクが身体をひねり、泥玉を紙一重でかわす。
その背後――
バシュッ!!
ズバッ!!
追ってきた取り巻きの顔面に直撃!!
二人が同時にひっくり返り、地面に転がる。
「ぐわっ!?」「な、なんだよ今のっ!」
目を白黒させている二人を見下ろし、
ライクが肩で息をしながら笑った。
「お前ら、エルドが何するか見えなかっただろ?」
その言葉に、エルドも小さく笑みを浮かべた。
手の中の泥が、もう乾いて崩れていた。
◇
広場に、静けさが戻る。
風が草を鳴らし、遠くで風車の音がした。
ガルドは拳を握ったまま、地面に膝をついていた。
「……負けた。
でも、卑怯な真似しやがって」
「卑怯でもいい」
エルドの声は小さいが、揺るぎなかった。
「守りたいなら、考えて勝つしかない。
ボクには、それしかできないから」
ライクが肩をすくめて笑った。
「にしても……無茶な作戦だったよな~。
攻撃が来る方に避けろとかさ。
普通なら、ぶん殴られて終わりだぞ」
エルドは苦笑しながら答えた。
「その無鉄砲さも、ライクの強さだよ」
「お、おう……それ褒めてるんだよな?」
「たぶん」
二人は同時に笑った。
その笑い声が、夏の風に溶けていく。
◇
(ボクは弱い。
でも、誰かの強さを見つけられるなら――
その力で、きっと誰かを生かせる)
エルドの胸の奥で、小さな光がゆっくり燃え始めていた。




